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序章

プロローグ0 〜2035年〜

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 「大丈夫か?歩夢、きつくないかい?」
父さんが車の運転席からひょこっと顔を覗かせて聞いてきた。
いつも優しい父さんだけど今日はまた一段と優しい。

 理由は簡単だ。
僕の誕生日だからだ。

 「酔ったりしてない?」
今度は母さんが助手席から顔を後ろに向けて聞いてくる。

 「うん!大丈夫だよ!」
僕は機嫌良く返事をした。なぜなら僕は今、誕生日プレゼントに向かっている。
変な言い回しではあるけれど誕生日プレゼントに向かっているという言い方は間違っていない。
それは誕生日プレゼントが天体観測だからだ。そしてまさに今、天体観測をできる場所に父さんと母さんと車で向かっている。

 「それにしても10歳の誕生日に天体望遠鏡じゃなくて天体観測そのものをプレゼントとして要求するのはうちの息子くらいなものだよ」
笑いながらそう話す父さん。

 父さんはいつも笑顔だ。そして頭もいいらしい。僕も学校では1番頭がいいけれど父さんはそれ以上らしい。
仕事はロボットの開発と研究をしているらしい。それ以外の事は詳しく聞いた事はない。
一度だけ聞いた事があるけど、ロボットの開発と研究をしているという話以外は何を言ってるのかわからなかったので覚えていない。

 「あなたに似て研究馬鹿になってしまったら困るわ…」
ため息まじりに呆れ顔で母さんが言っている。

 母さんは、専業主婦だ。
掃除、洗濯、料理、どれも完璧だ。
まさに専業主婦の鏡と言っていいだろう。しかも子供の僕が言うのもおかしいけど、美人だ。
自分の母さんが美人というのはそれだけで息子として鼻が高い。

 2人はとても仲がいい。それは息子の僕が一緒にいて恥ずかしくなるほどに。

 そんな事を考えると眠くなってきた。
もう1時間くらい車に揺られているし、わくわくで昨日も眠れなかったから仕方ない。

 「眠いのか?少し眠るといいよ、まだあと1時間くらいかかるから」

父さんがそう言っているのを聞いているうちに瞼が重くなり…


ーードゴォッ!!!

 「痛いっ!!!」
そう叫んだ時にはもう車の外に投げ出されていた。
すごく痛い。
ものすごく痛い。
痛くて死にそうだ。
助けて!!!
助けて!!
助けて!
助けて
助けて…

 「お父さん…お母さん…」

 痛くて死にそうで助けて欲しくて、気づいたらそう呟いていた。

でも返事がない…

だから、そっと目を開いた。
涙と血でほとんど目が見えない。
見えるのは真っ赤に揺らめく何かと、右側に微かに見える白く大きな塊りくらいだ。
真っ赤に揺らめく何かはすぐになにかわかった。
ーーゴウゴウーーと唸るような音で炎が燃え盛っていると気がついた。でも白く大きな塊りが何かはわからない。

 それよりも逃げなきゃ!!

そう思って身体を動かそうとしたけれど悶えそうな痛みと、なによりもすごく重くて動けない、

逃げなきゃ!
逃げなきゃ!
逃げなきゃ!

そう思っているうちに、苦痛で頭がクラクラしてきた。早く逃げなきゃ…



  ーーツーンーーと鼻につく臭いがした。
目を開く前にそう思った。
それからゆっくり目を開いた。

白い壁が見える。いや、これは天井か。

どうやら僕は気を失ったらしい。それだけはわかった。そして助かったと。

事故にあった事は覚えているけれど、すごく落ち着いている。
痛みもなにもかも覚えているけどすごく落ち着いている。
そう思ったのも一瞬だった。

 「お父さん!お母さん!」

思ったのと一緒にそう叫んでいた。
あまりにも大きな声で叫んだからか、ーーダダダダッーーと言う慌てた足音がこちらに近づいてくるのがわかった。

 ーーガシャガシャーーとカーテンを開く音がして女の人が顔を覗かせた。

 「良かった。歩夢くん起きたのね!」

女の人がそう言って、安心した顔をしているように見えた。
どうやら看護婦さんらしい。

 久しぶりに人の顔を見て少し安心した気がした。

なぜ久しぶりと思ったかはわからないが、あのーーゴウゴウーーとうるさく唸る火が見えないだけで安心した。

 「ちょっと待っててね。今、先生を呼んでくるから」

そんな事を思っていたら、看護婦さんはそう言って来る時と同じくらいの慌てようと足音でカーテンも閉め忘れて僕の前から去っていった。

 誰かに会えた喜びに慌てふためいた看護婦さんに衝撃をうけて、お父さんとお母さんの事を聞くのを忘れていた。

先生を呼びに行くと言っていたし、また来るだろ。
そんなことを考えながら待つことにした。


 「目が覚めたって、歩夢くんおはよう」

考えるのも束の間なほどに先生は病室に入ってき僕の目の前でそう言った。

 「おはようございます。」

そう一言返すと、先生はひと息ついて僕の病状について話し始めた。

「まずは君の今の状態について話そう。
状態がどう言う意味かわかるかい?」

そう聞かれたので軽くうなづくと先生は僕の怪我について話し出した。

「まず事故で車が燃えた事による火傷、そして事故の衝撃で外に飛び出てしまいアスファルトに強打した事による左腕と左脚の骨折、それと頭を強打した事による脳震とう。
ここまでの説明でわからない事はあるかな?」


看護婦さんと先生の様子からもっと酷いと思っていたが、思ったよりも軽く済んでいる事に困惑したけれど説明は理解できたので僕はまた軽くうなづいた。

 「そしてここからが本題だよ」

やはりまだなにかあるのかと思いつつ息を飲んで先生の話に耳を傾けた。

「君は事故の衝撃で外に放り出されたあと、右半身が君の後をおって降ってきた車の下敷きになってしまった。」

ーー?ーー

何を言っているのかさっぱりわからなかった。だって右半身はここにあって実際に動かせている。潰れてもいないし、爪も、肌も、毛も、全部ある。
感覚だってある。

「きょとんとした顔をさせてすまない。
でも驚かないで聞いて欲しい。」

と先生は言うが、今の先生の話以上に驚く事があるのかと思いつつーーキョトンーーとしたまま先生の話をさらに聞いた。

「今の君の右半身は機械でできている。」

何を言っているのかわからなかったが先生は説明を続けた。

「君の右半身は車の下敷きになり、臓器から骨、皮膚に至るまですべて潰れて手術しても回復を望める状況ではなかった。そこで、RHR(リノシュナイド,ヒューマノイド,ロボット)のパーツを使って君の半身を作り…」

先生の説明が続くが、起きたばかりで頭は追いつかないしそれ以上に気になる事があった。

「お父さんとお母さんはどうしたんですか!?」

先生の話を遮り聞いた。

「君のご両親は助からなかった…」

少しの沈黙の後に、嬉しそうに話すさっきまでの先生とは思えないほどに暗く苦しい顔でーーボゾッーーと息を吐くように言った。

 「うそだーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

そう、ありったけの声で叫んだあと俺はまた倒れてしまった。






 
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