私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律

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清藤、再び

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 安易に答えてはいけない。
 というか、断らなくてはいけない。

「御倉神、様。私は……」

「どうか。神守」

「でも私には玉彦が」

「……む? むむ。あやつは我らと同じではない。私が願っているのは他の者に願うなと」

「は? 言ってる意味が解んないんだけど」

 思わずいつもの調子になって答えてしまう。
 すると余所行きだった御倉神も、いつもの御倉神になる。

「あれだの。他の神々ともう接することはしてほしくない。私だけにしてほしいのじゃ。金山彦は……仕方ない。あれは次代に付いている。あとは志那都彦だがあれは風だから滅多にいないしの」

「で、私にどうしろっていうのよ。そもそも神守として私を求めて、御倉神は何をしたいのよ」

「共に在りたい」

 ド直球に言われて、固まる。
 私が共に在るのは玉彦だけだ。
 でも何となく、御倉神が求めているのはそういうことではないような気がする。

「毎日一緒に居て生活するの?」

「……何を言うておる。こう見えても私は忙しいのじゃ」

「じゃあ共に在るってどういう意味よ?」

「……鈍い神守よ」

 顔を背けて面倒そうに呟いた御倉神にイラッとする。

「いやいやどうも鈍い神守ですみませんね。でも分らないんだから仕方ないでしょう? だって誰も私に神守としてどう神様の守りをするのかなんて教えてくれないんだもん」

「開き直りおったな……」

「何よ、文句あんの!?」

「お主、私を敬っていないな?」

「そんなことないわよ。ほら呑みなさいよ」

 一応両手で空になっていた盃にお酌する。
 渋々といった感じだったけど、御倉神はそれを受ける。
 でも呑み始めると機嫌がみるみる間に良くなっているのが表情を見れば明らかだった。
 御倉神って玉彦並みに分かり易い。

「お主の心に在るのは私だけにしてほしい」

「だから、私には玉彦っていう……」

「巫女として私に仕えて欲しいと申しておるのだ」

「へっ?」

 えっと、巫女って竹婆や香本さんみたくってことだろうけど、実際巫女って何をしてるのか良く知らない。
 朝夕のお勤めだって詳細を知らないのだ。
 でも一応名もなき神社はこの御倉神を祀神として祀っているし、そこで朝夕のお勤めを私がすれば良いのだろうか。
 この正武家から毎日通って。

「深く考えることではないのー。このさきお主の心、信仰を寄せるのは私だけにする。ただそれだけのことよ」

「……要するに信者になれと?」

「ちょっと違う……」

「うーん……」

 この先御倉神だけを信仰して私に不都合があるのか考えても、思い浮かばない。
 というか、どういう事が予測されるのか思いつかないから何とも言えない。
 でもよくよく考えると、他の神様に私から正武家の助力を頼むなと御倉神は言っていて、それってただの我儘。

「それってさ、私に何か得はあるの?」

「さぁて? ともかくここから出してやることは出来るの。そして願えば次代に助力することも叶う」

「あんた、神様なのに結構卑怯ね」

 私の言葉が聞こえている癖に聞き流して玉彦のお土産に手を伸ばしている。
 菓子箱には色とりどりの和菓子が納められていて、一つ一つが可愛らしい。
 さらに祭壇に目をやると、紙袋ごとまだ他のお土産もあるようだった。

 すると不意に、どんっと一度だけ扉が叩かれた。
 ハッとして顔を向ける。
 ここは御倉神によって隔離された空間になっているはずなのに、外からアクションがあった。
 それは御倉神に干渉できるほどの何かが外にいるってことだ。
 向き直って御倉神を見れば、思いっきり眉間に皺を寄せている。

「大国主め。生意気な」

「誰?」

「私の父のずーっと下の子孫じゃの。ここに私がおると知っての無礼赦さず」

 御倉神は浮かび上がってスーッと移動すると、扉の前に立つ。
 そして押し開ける仕草をすれば、私があれ程頑張ったにも関わらず微動だにしなかった扉がいとも簡単に開いてしまった。
 というか、私と巫女の約束をする前に扉を開けてしまった御倉神は相当に大国主とやらに怒っている。

 でもさ、大国主ってどこかで聞いたことあるんだよね……。
 御倉神についてこっそり調べた時に、その名前を見たような。
 ただその時に私は別の大発見にそのことを忘れてしまっていた。
 御倉神って実は女性の神様だったのだ。
 でも澄彦さんが前に教えてくれた通り、日本の神様は性別が曖昧だから御倉神は男神として私の前に存在していた。

「何をしに来た! ここはお前が来るようなところで……!」

「はいはい。ご無沙汰してましたー。ご機嫌いかかでしょうか? ちょっと失礼。中に入りますよっと」

 強い口調の御倉神の言葉の途中で大国主は声を被せ、立ち塞がっていた御倉神の肩越しに顔を覗かせる。
 本殿を物珍し気に見渡して、真ん中にぽつんと座り込んでいた私を見つけて満面の笑みになった。

 人間にすれば三十くらいの男盛り。
 清潔感があって爽やか。
 見目麗しい神様がそこにいる。
 格好は金山彦神に近いもので、みずらに白い服だ。

「あぁ、やはりここに居たのですね。神守の巫女。使役される眷属の願いを聞いて貴女を探していました」

 良く通る張りのある声が私に届く。

「私を、ですか」

 どう考えてもこの神様と縁が無いので探される覚えはない。
 表情が強張った私を安心させようと大国主は微笑んだけど、続いた言葉に私は笑えなかった。

「えぇ。神守の眼を頂きに」

 あまりにも普通に、大国主は言ってのけた。
 でもその内容は普通じゃない。
 眷属の願いで神守の眼をって、この神様は清藤の味方なんだ……。
 神様に狙われたら一溜りもない。
 私はその場で固まって、手足が震え出した。

「あぁ、大丈夫ですよ。眼だけ下さい。命までとは言いませんよ?」

 そんなの、はい分かりましたっていう人はいないと思う。

 その時。

 大国主の前に立ちはだかっていた御倉神からぞわりと感じるほどの冷気が流れ出た。
 ドライアイスの煙の様にそれは私の元まで届く。
 こちらに向けていた背中に白いものが揺らめいて、風もないのに御倉神の髪が巻き上がる。

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