喫茶つぐないは今日も甘噛み

木樫

文字の大きさ
60 / 81
第二生 もぎたてフレッシュ喫茶店

19



「すげぇ嬉しい……ありがとな」

「似合っておる。陛下のツテをお借りして王都の職人にそれらしいデザインをオーダーしたが、不備はないか?」

「ん……けどこのエプロン、あんま早く走れねぇよ。蹴り入れにくいぜ……」

「要らん。なぜ当然のように飲食店の店主が店内を駆け、蹴りを入れる状況を想定しておるのだ」

「でもカチコミとか、迷惑客は……」

「要らん」

「じゃあみかじめ料せびられたら、大人しく上納すんの……?」

「要らん。諸税のみ納めよ」


 淡々とシャツを整えてエプロン紐を結び直し見なかったことにしつつ、常識の不備を諌めるジェゾ。

 街と言えば夜の街である一斉の想定など、喫茶店には不要である。

 されるがままの一斉がキッチリ留られたボタンを動きにくそうに眺めていると、妙な形の大きな塊を手にしたドヴが、一斉の前にやってきた。


「さぁ、これでお主の望む準備は整った。これはワシからの祝いじゃ」

「……お」


 そう言って手渡されたものは、喫茶店の軒に提げる吊り看板。

 木の枝の上で寝そべるジャガーをモチーフにした鉄材に細工を施し、金字の店名を掘り込んだ美しい看板だ。


「ドヴ、ありがとな」

「なんの。しっかしお主は本当にジェッゾに懐いておるのう……ワシは対価も込みじゃというにジェッゾの専用部屋まで作りおって、看板までジェッゾ仕様じゃ。ほれ」

「己?」

「ジャガー・オセロトルはニャオガ族の原生種じゃろう。店の顔に用いるとは、懐いておる以外のなにものでもなかろう」

「懐いてるよ……めちゃくちゃに」


 一斉は看板を受け取り、花嫁を見つめるような手つきでそっ……となでた。

 しばらく眺めたあと、やおら足を揃えて看板を柔らかく胸に抱く。
 それからゆるりと伸ばした背筋をしならせ、品良く一礼する。


「ありがとうございます。ようやく、わたしは、報いはじめる」


 ──一斉は子犬でなく子猫である。

 そして刷り込みのヒヨコではなく、獲物を狙う鷹。猛禽類だ。

 だからドヴに「祝いに立派な看板を贈ってやろう」と言われた時、デザインは思うがままにこう・・描いた。

 一度コレと決めた矛先を当然無二とし、毎分毎秒、なにをするにも自分の全てにソレらが在る前提で思考する。

 盲信と名付ければ聞こえはいいだろう。
 だがそう易しくもない。

 従順なのは、一つのめり込むと融通が利かない頑固のせい。
 全てを捧げて尽くすワケは、犬のように清らかな忠誠心ではなく、猫のように静かな執着心と無垢で甘えた依存癖。

 一斉は、大人たちが思うより迂闊に手を出すと厄介な生き物なのだ。

 一斉を生かす絶対的な二つ。
 忘れぬ恩義と恋心。

 当然のようにそれらを看板に刻んだ理由は、それらが二度目の人生を生きる佐転一斉の全てだから。

 ──俺、タナカのためならなんでもするぜ。タナカは俺の命だからよ。

 ──俺は好きで飼われてんだ。

 ──全てを賭けて投げ売って、アンタに捧げ尽くすからさ、ジェゾ。

 だから、懐かれると厄介なのだ。

 ただ無邪気に、愚直に、重苦しいほど真っ直ぐに、幼く、手を握る。

 切り落とされるまで離さずに。

 例え軽率になんとなく差し出された手だろうともそれがわからず、一度惚れると子が親を世界と思い込むようにのめり込んで、相手が望まなくとも歯止めが利かない。
 一斉は逃がさない。殺す気で拒絶しなければきっとわからないのだ。

 自分じゃやめられない。
 死んでやっとやめられた。
 もう死んではあげられない。

 自分は、雨に打たれた捨て猫なんて上等なたぐいじゃないぞ、と。

 撥ねたことにすら気づかれないほどちっぽけな猫の死体。
 無惨に引き千切れた赤い中身をアスファルトにブチ撒けてへばりつき、目を逸らし鼻をつまみ眉をひそめて避けられる見るに耐えない死体の猫。

 そんなもの。拾い上げてしまえば、憑かれないわけがないだろう?

 気づかず救ったばっかりに。
 だからジェゾも、立派な被害者。


「イッサイ。看板があるということは、店の名はもう決めたのか」

「あぁ」

「名はなんという?」


 喫茶店の二階は住居スペースだ。
 ジェゾの屋敷に居座る必要はなく、ジェゾが喫茶店に来る約束もない。

 わかっているのに一生懸命、ささやかなサインを出したこと。

 メニューを見てほしいと頼んだのは、自分の関わったものなら意識の片隅に置いてくれるかもと思ったから。

 専用部屋を作ったのは、居場所があれば帰ってくるかもと思ったから。

 看板をジャガーモチーフにしたのは、罪滅ぼしの日々に寄り添う錯覚があれば、糸が切れてしまったあとも思い出の熱を感じられるかもと思ったから。


『飛び降りたオマエと共に、死んだよ』


 そんなふうに抗っている。


『テメェ一人養うためのコスト。お前が使えねぇばっかりにそれが全部無駄になンだよ、この役立たず』


 役に立たないクズに懐かれて、たくさんのコストを無駄にすることになるだろうジェゾの被害を、わかっていながら抗っている。


『俺人を殺っちまったんだ……償うために生きてんだ……』


 一寸惜しんで懺悔すべきなのに、罪を重ねて、生き恥晒して。
 それでも抗っている。


『お陰様で死ぬほど幸福だと、生涯恩人と仰いで生きろ』


 この心を捨てない、捨てられない、捨てたくない。そうして抗う、後ろ指の似合う恥知らずのバカヤロウ。


『ただお主に興味が湧いて、もう少し手元に置いておきたくなったのだ』


 見苦しく恋敗れて死に落ちた弱虫のくせに、懲りずにまた恋をした、救いようのない愚かな罪人。だが抗う。


『イッサイ、お主はバカではない』


 を信じて抗っている。

 二度目の人生、二度目の恋に。
 自ら捨てた一人目に。
 自分という存在に。
 罪と罰のあらすじに。
 行き場のない命の意味に。
 あの日殺した二人の報いに。

 生まれ変わる気で向き合うために。


「〝つぐない〟」


 ──喫茶[つぐない]。
 それは死体の猫が営む喫茶店。


 第二生 了




感想 53

あなたにおすすめの小説

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開