悪魔様は人間生活がヘタすぎる

木樫

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第五話 クリスマス・ボンバイエ

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 もちろん九蔵はギョッと目を見開いた。

 腰を抱かれ手を取り合う九蔵の体は、ニューイの羽ばたきとともにグン、グン、と持ち上げられて天井に近づく。

 いつもはニューイに米俵よろしく抱かれるか、乙女仕様の横抱きだ。見栄えはさておき安定感は抜群である。

 それが今夜は腰と手だけの支点で四メートルは飛ぶ不安定な浮遊となれば、絶叫マシンに近かった。


「こぉれ落ちませんかねぇぇ……っ」

「はっ! おぉぉ普段のダンスの気分で飛んでしまった! *、**、*!」

「ぅわっ」


 思わずニューイの腕と手にしがみついて訴えると、ニューイは慌てて呪いを唱える。

 すると九蔵の体がふんわりと軽くなり、まるで無重力空間にいるか綿毛になったかのように、ふわふわと宙を揺蕩った。


「「ふ~……」」


 まったく忙しない。
 慌てん坊でドジっ子なところが、出会った時から変わらないニューイだ。

 九蔵がこのうっかりさんをどうしてくれようかと睨みつけると、パチ、と目が合う。

 するとニューイはウサ耳を気の毒なほどへたらせ、うるりと涙の膜を張って全力の反省顔に変貌した。

 さぁくるぞ。
 勝てた試しのない懺悔が。


「く、九蔵……っ」

「はい」

「ごめ、ごめんよっ。きっといい子になると誓うから、叱らないでおくれ……! 九蔵に叱られると世界中に嫌われてしまったようで生きていけない……!」

「はい。お許しします」


 ほらきた。惨敗だ。

 コツンと自分の額を九蔵のそれに当てて一生懸命に懺悔するニューイに、九蔵は一時的に目を閉じ、即時許しを与えた。

 ニューイは九蔵が優しいと感動し、羽のように軽くなっている九蔵を抱き直す。

 いつも本気で感動しているニューイだが、九蔵は別に優しくはない。毎回懲りずに根負けしているだけである。

 ドジをしては叱る。が、許してしまう。
 これが惚れた弱みとやらか。


「愛しているよ、九蔵。優しく強く美しくカッコよく、世界一愛らしい私のお姫様。キミは最高だ。ちゃんと次からは大事に大事に踊るのだよ……!」

「っ……そ、うですか」


 これが惚れた弱みとやらだ。
 わかりきっていた疑惑は当然確信となり、頬は赤みが差して色づいた。

「さぁ踊ろう」と笑いかけるニューイの手を握り直すと、ニューイは地に足をつけていた時と同じように優雅なリードで踊り始める。

 九蔵はニューイの動きにひょこひょこと合わせて、宙でステップを踏んだ。

 ワンツースリー。
 こんなテンポで合っているのか、九蔵にはよくわからない。

 足さばきをなんとなく覚えてリズムゲーム感覚で動いてみた。
 手を引かれているだけというのは落ち着かない。……それに、恥ずかしい。


「ふふ、上手だね」


 少し俯きがちにステップを踏んでいると、甘ったるい砂糖菓子のような声が褒めた。


「九蔵が器用で覚えが早いとは知っているが、もうスムーズに動けるなんて……今夜は足を踏んでもらえそうにないのである」

「落ち込むとこじゃ、……っ」


 声に惹かれて顔を上げる。
 すると目の前でとろけそうな熱を持つルビーの瞳が、九蔵だけを映していた。


「──……は」


 ピクッ、と指先が跳ねる。

 黒ウサギの耳が伸びる柔らかな金の髪とシミひとつない白い肌の土台に、タレ目がちな双眸と高い鼻梁、杏色の唇を絶妙に配置した芸術的な顔立ち。

 美しいニューイが自分だけを映し出し、愛情に満ちた様子で微笑んでいる。


「だって、落ち込むよ。靴底でだって九蔵に触れられたいほど、私は欲深な悪魔だからね……キミに踏まれる絨毯に嫉妬して空を踊っているのかもしれないぞ?」

「ぅ、……っ」


 こんなのは、目に毒だ。
 見ていられない。

 すぐに目を逸らして、絶対に顔をあげないようにする。

 それでも熱視線は止まない。
 ニューイは踊りながらひたすら九蔵を見つめているらしい。


(か、勘弁してくれ……っ)


 幼い九蔵はシンデレラが王子様と舞踏会で踊る姿に憧れたが、大人の九蔵は憧れに焼かれ、プシュゥとオーバーヒートした。

 タンタン、クルクルとダンスをしつつ、二律背反に支配される。

 早く終わってほしいような終わらないでほしいような、狂おしい発熱だ。くそう、悔しい。真っ直ぐに愛さないでくれ。

 死にそうなのに──死んだっていいと思ってしまうじゃないか。


「はぁー……」

「っぇ、なっ……!」


 なんだか言葉にできない感情が限界に達した九蔵は、トン、と、ニューイの胸へ身を預けた。




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