私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律

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いずれ訪れるその時

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 昼餉が終わり、玉彦と私、それから多門たちは惣領の間へと移動した。
 澄彦さんと蘇芳さんはそのまま座敷に残って呑んだくれる予定らしい。
 久しぶりに会ったらしく、思い出話に花を咲かせているようだった。

 惣領の間には既に稀人と本殿の巫女が待っており、玉彦が座に付くと全員が低頭した。
 私は玉彦から見て左手に座る。
 正面には豹馬くんと須藤くん。そして香本さん。
 竹婆は最近体調が思わしくなく、跡継ぎの香本さんが頑張っている。
 そして玉彦の後方には安定の南天さんと、なんと竜輝くんがいた。
 稀人の中でも序列があるようで、直系の御門森が正武家の後方を護る。
 豹馬くんがいくら御門森とはいえ、序列でいうと年若い竜輝くんが上だった。

「上げよ」

 次代の声が掛かり姿勢を戻せば、左手側に多門一人前に座り、後ろに六人が連座している。

「清藤はこれより正武家玉彦が預かる。不服ある者は去ね」

 清藤の人間は誰一人として去らず、それを見止めた玉彦は言葉を続ける。

「清藤多門は私付きの稀人とし、その他の付き人は稀人付きとする。今後役目の際には多門以外の稀人の下に付くこととなる。不服ある者は去ね」

 この『不服ある者は去ね』という言葉はずっと続くのだろうか。
 彼らの意思を確認するものなんだろうけど、言葉が冷たいというか、なんというか。
 でも次代の玉彦が彼らに、これでも良い?って訊くのもおかしな話だし仕方ないんだろうけど。

「相分かった。これからお前たちは私の屋敷にて生活を営むこととなる。部屋割は後程指示がある。役目に付くのは二日後からとする。旅の疲れを癒すが良い。最後にそちらに座す者は」

 玉彦が私に視線を移すと、清藤全員が私を見た。

「私の妻であり、神守の者でもある。私の赦しがあるまで、かの者に触れること話すこと赦さず。もし破れば危める。以上である。何か申したいことがあれば聴く」

 危めるって殺めるってことだよね……。
 さらっと何てことを。
 そんな無表情の玉彦の前にスススッと一人、身を進める。
 その人はあの女性だった。

「畏れながら正武家さま。願い出たきことが御座います」

 低頭し流れ落ちる黒髪が扇の様に畳の紋縁に掛かる。
 綺麗だな、って素直に思う。
 どういう御手入れしているんだろう。

「申してみよ」

 彼女は顔を上げて何故か私を一瞥して、薄く笑った。
 すごく感じが悪い笑い方だった。
 馬鹿にするような、嘲るような。

「わたくし、清藤の世継ぎを残すようにと育てられて参りました。柳美憂《やなぎみゆう》と申します」

 彼女が名乗ると、多門が眉を顰めた。
 本来なら清藤の跡継ぎは次代であった彼の姉が生む子供である。
 清藤は次代が子供を生めないと危惧して彼女を育てていたのだろう。
 しかもその相手は双子の兄の亜門だ。

「そうか。では多門と……」

 玉彦はそんな彼女がわざわざ多門に付いて来たという事実を踏まえて、彼と添い遂げたいと願い出ると思ったのだろう。
 私もそう思った。
 多分惣領の間に居た正武家の人間誰もが。
 
「いいえ。清藤はもうわたくしの主家ではございません。これからは正武家様の側室として御寵愛を受けたく存じます」

 美憂は玉彦に微笑んだ。
 その横顔はやはり妖艶で、尚且つ自信に溢れていた。

「畏れながら未だお世継ぎは居られぬ御様子。ならばわたくしにそのお役目を戴きたく存じます」

 私は空いた口が塞がらなかった。
 側室っていつの時代の話をしてんのよ。
 一夫多妻なんてとうの昔に無くなっている。
 いやいやその前に、私を妻だと紹介された後でよくもそんなことが言えたもんだと感心すらする。
 さっきの薄ら笑いは、こんな女に負けないっていうのと、こんな女だから子供を作る気が起きないのだというものだったのか。
 その強烈な申し出に、怒りで手が震えてくる。
 惣領の間の空気が凍り付く中、玉彦だけが首を捻って不思議そうにしていた。

「何を申しているのか皆目見当が付かぬ」

「ですから……!」

「私の妻は比和子ひとり。それ以外の女は塵芥と同じこと」

「けれどお世継ぎが……!」

 食い下がる美憂に玉彦は眉を顰めて黒い扇で口元を隠した。

「貴様に心配されずとも世継ぎはすぐにでも儲けることは出来る。付き人為らずば五村を去れ。この私に邪な恋情を寄せるな。不快である!」

 そう言い切った玉彦は立ち上がって竜輝くんを促して奥の襖を開けさせると、大股で退出してしまった。
 残された私たちは呆然とその背中を見送って、南天さんの「以上でございます」の言葉すら耳が素通りした。
 いくら不快だからって、五村を去れとか言っちゃいけないと思う。
 でもちょっとすっきりしたのは、私の性格が悪いせいかもしれない。

「だーかーらー。言ったじゃん。次代の寵愛なんて受けられないって。しかもあんなに怒らせてさ。どうすんの? お前。これでもう付き人になったとしても気まずいだけじゃん」

 惣領の間の主が居なくなった座敷の真ん中で足を投げ出した多門が、まだ呆然としていた美憂に声を掛けた。
 彼女は多門に向き直ると掴みかかる勢いで詰め寄る。

「だっておかしいでしょう!? どこの誰が見たって百人いれば百人が私を選ぶでしょ!? どうなってるのよ、次代の審美眼は!」

 すごく率直に貶されてる。私。
 そりゃあ美憂に比べれば美人でもないし、育ちが良いわけでもない。
 でも玉彦は私にそのままで良いって言ってくれたもん……。
 最近、ちょっとお化粧が手抜きになったり、緊張感が無くなってるけど。

「うるさい。そんなのオレが知るか! 次代は比和子ちゃんにしか興味がないんだから仕方ないだろ!」

「だからそれが変じゃない!」

「あーうるせーうるせー。次代は百一人目の選ばない人間だったんだろ。ちなみにオレも選ばない。比和子ちゃんの方が断然良い。とりあえず猫被らないし、真っ直ぐだし。良くも悪くも」

「あんなののどこが!」

 思わず私を指差した美憂と目が合って、すごい勢いで睨まれた。
 ので。
 私も睨み返して立ち上がる。
 そして座り込んでいた二人を見下ろして、腕組みをした。

「ようこそ正武家へ。常識が罷り通らないところだけど、歓迎はするわ。それと……」

「比和子! 風呂だ! 鳥肌が収まらぬ!」

 決め台詞を吐こうとした私を遮り、惣領の間の襖から現れた玉彦は問答無用で私を肩に担ぐ。

「ちょっと! 降ろしなさいよ、馬鹿玉!」

 良いところだったのに!
 ここに私あり!って存在感を示す絶好の!

 拳で背中を叩いてもびくともせず、玉彦の後ろから付いて来ていた竜輝くんと目が合った。
 大の大人が何をしているんだとその目は語っていた。

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