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第十話 悪魔様は人間生活がヘタすぎる
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しおりを挟む九蔵はキョトンと瞬く。
個々残ですかと聞かれると個々残ですよとしか答えられない。
だがたまたまやってきた客が友人だった展開になるほど、交友関係は広くないのだ。こちとら生まれついての陰キャコミュ障個人主義である。
「知り合いスか?」
「や、たぶんそうだけど思い出せん」
「不審者スか」
澄央にコソコソと小声で尋ねられても、ポンと出てくる名前なんてなかった。客として来たのだから不審者ではありません。
人の顔なんてまじまじと見るものでもないが、よく見ればわかるだろうか?
困惑しながら一歩前に出る。
酔っ払い客は、満面の笑顔でのたのたと九蔵の前へやってきた。
距離が近づくとその笑顔がよく見えて──思い出される記憶とやらも、あるらしい。
「……あ」
「俺だよ俺、玉岸。ほら、前に一緒だったろ? オヤサイカンパニー。同じ部署だったじゃねーか」
『──個々残って、男もイケるイケメン好きらしくてさ。先方にセクハラっぽいこと言ったってんで、俺が担当変わったんだよ』
ああ、そうだった。
確かに、同じ部署だった。
「あー……うん。今、思い出した」
ニヘラ~と酒臭い顔で笑いかける客の正体に気がついた九蔵は、背中に回した手を握って苦笑いを浮かべた。
忘れるものか。
別に、だからどうってことはないが。
何年か前のことだし同僚、玉岸も歳をとって髪型も変わっていて、人の顔をそう直視しない九蔵が気づかなかっただけだ。
「今思い出したって忘れてたのかよ薄情者~。てかなに、お前もしかしてあれからずっとフリーターしてんの? んなわけねぇか。流石に正社だよなぁ?」
「あ゛ぁ? ちょっとココさん今から火急の休憩じゃねぇんスかねェ」
「ナスナス。大丈夫だからお口チャック」
「はぁ? な、なんだよ。いきなりなんで喧嘩腰なわけ? スタッフの質悪過ぎだろ。学生アルバイターはこれだから……」
「玉岸。学生でもちゃんと仕事意識持ってるバイトの子だっていると思うぜ。こいつもそうだから今そういうのなしで頼むよ」
「ふ~ん……ちぇっ。先輩しちゃって、お前相変わらず八方美人してんのな」
堂々と九蔵を貶されて脊髄反射で食ってかかる澄央を押さえると、玉岸は冗談めかした様子でやれやれと肩を竦めた。
酔っ払いめ。
ジョークにしてはタチが悪い。
玉岸には悪気がないのだから、酒の力でダダ漏れになっただけの本音だ。
相変わらず損だの得だの意識のお高い価値観でプライベートな人間を区別しているのだろう。だがまぁ……それだけ野心を燃やす努力家でもあるのでなにも言うまい。
九蔵は反論せずに「そうかもな」と、曖昧な笑顔で流した。
澄央は無言で殺意を発しているが、当事者の自分はさほどなにも感じていない。
なぜだろう?
元・同僚の人となりを知っているからかもしれない。にしては遠い。
ブルーな因縁の相手に今更出会ってしまったのに、フラッシュバックしないとは。
見下されて腹が立たないような聖人じゃないはずだ。
けれど自分でもびっくりするほど、大きな感情が湧いてこなかった。
不安や恐怖や怒りなど不快感を感じて然るべきだが、不思議な気分である。
でも、不快じゃない。
「まだメシの途中だろ? 始発前に腹ごなしってところだろうし、とりあえず残り食べてこいよ。一応俺も仕事中だしさ」
取り乱すことなくつとめて自然体のまま、九蔵はニヒ、と下手くそな愛想笑いを浮かべて玉岸を促した。
余裕ぶるのも平気なフリも得意だ。
今はしていない。心は多少ザワついているものの、穏やかな気持ちである。
対して促された玉岸は、目の前の九蔵を見つめてギュッと眉間にシワを寄せた。
チッ、と舌も打つ。
そばで控える澄央が仁王立ちだ。心強いフレンドだが殴り合いはしないぞ。
玉岸は昔から抜け目のない男だった。
酔っ払いでも暴力沙汰にして自分の不利益は作らないだろう。
そう高を括ると、玉岸は腕を組んでフンとふんぞり返った。
「お前は昔からそういうヤツだった」
「は?」
「一人でな~んでもそつなくできますぅ~ってツラしてんの」
で、なんか始まった。
いやお前が語るんかい!
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