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第1章
第5話 嘘つきの覚悟
しおりを挟む一緒に店を出て15分くらい歩き、店長の住むマンションに着いた。
エレベーターを降りて共同廊下を少し歩き玄関まで来ると、店長はインターホンを押した。
「自分ちなのに押すんですか?」
「うん。これがたまんないの」
するとすぐに扉が開いて、超絶美人としか言いようのない長い髪のお姉さんが出てきた。
「おかえりなさい、あんなちゃん!」
その人は後光が差すかのような美しい笑顔で店長を出迎えた。
「分かる?これがたまんないの。飛ぶでしょ?」
店長は自慢気に私の方を向いて言った。
「なるほど……これは飛びますね……」
私は心の底から同意した。
「はじめまして、えなです!」
えなさんはこんな高校生相手に自分から挨拶してくれた。
「あっ、はじめまして!倉田奈央といいます!」
あまりの美しさに目の前の人が生身の人間だということを忘れかけていた私は、自分に話しかけられて我に返り、挨拶を返した。
尾関先輩の一コ上らしいけど、もっとずっと大人っぽく見えた。近寄りがたいほどの美人なのにどこか親近感を感じさせてくれる雰囲気で、店長の言うことによく笑っていた。
「お腹空いたでしょ?お仕事お疲れさま!」
えなさんはそう優しく微笑みながら、手際よく店長と私の前に次々と手料理を出してくれた。
「あんなちゃんはビールでいいの?」
「うん!倉田ちゃんは?倉田ちゃんもビール?」
「いえ!私はお水を頂けたら……」
「え。仕事終わりなのに飲まないの?」
「うちがいくらゆるいって言っても、さすがにバイト帰りにお酒飲んで帰るのはちょっと……」
「そうだよね!そりゃそうだ!」
「ごめんね、私たちだけ……」
えなさんが申し訳なさそうに言った。
「いや、そもそも私高校生なんで、その謝罪自体どうかしてますって……」
「やだぁー!なおちゃんおもしろーい!」
えなさんは出会って10分足らずですぐに私を下の名前で呼んでくれた。それがすごく自然で嬉しかった。
えなさんを見ていると、タイプは全然違うのに、店長と合うのがすごくよく分かる気がした。
「倉田ちゃん、えなに相談しなよ!私よりずっと頼りになるから」
「えなさんも尾関先輩のこと知ってるんですか?」
「うん。私も何年ものつき合いだし、よくうちにも来るよ、たまに泊まってくし」
「そうなんですか!」
「なおちゃん、尾関ちゃんのこと好きなんだ?」
「……はい」
「わぁー!なんかいいね!」
「ほら、尾関ってさ、若い子に興味ないじゃん?」
「そうよね、尾関ちゃん歳上のお姉さんが好きだもんね」
「……やっぱり、私みたいな子どもじゃ可能性ないですよね……」
「なおちゃん!可能性は作るものだよ!」
「えっ……」
「確かに尾関ちゃんは若い子に興味ないかもしれない。だけど、この先ずーっと死ぬまでそうなのかなんて分からないでしょ?好きならあきらめちゃダメだよ!」
「……でも、実際2回もフラれてるのでかなり厳しいんだろうなって……」
「……そうなんだ。だけど、その言い方だと完全にあきらめてはないんだね」
「……自分でもどうしたいのか分からないんですけど、ただ…とにかく好きなんです……。だから、近くにはいたいって思っちゃって……。今は、話はするけどなんかぎこちない関係って感じで…せめて告白する前みたいな仲の良かった関係に戻れたらって思うんですけど、これ以上どうやって近づいたらいいかもう分からなくて……」
「尾関がさ、前に言ってたの。倉田ちゃんとまた友達みたいに戻るには倉田ちゃんに彼氏が出来ないとムリなんだって。それを私がさっき倉田ちゃんに伝えちゃって……だから倉田ちゃん落ちこんじゃってんだ」
「……そっか。……じゃあさ、なおちゃん彼氏作っちゃおうよ!」
「え、えなさん……私、そうゆうつもりはなくて……」
「ちがう!ちがう!本当にじゃないよ、彼氏が出来たフリをすればいいんじゃないかな?そうすれば、尾関ちゃんはまたなおちゃんと仲良くしてくれるんでしょ?2人で帰ったり、お話したり。ほら!うちに一緒にに遊びに来ることも出来るし、そうしてるうちに距離を縮められるかもしれないよ?」
「さすがえなは斬新だね」
「……斬新ですね」
「案外さ、倉田ちゃんに本当に彼氏が出来たって聞いたら、尾関突然嫉妬したりしてね」
「それは絶対ないですよっ!!……でも、彼氏が出来たって言ったら本当に前みたいに戻ってくれるのかな……」
「ちなみに!嘘をつく時は特定の誰かを決めておくといいよ!その方がボロが出づらいから」
