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第四章 偏食の騎士と魔女への道
93.真相は闇の中
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「あの……ミーティは大丈夫でしょうか?」
「あ?」
ショーン曹長が俺の分のワイングラスを貰ってくれたので乾杯しながら尋ねると、ショーン曹長はいつも通りの不機嫌を露わにした。
「お、女の子なので……まだ七歳ですけど、なんていうか、男の人と二人だと」
「バカめ、ハロルド兵師団長に幼女趣味などない! 英雄と一緒にいて危険なことなどあるものか、国で一番安全だ!」
「でもミーティって可愛いんですよ! 十年後にはたぶんすごく美人になると思うし……!」
怒鳴られながらも俺が言うと、ショーン曹長は一瞬固まり、持っていたグラスのワインを一気に飲み干した。
「……よし。探しにいくぞ」
「っ、やっぱり危ないんじゃないですか!」
声を掛けてくるご婦人方を張り切って広間を出ていくショーン曹長を追いかける。
絨毯の敷かれたふかふかした廊下を通り、似たような扉をいくつも通り過ぎて階段を上った先でショーン曹長が開いたのは城のバルコニーへ繋がるドアだった。
「ハロルド兵師団長!」
「……おいおい、見つけるのが早過ぎるんじゃないか」
石造りのバルコニーでベンチに座っていたハロルド兵師団長はうんざりとした顔で首を振った。隣にいたミーティはバツの悪そうな顔をしている。
「時間を稼ぎたいなら足止め役選びにはもう少し慎重になった方がよろしいかと。会場に戻りますよ、若いお嬢さんと二人でパーティーを抜け出したなんて新聞屋に知られたらどうするんです」
ショーン曹長はハロルド兵師団長の脱走を咎めながらも、その言葉にはミーティへの気遣いが感じられた。
「新聞屋に書かれたら純愛だとコメントを出してくれ。なあミーティ、ここで私たちは星を眺めていただけだよな?」
「……はい」
頷いたミーティだが、頬を赤くしているので俺はなんだか心配になってしまう。まさか七歳相手に変なことをしないだろうが、なんとなく今のハロルド兵師団長の信用は薄い。
「み、ミーティ大丈夫? あの、二人きりはまだ早いからね、ハロルド兵師団長はうんと歳上だし……」
「なんだ、レイまで反対するのか。可哀想にな、ミーティ。愛の前に年齢など些細な問題だというのに」
「っ、ハロルド兵師団長! 七歳相手に不埒な発言は控えてください!」
ショーン曹長が声を上げ、ハロルド兵師団長ではなくミーティの体をさっと抱き上げた。
「きゃあっ!」
「……失敬。お若いお嬢さん、もっとご自分を大事になさい。ハロルド兵師団長とは……私の前でお会いすることをお勧めします」
「わかったわかった、会場に戻ればいいんだろう? まったくショーンの奴はおもしろみに欠けるよ、俺はミーティと二人で話したかっただけだ。大人の話はつまらないんだよ、みんな同じことしか言わないからな」
ミーティを取り上げられて降参したのか、ハロルド兵師団長はようやく立ち上がってショーン曹長の肩を叩いた。
「わかっていただければ良いのです。さあ、会の終わりにはまたご挨拶いただきますからね」
二人の後ろを歩きながら、俺はミーティに聞いてみる。
「……ハロルド兵師団長とお話してたの?」
「……うん。遠征の話を聞かせてもらったわ、魔物がどんなだったとか、メロンパンをいつ食べたかとか」
「へえ! おもしろかった?」
「とっても。あの曹長さんがね、一度リベイクを失敗したんですって。魔物と戦った後で一番お腹が空いて食べたかった時に失敗されて、でも兵師団長さんも疲れてたから怒りそびれて」
ミーティはクスクスと笑いを堪えながら教えてくれた。
なんとなく光景が目に浮かぶ。
「なんで失敗しちゃったんだろ。ショーン曹長、リベイクの仕方もすぐ覚えてくれて間違えそうになかったのに……」
「魔物に噛まれたところが痛くて、痛み止めの薬草を使ったからぼーっとしてたんだろうって」
「噛まれた? ショーン曹長が?」
「……内緒よ。新聞に載ってた報告書には兵師団長さんが一人で鮮やかに倒したって書いてあるけど、本当は曹長さんが囮になってその間にみんなで攻撃して倒したって。でも報告書は曹長さんが書き換えちゃうのよ、英雄の完璧なストーリーに」
俺はハロルド兵師団長がミーティを連れ出した理由がなんとなくわかり、ほっとした。
たぶんハロルド兵師団長は話したかったのだ。
自分一人の力で魔物を倒したわけではないことを。
それをあえて、自分に憧れるミーティに言ったのだ。
「……ハロルド兵師団長もかっこいいけど、ショーン曹長もやっぱりかっこいいなぁ」
「レイもまあまあかっこいいわよ。兵師団長さんのお気に入りのパンを作れるのはレイだけだもの」
その時、ミーティの耳に見覚えのないイヤリングが光っているのに気付いて俺は複雑な気分になった。
