72 / 81
第三生 現地住民舐めたらアカン
08
離した目で、店内を見回す。
サワ、と揺れる木陰。
天窓を通る風で葉が擦れる。
「──…………」
やっぱり、この店は変だ。
店の中央に巨木が植わっているなんて、邪魔でおかしい。
切ってしまえば幹を螺旋状に取り囲む階段を真っ直ぐつけられたはずなのに、切らなかったから、天窓から吹き込む風で枝葉がそよぐ音が聞こえる。
木があると天井がとても狭くて、大きな明かりがつけられないのだ。
だからこの店のそれらしい明かりはいくつか吊られたホオズキ型のランプだけで、それも今は灯らず、店を照らす光は色とりどりのステンドグラスを透かして射し込むカラフルな陽の光のみ。
立地も良くない。
ダンジョンの入口近くだから閑散としていて、表は道に面していても裏は林で隣は何もない芝生だけ。
他にめぼしい建物がないと、森の香りの風ばかり吹き込む。
それをかき混ぜる天井のファンは、裏手の水車と連動しているのだろう。
だって小鳥の声に混じって、サラサラと流れる水路の音が聞こえるから。
コ、コ、と秒針を刻む振り子時計。
日の当たらない壁際に置かれた大きなそれはずいぶん古いが、耳に馴染む音を出す。
丈夫で持ち運べる魔導式時計が主流の時代じゃ贅沢な音だ。
パラ、と紙面を捲る音。
振り向くと、静かにカップを傾けるジェゾが朝刊を目で追っている。
あぁ、そういえば彼もいた。
気がつかなかった。だって、ミルクセーキが美味しかったから。
あの〝白禍〟に攫われた時は間違いなく不吉な獣だと死を覚悟したものだが、どういうわけか自分は生きていて、その獣と同じ空間でグラスを傾けているなんて、思えば信じられない。
いつの間にか店中の食器を磨き終えていた一斉は、店内を掃除していた。
濡れた布巾でテーブルや壁、窓、柱を丹念に拭いている。
カウンターのそばには大きな箒が立てかけてあるが、客がいるので自重しているのだろう。
素が脱力系無表情の一斉が真面目に掃除をすると、ほぼ同じ無表情でも些か剣がある。主に目力が増す。
ゼンザは「ドア開けた時この顔であの箒持った男いたら速攻逃げるなぁ」などと考えつつ、まだ半分ほど残ったミルクセーキのグラスに口付ける。
サワワ……と木の葉が揺れた。
水路で冷えた風は心地いい。
目を閉じると、口元に笑みが浮かぶ。
静かで、静かすぎない。
新聞を捲る音。カップを置く音。
硬質な靴音。テーブルを磨く音。
「イッサイ。テーブルに上るなら床に皿を並べるが、よいな」
「ごめん……けどタナカの店だし、上のほうも拭きてぇ……」
「そうか。ではこうしてやろう」
「っお、……ジェゾ、新聞見ながら片手で俺持ち上げられんの……?」
秒針の音。ファンの回る音。
葉擦れの音。水の流れる音。
「つか、さっきから全然俺見てねぇのに……なんで俺が机に乗ろうとしてんのわかったんだよ……」
「己? それは見えたし、見ておるからよ。己とて見えぬものは見えぬ」
「でも今も新聞読んでね……?」
「だから、お主を見ながら読んでおるのだ。はぁ……まったくなにが気に食わんのだお主は……」
「気には食ってるぜ……けどジェゾ、たぶん背中にも目ぇあるよ……」
「たわけ。眠りにくくて敵わん」
他人の話し声。生きた呼吸音。
それらが溶けた独特の空気に包まれながら冷えたグラスに唇で触れると、柔らかな舌触りと甘さが喉を潤す。
目を閉じると鮮明に感じるのだ。
この奇妙な空間の味を。
気心知れた仲間と狩りの成果で騒ぎながら楽しむ酒とは比べられない。
どちらが良いというものはない。ただこれは良い。これも良い。
『お客さんはさぁ……うちみたいな店、初めて? キッサテン』
『喫茶店は、アレ、あー……コーヒーとかソフトドリンクとか、軽いメシとか食って、のんびりするとこだね……うちは昼だけ、酒も用意してる……ほら、酒場は昼間やってねーからさ……あとメシはまだ形だけ……甘いモンも、頑張るけど……ホットケーキミックスねんだよ……』
『けど喫茶店て、いいもんだからさ……流れる時間も、味わう温度も、肌に触れる空気も……喫茶店以外じゃあんま感じねぇカンジすんだ……』
『そんで深呼吸して、ここにいると……俺はなんか、忘れてた自分のちっせぇどっかを、思い出しちまう……そしたらちょっとだけ……ちょっとだけ、だけどよ……俺は、俺を大事にできるよ……』
『だから……アンタも、さ……』
一斉の声が脳裏に浮かぶ。
初めに聞かされた説明はよくわからなくて、ほとんどは意味不明だった。
だけど、わかったこともある。
『喫茶店……好きになってよ』
「──オレ、ここ好きだなぁ~」
ゼンザは深く吸った空気をフー……と吐き出して、ニカ! と笑った。
[ミルクセーキ]
砂糖、卵黄、牛乳、バニラエッセンスを混ぜた喫茶店の定番ドリンク。
卵黄の代わりにアイスクリーム、シロップを混ぜたアメリカンスタイル(ミルクシェーキ)も存在するが、本作では基本のフレンチスタイル。ゼンザのお気に入り。
あなたにおすすめの小説
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開