【R18】花惑い

国枝夏乃子

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本編

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「ん……」
 わたし・歳納綵花としのうさいかが目を開くと、いつまで経っても見慣れることがとてもできない、夢みたいに麗しい作りをした和室の天井があった。
 このお屋敷の建つ場所は、四季の移りかわりがとても控えめではあるのだけれど。それでも、もう外はだいぶ寒い時期になっているのかな。うっすらそう考えて、乱れた着物を合わせながらふるり、と震える。

「目覚めましたか、綵花」
 かたわらには、今日も花族――花の精と称される、人ならざる一族――のおさ月詠つくよみさんがいて、彼は優しい瞳をしたまま、わたしに覆いかぶさってきた。
 そのまま月詠さんは、上半身だけ起こしたわたしの左頬に、骨ばった綺麗な右手で触れた。冷たい手が心地よくて、わたしは彼のてのひらに頬ずりをする。わたしの肩の少し上で切りそろえた髪が当たるのがくすぐったかったのか、美しい花の精は、困ったように微笑んだ。

 わたしに落ちる、月詠さんの色素の薄くて長い、さらさらの髪。
 わたしがじぃっと彼を見つめると、月詠さんの顔が近づいてくる。
 ちゅ、と口づけが降ってきて、わたしは目を細めてそれを受けいれた。

 これ、すごくすき……。
 角度を変え、何度も何度もキスは続く。
 やがてやわらかなくちびるを離した月詠さんは、思いだしたように言った。

「ついでに、『ご飯』にしましょうね」
 彼が手をさっ、と上げると、ふわふわした光のかたまりたちが、繊細な意匠の器を運んでくる。

 器の中には、たくさんの桜色の花びらが敷きつめられていた。

 これは、花の精である|月詠さんの本体、大きな桜の樹――一年中花をつける『常桜』という、世界に数本しかない珍しい桜だ――がつけた花びらで。
 わたしは、これしか食べることができない・・・・・・・・・・・・・・――。
「さぁ、綵花。お口を開けて」

 月詠さんはかいがいしくも、桜の花びらを自らの口に含み、わたしの口内へいつだって運んでくれる。
「月詠さんのことまで噛んじゃいそうなのに……」
 合間にぼんやり言うと、魔性の美貌を持つ彼は、
「貴女になら、いくらだって食いちぎられたい……」
 そんな風にうっとり語った。


***


 そうして、濃厚な『給仕』が終わって。

 わたしはころん、とお蒲団ふとんへ仰向けになり、光たちに器を回収させた月詠さんへ向かって腕を伸ばした。

「次は月詠さんが食べる番・・・・、でしょう?」
 言葉を紡いだら、月詠さんは改めて、うっそり笑ってわたしにもたれてくる。

「ああ、可愛い。可愛い綵花……」
 甘いべっこう飴みたいな声音を合図に、とろとろにとろけてしまいそうな愛撫が始まった。


***


 いつからだろう。
 わたしはお花以外に、食べものを受けつけなくなった。

 最初は全然わからなくて。
 昨日までしょくせたはずのものなのに、口に入れたらわたしにとってそれは、毒物になった。
 野菜は、少しだけ症状が軽め。でも、まだまだわたしを苦しめる。

 その内わたしは、食事を放棄した。
 食べることはすきなほうだったけれど、もう、無理だった。
 早く解放されたい。

 日に日に痩せほそるわたしの前に、現れたのが月詠さんだ。
 『花族』はとっても高貴で、滅多に人前に姿を現さない種族と学校で習ったことがあったから、初めて見たときは驚いた。
 それはこの世のものとも思えない美しさで、圧倒されたことが昨日のことのよう。
 彼は、なにか『よくない気配』を追って、わたしのところまで来たらしい。
 わたしを見るなり、その美しい化生けしょうは表情を曇らせ、甘やかな低音で静かに話しはじめた。

 月詠さんによると、どうやらわたしは呪われてしまっているとのこと。心当たりはまったくないけれど、今思えば、生きているだけでなにかだれかの不興を買うことはありえるのかもしれない。でもわたしは当初、ただただ混乱した。少しずつそれは絶望へ変わり、心を侵食してゆくことになる。

 月詠さんは、わたしがどんなに至らない態度をとってしまっても、どこまでも善いかただった。
 せっかくのご縁だし放っておけない、というあたたかな言葉と共に、根気強くわたしの『呪い』と向きあってくれた上、特別なちからが宿っているらしい自身のお花を、優しくも食べさせてくれたのだ。

 それは、信じられないほど美味しくて。
 久しぶりの真っ当な『食事』に、わたしは涙が止まらなかった。

 桜を貴女へ継続的に分けましょう、と申しでてくれた月詠さんは、わたしが“なにかお返しできることはないか”とすがると、普段は白磁みたいに真っ白な頬をほのかに染め、わたしの手を取りこう告げた。
「……貴女と過ごし、恋情が芽生えてしまいました。どうか、私と夫婦めおとになっていただけないでしょうか」