英雄の振る舞いのほとんどにはショーン曹長の台本が存在しているはずだが、それが台本なのかハロルド兵師団長のアドリブなのか、真相は闇の中だった。
「あ?」
ショーン曹長が俺の分のワイングラスを貰ってくれたので乾杯しながら尋ねると、ショーン曹長はいつも通りの不機嫌を露わにした。
「お、女の子なので……まだ七歳ですけど、なんていうか、男の人と二人だと」
「バカめ、ハロルド兵師団長に幼女趣味などない! 英雄と一緒にいて危険なことなどあるものか、国で一番安全だ!」
「でもミーティって可愛いんですよ! 十年後にはたぶんすごく美人になると思うし……!」
怒鳴られながらも俺が言うと、ショーン曹長は一瞬固まり、持っていたグラスのワインを一気に飲み干した。
「……よし。探しにいくぞ」
「っ、やっぱり危ないんじゃないですか!」
声を掛けてくるご婦人方を張り切って広間を出ていくショーン曹長を追いかける。
絨毯の敷かれたふかふかした廊下を通り、似たような扉をいくつも通り過ぎて階段を上った先でショーン曹長が開いたのは城のバルコニーへ繋がるドアだった。
「ハロルド兵師団長!」
「……おいおい、見つけるのが早過ぎるんじゃないか」
石造りのバルコニーでベンチに座っていたハロルド兵師団長はうんざりとした顔で首を振った。隣にいたミーティはバツの悪そうな顔をしている。
「時間を稼ぎたいなら足止め役選びにはもう少し慎重になった方がよろしいかと。会場に戻りますよ、若いお嬢さんと二人でパーティーを抜け出したなんて新聞屋に知られたらどうするんです」
ショーン曹長はハロルド兵師団長の脱走を咎めながらも、その言葉にはミーティへの気遣いが感じられた。
「新聞屋に書かれたら純愛だとコメントを出してくれ。なあミーティ、ここで私たちは星を眺めていただけだよな?」
「……はい」
頷いたミーティだが、頬を赤くしているので俺はなんだか心配になってしまう。まさか七歳相手に変なことをしないだろうが、なんとなく今のハロルド兵師団長の信用は薄い。
「み、ミーティ大丈夫? あの、二人きりはまだ早いからね、ハロルド兵師団長はうんと歳上だし……」
「なんだ、レイまで反対するのか。可哀想にな、ミーティ。愛の前に年齢など些細な問題だというのに」
「っ、ハロルド兵師団長! 七歳相手に不埒な発言は控えてください!」
ショーン曹長が声を上げ、ハロルド兵師団長ではなくミーティの体をさっと抱き上げた。
「きゃあっ!」
「……失敬。お若いお嬢さん、もっとご自分を大事になさい。ハロルド兵師団長とは……私の前でお会いすることをお勧めします」
「わかったわかった、会場に戻ればいいんだろう? まったくショーンの奴はおもしろみに欠けるよ、俺はミーティと二人で話したかっただけだ。大人の話はつまらないんだよ、みんな同じことしか言わないからな」
ミーティを取り上げられて降参したのか、ハロルド兵師団長はようやく立ち上がってショーン曹長の肩を叩いた。
「わかっていただければ良いのです。さあ、会の終わりにはまたご挨拶いただきますからね」
二人の後ろを歩きながら、俺はミーティに聞いてみる。
「……ハロルド兵師団長とお話してたの?」
「……うん。遠征の話を聞かせてもらったわ、魔物がどんなだったとか、メロンパンをいつ食べたかとか」
「へえ! おもしろかった?」
「とっても。あの曹長さんがね、一度リベイクを失敗したんですって。魔物と戦った後で一番お腹が空いて食べたかった時に失敗されて、でも兵師団長さんも疲れてたから怒りそびれて」
ミーティはクスクスと笑いを堪えながら教えてくれた。
なんとなく光景が目に浮かぶ。
「なんで失敗しちゃったんだろ。ショーン曹長、リベイクの仕方もすぐ覚えてくれて間違えそうになかったのに……」
「魔物に噛まれたところが痛くて、痛み止めの薬草を使ったからぼーっとしてたんだろうって」
「噛まれた? ショーン曹長が?」
「……内緒よ。新聞に載ってた報告書には兵師団長さんが一人で鮮やかに倒したって書いてあるけど、本当は曹長さんが囮になってその間にみんなで攻撃して倒したって。でも報告書は曹長さんが書き換えちゃうのよ、英雄の完璧なストーリーに」
俺はハロルド兵師団長がミーティを連れ出した理由がなんとなくわかり、ほっとした。
たぶんハロルド兵師団長は話したかったのだ。
自分一人の力で魔物を倒したわけではないことを。
それをあえて、自分に憧れるミーティに言ったのだ。
「……ハロルド兵師団長もかっこいいけど、ショーン曹長もやっぱりかっこいいなぁ」
「レイもまあまあかっこいいわよ。兵師団長さんのお気に入りのパンを作れるのはレイだけだもの」
その時、ミーティの耳に見覚えのないイヤリングが光っているのに気付いて俺は複雑な気分になった。
英雄の振る舞いのほとんどにはショーン曹長の台本が存在しているはずだが、それが台本なのかハロルド兵師団長のアドリブなのか、真相は闇の中だった。
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