私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律

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玉彦の愛する誰か

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 知らないフリをして三月。

 鈴白村に玉彦と稀人二人が帰って来た。
 私と玉彦はそれまでは別々の部屋だったけれど、彼の希望もあり広い和室へと移動。
 本当は奥の間という妻の私室を設けるはずだった。
 でも、どうせ入り浸るいう玉彦の宣言で、それは廃止された。
 稀人の二人は、空いていた部屋を自由に選んでそこに自分たちの荷物を運び入れる。

 こうして正武家のお屋敷は賑やかになった。
 けれど反対に私の気分はもう底なしに沈んでいた。

 玉彦と顔を合わせる度に、目を合わせたくない。
 触れられると身を引いてしまう。
 彼のその手が、私ではない人に触れて抱いていたと思うと、どうしてもダメだった。
 あれほど待ちわびていた玉彦と共に在る日々が始まったというのに。
 もう正武家のお役目がある時以外は、ずっと一緒にいられると期待に胸を膨らませていたのに。
 このまま胸に蟠りを抱えたまま、私は玉彦の花嫁になるのか。
 そんなことを考えては、溜息をつく。

 周りは私がマリッジブルーなんだろうと笑っていたが、冗談じゃない。
 でも今はそう誤解をさせていた方が楽だった。


 三月末日。

 通山からお父さんとお母さん、そして九歳になり増々生意気になった弟のヒカルが正武家へとやって来た。
 明日執り行われる、祝言の為に。
 前日だというのに父親二人は呑んだくれて、明日の本番を心配したお母さんが怒っていた。
 夜になり、私は母屋の縁側から庭へと降りて、多門が金魚池と呼んだ小さな池にしゃがみ込み、揺れる水面に顔を映した。
 歪んでいて、とても不細工だった。

「比和子」

 呼ばれて振り返ると、そこには玉彦が腕を組みながら歩いて来ていた。
 黒い着流しの袖に両腕を交互に収めて、長くなった髪を後ろでゆるりと結わえている。
 私は小袖の裾を払って立ち上がり、彼の横を通り過ぎた。
 もうこんな状態があの日からずっと続いている。

「おい、待て」

 二の腕を掴む力がいつもよりも強かった。

「なに?」

「ずっと何を不貞腐れている」

「別に、いつも通りだし」

 玉彦は眉根を寄せて、黙り込んだ。
 いつもそう。
 いつだって彼は私に訊くのだ。
 私が考えていることを想像もせずに訊いてしまえば、それはそれはすぐに答えが出て楽なことだろう。

「明日は佳き日なのに主役がそうでは皆が気を遣うであろう」

「笑ってればいいんでしょ。出来るよ、それくらい。幸せですって笑ってればいいんでしょ」

 玉彦は私を抱き寄せる。
 私は身体が強張って動かなくなった。
 触れられたくないけど、触れられたら離れたくない。
 でも背中に手を回すことは拒否されるのが怖くて出来ないから、固まるしかない。
 その様子に玉彦は大きくため息を吐く。

「なぜこうなってしまったのか、理由は在るだろう。だが、もう離してはやらぬ」

「……嘘ばっかり」

 彼の胸にそう呟けば、心外だと言うように腕に力が込められた。

「惚稀人として神守として役目はきっちりと果たすから」

「そんなもの求めておらぬ。比和子は比和子のままあればよい」

「だから、玉彦は本当に好きな人と結ばれたらいいよ」

「何を面妖な」

 玉彦は身体を離して、私の顔を覗き込んだ。

「お前……。また何かを勘違いしているな?」

「してないよ」

 だって見たもん、読んだもん。
 動かぬ証拠を握ってるもん。

 目を逸らすと、玉彦は私の頬を両手で包み込んで固定する。

「俺にはお前だけだ」

「……」

「まったく。どこで何を勘違いしてこうなった……」

「……」

「俺の中に入って、聞いて来い」

「……やだよ」

 そこで玉彦の口から冴島月子の名が出れば、私はきっと中で玉彦を殺してしまうかもしれない。

「中では誰も偽れぬ。だから入れ」

「嫌だってば」

「入らぬならずっとこのままぞ」

 玉彦は私の頬を押し潰し始めた。

「いたっ、痛い。止めてよ。入るよ。入って聞いて来ればいいんでしょ」

「さぁ、来い」

 真っ直ぐに私を見つめる玉彦に視点を合わせると、すぐに私の世界は発光する白一色になった。
 神守の眼の発動もスムーズになって最近では九条さんから免許皆伝だと褒められていたりする。

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