悪魔様は人間生活がヘタすぎる

木樫

文字の大きさ
103 / 462
第三話 恋にのぼせて頭パーン

14



「……っは、あぁ、わかった」

「そうなのだよ。私はあの、スケベじゃないのだから。キミのやらしい顔に下心なんて、私は……別に……」


 すぐにハッとして、九蔵はバカな期待だったと虫のいい期待の破片を片付けた。

 当たり前か。
 自分はイチルではない。

 そう簡単に抱いてもらえるなんて浅はかすぎた。ミス、ではないけれど、意識を修正しよう。少し素肌を触れ合わせただけで近づけた気がしていたのは、錯覚だ。


「じゃあ……ニューイはどうしたら俺にそういう気になんだ?」

「どうっ? い、いや、そもそも九蔵にそういう気には、なら、ならないのだ」

「ならない?」

「うむ。だって九蔵は人間の男で、私は悪魔の男だろう?」


 コクコクと何度も頷くニューイを眺めていると、九蔵は虫のいい勘違いを、今更のように正されていく。


「九蔵のことは大好きだぞ。けれど悪魔は基本的に、異性を誘惑するものなのだよ。それは人間も同じはずである」

「……あー……」


 ──ああ、ああ、最悪だ。

 どうして知ろうとしなかったのだろう。ニューイのようにもっといろいろなことを聞いておけばよかった。

 知らぬが仏なんてただの詭弁に過ぎない。知っていれば犯さずに済んだミスもある。


「以前のキミ──イチルは、女の子だったからね」


 予想通りの答えに、九蔵はただただ下手くそな笑みを浮かべて見せた。


「……そっか」

「っ、あ……うう」


 ニューイは眉を下げて狼狽える。
 九蔵の笑顔がニューイには理由がわからないながらも〝違う〟と感じたらしい。やっぱり愛想笑いが下手くそだといけない。


「あの、ええと……今夜の私のやり方が不快にさせていたのならすまないのだが、安心してほしい。九蔵に対してやましい気持ちなんて絶対に抱かない。絶対にないぞっ」

「はいはい。わかってるよ」

「本当にかい?」


 オロオロと慌てて念を押すニューイを安心させるべく、もう一度笑顔で頷く。

 寝ようと声をかけると、ニューイは九蔵を抱き寄せていつもより強く抱きしめた。
 九蔵の体が固くなる。突き放すことは、できない。


「九蔵、なんとなくだけれど……もう私と離れようとするのは嫌だぞ」

「ん……?」

「今日はこのまま、くっついていよう?」


 ……まったく。
 器用な悪魔様で嫌になった。

 理由がわからないくせにこちらの機微には気づいて、一番されたいことをするのだ。堕落の天才なのだろう。

 九蔵は返事をせずに頷き、黙って寄り添いながらまぶたを閉じた。
 ニューイはホッとしたように九蔵を抱きしめ直し、腕の中に閉じ込める。


「おやすみ、九蔵」

「おやすみ、ニューイ」


 いつも通りの挨拶をすると、月明かりの差し込む室内が静まり返った。

 けれど九蔵の心は今夜ばかり、月明かりすら差し込まない夜の闇の中から抜け出せなかった。

 ──ニューイはイチルを愛しているから、イチルの魂を持つ九蔵を愛している。

 たぶんこれは本当だ。
 けれど、女だったイチルは性の対象になるが、同じ魂でも男の九蔵には欲情しない。

 そういえばニューイが九蔵の痴態を前に反応したことはなかったと思い出す。

 イチルの魂だから好かれた。
 イチルの体、女の体じゃないから、結婚しようと言っていてもその気にはならない。

 ニューイの好みになりたい。
 女にはなれない。

 記憶も人格もだいぶ違う。確かに愛されているのに、ニューイの感情が自分と彼女のどちらへのものなのか、区別できない。


『九蔵に対してやましい気持ちなんて絶対に抱かない。絶対にないぞっ』

(絶対、か……酷いもんだな……)


 悪魔なんてファンタジーな存在のくせに、男同士だとか、そんな現実的な理由を恋の障害にするなんて酷すぎる。

 ファンタジーならファンタジーらしく、王子様のキスでお姫様を幸せにしてくれ。

 綺麗なドレスは似合わない。
 ガラスの靴も履けやしない。

 それでも魔法使いなんて現れなければ美しい歌声もなく、国一番の美貌もイバラのお城も魔法の髪も、澄んだ心さえも持ち合わせちゃいない。

 ないない尽くしのお姫様を。
 人一倍臆病で、恋が下手くそなお姫様を。

 くたびれたシャツとジーンズで、大きすぎる骨ばった体を隠して、鏡の前で、ごきげんようとお辞儀をする。

 ただ、王子様のことが好きで好きでたまらないだけのお姫様に──キスを。


「ふ……」

 ──俺、キスしたことねーんだった。


 おとぎ話の王子様に恋をした幼いあの頃から、九蔵はなに一つ変わっていないのだ。




感想 10

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 ※本編のロアン編完結。  ヴィルヘルム編を連載中です。

BLノベルの捨て駒になったからには

カギカッコ「」
BL
転生先は前世で妹から読まされたBLノベルの捨て駒だった。仕える主人命令である相手に毒を盛ったはいいものの、それがバレて全ての罪を被らされ獄中死するキャラ、それが僕シャーリーだ。ノベル通りに死にたくない僕はその元凶たる相手の坊ちゃまを避けようとしたんだけど、無理だった。だから仕方なく解毒知識を磨いて毒の盛られた皿を僕が食べてデッドエンドを回避しようとしたわけだけど、倒れた。しかしながら、その後から坊ちゃまの態度がおかしい。更には僕によって救われた相手も僕に会いにきて坊ちゃまと険悪そうで……。ノベル本来の受け担当キャラも登場し、周囲は賑やかに。はぁ、捨て駒だった僕は一体どこに向かうのか……。 これはこの先恋に発展するかもしれない青年たちのプロローグ。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。