えなさんが人差し指を立てて言った。
「たしかに尾関はめざといからなー。だいぶ固めとかないと見破るかも……。自分に近づくために嘘ついてるって勘づくかもしんないな」
「それらしいツーショット写真とかあったらいいんじゃないかな?なおちゃん、誰か協力してくれそうな人いない?」
「協力は難しいですけど、使える人間は一人います……」
「おー!いいじゃん、友達?」
「“しょう”っていって、同い年のいとこです。うちのお母さんとしょうのお母さんが姉妹なんですけど、2人とも子供産んですぐ離婚して実家にいるから、小さい頃から一緒に住んでるんです。だからほぼ双子の姉弟《きょうだい》みたいに育って……。しょうとの写真だったらあるし……えっと……コレなんですけど」
私はちょうどつい最近の親戚の法事で、お互い制服で並んで撮った画像を見せた。
「おっ!いいじゃん!いとこって知らなかったら、なんだこの親密な距離感は!?ってなるね」
「うん。しょうくん、なおちゃんのいとこだけあっていい子そうだし、なんか初々しい高校生カップルってかんじだね!」
「正直、私的にはフリでもちょっと気持ち悪いですけど仕方ないですよね……」
「そうだよ、なおちゃん!尾関ちゃんのこと本気で好きならそんなこと言ってられないんだよ!私もあんなちゃんとこんな風にいられるようになるまでは危ない橋を沢山渡ったし……」
「そうなんですか!?すっごい聞きたいんですけど!」
「あのね……もともとあんなちゃんと私は……」
「ちょーっ!!ストーップ!!それはまた追々……ね?」
珍しく店長が焦ってえなさんを止めた。詳しい話は聞けなかったけど、こんな幸せ満天に見える2人にもここまで来るまでには私の知らない出来事が色々あったのかもしれないと想像すると、それだけで少し心強かった。
「店長!えなさん!私、愛のために全力で嘘つき最低やろうになります!」
「別に最低やろうにはならなくていいって!」
「でもそのくらいの覚悟でいないとブレそうですもん。正直、尾関先輩に嘘つくのって罪悪感あるし……」
「そっか、そうだね!強気でいこう!大丈夫、私もえなもついてるし!2人とも倉田ちゃんの味方だからね!3人で尾関を騙くらかしてやろー!」
「おー!!」
私のためにグラスを持った手を天に突き上げてくれた2人は、その後もまるで自分たちのことのように、真剣に私の恋の作戦を立ててくれた。
今まで一人で胸に秘めて戦ってきたから、突然最強の助っ人が2人も増えて、しかもそれが大好きなお姉さんたちで私は本当に嬉しかった。
「そうだ、うちに来たことは尾関には黙っといた方がいいよ。倉田ちゃんが一人でうちに来たなんて知ったらあいつ絶対勘ぐるから。私がなんか企んでるとか」
「そうですね!絶対言わないようにします!」
「尾関ちゃんには内緒でいつでもおいでね」
えなさんの言葉は社交辞令には全く感じなかった。
「はい!ありがとうございます」
「倉田ちゃん、さすがにもう帰らないとだよね?家まで送ってくよ。えな、行こ」
「大丈夫ですよ!道分かりますし、一人で帰れますから!」
「だめだよ、こんな時間に一人で帰らせられるわけないじゃん。気使わなくていいの、倉田ちゃん送った帰りにえなとデート出来るし」
「こんな夜からどっか行くんですか?」
「デートって言っても別に歩いてまた家に帰るだけだけどさ、私たちみたいのはそうゆうのもけっこう厳しいんだよね。倉田ちゃんはまだ若いから彼女が出来てももう少し堂々と出来ると思うけど、私の歳なんかになるとそこらへんで普通に手を繋ぐことすら出来ないから。ほんとムカつくけどさ、男女だとむしろ歳をとってもそんな関係だなんて素敵!とか思われるのに、女同士だと歳をとればとるほど白い目で見られるんだよね。お揃いの指輪だって目立たないように気にして、場所によってはどっちか一人が外したりしてさ、大人になるとほんともっと生きにくくなるよ」
私は何も言えなかった。
「あーごめん!ごめん!酒のせいで愚痴が出まくっちゃったわ!」
「私は、何を引き換えにしてもあんなちゃんがいてくれればそれでいいけどな」
「えなー!!」
お酒の入った店長は私の前でも躊躇せず、えなさんに抱きついた。そんな店長の頭をえなさんもまた愛おしそうに優しく撫でた。
この2人みたいになりたい……尾関先輩とこんな風になれたらどんなに幸せだろう……
おんなじ気持ちでおんなじ目をして見つめ合う2人を見てそう思った。
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