私と玉彦の六隠廻り

清水 律

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第二章 はなおぬ

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 私が当主の間に足を踏み入れれば、そこには澄彦さん。

 それと何事も無かったのかのように無表情の玉彦と、気まずそうな南天さん。

 宗祐さん、豹馬くん、須藤くんと勢揃い。
 そして竹婆が真ん中に座っていた。
 その前には大きな白い布が掛けられた何か。
 私が座ったとこで、全員が揃ったらしく、澄彦さんが口を開いた。

「ご苦労であった、玉彦。私ではあれと相性が悪くてな」

 声を掛けられた玉彦は、無言で頭を下げる。

「竹さん、お願いできますか」

「かしこまりました」

 巫女姿の竹さんが一礼をして、白い布を引き剥がせば、そこには長さ一mほどの肘から切り落とされた黒い右腕があった。
 人のものではない。
 指先には鋭い爪があり、まだ動いていた。

「指の一本だけで良いと言ったはずだが」

「聞きわけがなかったので、切り落としました。後で返しに行きます」

「中々に無茶をする」

 呆れた澄彦さんをよそに、玉彦はさも当たり前にふるまっている。
 てゆーか、何から切り落としてきたのよ……。

 そんな会話が繰り広げられる中、竹婆は緩慢に動く腕を抱えて指を切り落とし、私を呼んだ。
 ええぇー……。嫌だなぁ。
 それでも行かない訳にはいかず、皆の視線を集めて私は竹婆の隣に座る。

「惚稀人様、足を」

 痣が浮かび上がる踝を前に出せば、そこに切り落とした指の爪先を当てられる。
 熱くて、すごく熱くて、私は人目を憚らずに叫んで、後ずさってしまった。
 今の、何!?
 熱湯を掛けられたみたい。
 まだジンジンとする。

「澄彦殿」

 竹婆に呼ばれ澄彦さんが立ちかけたけど、それを制して玉彦が私の元にやって来る。

「比和子」

 隣に片膝を付き、玉彦は逃げる私を抱きしめる。というか、抑え込んだ。
 こっ、このやろう!
 それでも足をバタつかせ身を捩れば、今度は豹馬くんと須藤くんが足を抑え込む。
 こっ、こいつら!
 私は三人に押さえつけられ、竹婆が踝に先ほどの爪先を再び当て、引っかき始めた。
 その度に足先から脳天に痛みが雷のように走り、踝は熱く痙攣をする。

「いだっ、痛い! 熱い!」

 経験はないけど焼きごてを押し付けられて横に何度もずらされている感じ。
 玉彦の腕にしがみつき痛みに耐えるけど、気を失いかける。

「一枚、剥がれ落ちました。惚稀人様、お疲れ様でございます。よう耐えられました」

 竹婆の合図で、三人の力が緩む。
 それでも踝の痛みは引かなかった。
 私は三人から這いつくばって離れる。
 いくら何だって男三人掛かりって酷いでしょうよ!
 そりゃあ暴れて竹婆を蹴飛ばしたりしたら一大事だけど、それでも何か方法は無かったわけ!?

「なんと無体なことをする」

 その先には御倉神が座り、腕を広げていたので迷わず飛び込んだ。
 一応神様だし。
 御倉神が私に酷いことをするとは思えないし。
 すると当主の間にいた全員が息を飲んだ。

「これが御倉神か……」

 玉彦の呟きに周りを見れば、皆の視線は御倉神に注がれている。
 南天さんと豹馬くんには視えていたけれど、きっと今、この場の誰もが視えている。

「だいじょうぶか、乙女。だから髪を捧げよというたのに」

 御倉神が優しく踝を摩れば、痛みが嘘のように引いてゆく。
 ほんとに神様だったんだ……と今更ながらに思う。

「どうして苦難の道をゆく」

「言ってる意味がわかんないよ」

「これではもうわたしの力ではどうも出来ぬ。全て剥がさねばならなくなった」

 言われて踝を見れば、痣が欠けている。
 牡丹の花びらが一枚、落ちた。

「どういう事だ、宇迦之御魂神」

 いつの間にか澄彦さんが段から降りて、私の隣に来ている。

「わたしであればこんなに乙女が泣かぬようにできた。だがもう一枚剥がしてしまった。これでは六隠廻りを終わらせねば死ぬ」

「書にはそのようなこと、記されてはいなかったぞ!」

「それはひとが祓うばやいじゃの」

「私、死ぬの?」

「死ねば次の命を授かるまで、わたしのところへおればよい」

 のほほんと御倉神は語るけど、私、死にたくない。
 御倉神にしがみついたまま、玉彦を、皆を見る。
 この人たち、一体私に何をしたのだろう。
 何の説明も同意も無く。
 突然告げられた死の予告に、身体が震え出し、怖くて涙が止まらない。

「比和子ちゃん……」

 肩にかかる澄彦さんの優しい手を振り払う。

 みんな、最低だ。


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