 このとき、わたしはまだまだ幼かったけれど。
 そのようなこと願ってもない、と思うくらいには、彼に前向きな感情を寄せていたのだ――。


***


「あっ、んッ♡」
 月詠さんによって少しずつ、丁寧に慣らされた女の部分は、数年後には彼のかたちを覚えこみ、卑猥にそのたくましい陽根をしゃぶるようになった。

 きっとわたし以上にわたしを知りつくしている彼は、腰を淫らに振って、わたしが一番気持ちいいところを刺激しつづける。
 わたしは甘えた子犬みたいな声をあげて、月詠さんに合わせてからだをくねらせた。
「つくよみさ、きもちいのぉっ、それすきぃ♡」
「綵花……っ、」
 射精のときが近いのだろう、快楽に表情を歪ませた彼は、わたしに深く口づけながら、びくびくと性器を震わせる。
 膣内と口内を気が狂れそうなほど犯されて、わたしは悦んでいた。

 彼のものが限界まで膨張し、やがて、自分のなかで熱く爆ぜた。
 すっかり下がってきていた子宮にびゅうびゅうと白濁をかけられて、わたしも彼の腰に脚を絡ませたまま絶頂を迎える。
「~~っ♡♡」

 ビクビクと痙攣が止まらないわたしを、彼は再び苛みはじめた。

 ――もう、だめ。意識、手放しちゃう。
 朦朧とした中、月詠さんへ手を伸ばす。

 いつも月詠さんは、寂しそうな瞳をしているね。
 どうして? わたし、逃げたりしないよ。
 だって、わたし。わたしのほうこそ、貴方がいないと生きられないもの――。

 伸ばした手は、むなしくぱたん、とシーツに落ちた。


***

 少女の嬌声きょうせいが消えた部屋で、男の悩ましげな吐息と、交接の証である卑猥な水音だけが響く。
 いやらしい形に膨れあがった性器をぐちゅっ、ぐちゅっ、と突きいれながら、月詠はうっとりと声を漏らした。
「ああ……、そろそろ時期のっ、はずなのですが……♡」
 意識をとっくに失った彼女の膣内ちつないで、幾度めかわからない月詠の絶頂が訪れる。
 綵花に限界まで腰をうずめ、彼はぶるり、と身を震わせ吐精をした。子種を最愛の女性へりつけるように動いたあと、息を荒くしたまま、彼女のうっすら開いた愛らしい口内を、舌を使って再び犯す。
 名残惜しげに綵花から口を離すと、つうっ、と繋がった銀糸がふつりと切れた。

 ――まだまだ足りない。
 男は、未だ彼女のはらに在る自身を確かめるかのごとく、上からねっとりとした手つきででたのち、抽挿ちゅうそうを再開させた。
「花は、食べさせている。『私』で構成されきった貴女は、今や我々花族に近い存在のはずなのです、ッ……」

 彼女のなかは、具合がくていけない。
 泡だった蜜で濡れた結合部も、彼の目をたまらなく愉しませ、男の象徴をたかぶらせる。

 甘えるように腰を揺らして、彼は幾度も快感を追った。

「きっと、子どもを作りましょうね。貴女そっくりの、愛らしいかすがいを。そうしたら、貴女は再び――あのときみたいな笑顔を見せてくれるでしょう……?」

 そう言って微笑む男の瞳は、狂気で満ち満ちていた。


 それから彼女の腹部に、何度も、何度も。人差し指で複雑な作りの『呪印』を描く。

 それは、全ての元凶とも言える呪い。
 綵花の口に、植物――それも、『花』以外受けつけなくする『禁呪きんじゅ』だった。

「貴女がいけないのですよ。私の前に、その美しい姿を。魂を晒してしまったのですから……♡」


 その出会いが、なにもかもを狂わせた。

 初めて綵花を見たのは、祭りの場。
 あんず飴を手にしつつ、無邪気に笑う浴衣姿の幼い少女が、彼をとらえて離さなかった。
 ながきを生きる花族だ。歳などさほど気になりはしない。
 綵花の持つ魂の香りが、彼の心を揺らしたのだ。

 ――きっと、彼女は自分の『運命』になる。
 確信してからの月詠は、早かった。

 毎夜彼女の家に忍び、その柔らかなからだに『呪印』を施す。
 もとより人外である月詠には、ヒトが構築したセキュリティなどなきに等しく、無防備にそばを、ひいては『禁呪』を許す愛しい綵花が、そのような資格はないにもかかわらず心配になるほどだった(もちろん、執拗しつよう見守って・・・・はいたが)。

 『呪印』を描くとき、彼はいつもこう願う。

 ――弱れ。弱れ。
 貴女が『空っぽ』になるのを、私は待ちわびているのです。
 だってそうしたら私が、めいいっぱい這入はいりこめるでしょう……?

 花族の中でも格別にとうとい位を持つこの男は、かの種族が持ちあわせる生来の残酷さや知恵も、強く継いでいた。

 運命の相手を繋ぎとめるため、手段を選ばず迫るのだ――。


 本能で嗅ぎつけた愛おしい標的つがいいだきながら、彼は今日も恍惚と、まどいのあまりよくを吐く。



【了】
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