97 / 111
番外編 鈴木和夫のお話
8
しおりを挟む寝ぼけながら部屋を見渡しても、初めて見る部屋でどうしてオレがここに居るのか疑問符が浮かんだ。
確か、縁側で御門森を待っていて……。
そこでオレは眠ってしまい、わざわざこの部屋に運ばれたのか。
布団から出て閉められたカーテンを引けば、外はもう真っ暗だったが日中作業した納屋を見下ろすことが出来た。
どうやらここは二階の様である。
とりあえず起きたことを知らせて、晩ご飯にありつきたい。
あわよくばお風呂にも入りたいが着替えが無いので玉様の家まで我慢するか。
部屋を出ると廊下に明かりはなく薄暗い。
廊下の突き当たりの窓からの月明かりを頼りに階段へ辿り着き、電気のスイッチを手探りで探すが見当たらない。
仕方ないので一歩ずつ恐る恐る降りてみたはいいものの、階下に明かりは無い。
もう寝静まってしまったのだろうか。
さっき部屋を出る時に時計を見れば良かった。
スマホは仕事の邪魔になるので茶の間のテーブルに置いたままだったので時間を確かめる術がない。
大分目が慣れてきて、降りた左手にある茶の間に足を踏み入れる。
木目が立派な足が短い大きなテーブルの上には、テレビのリモコンと新聞、チラシのメモ帳と灰皿しかない。
オレのスマホはどこいった。
茶の間の蛍光灯の紐を引っ張っても明かりが点かない。
なんだ。よりによって蛍光灯が切れたのか?
何度か引いても手ごたえがなく、オレは諦めて誰かを捜すことにした。
お爺ちゃんかお婆ちゃんか。叔父さんでも奥さんでも良い。この際希来里だって構わない。
オレは嫌な予感に気が付かないフリをして、手に汗を握りながら人様の家を縦横無尽に駆け回った。
誰か、いないのか!
なんでいないんだ!
家の全ての襖やドアを開け、トイレも風呂さえも確認した。
でも人っ子一人居なかった。
オレはスニーカーを履いて外に飛び出すと、鶏小屋に向かう。
何か生き物はいないのか!
そう思って網越しに中を覗くと乾燥してふかふかの藁はあったけど、鶏は一羽も居なかった。
嘘だろ。どうなってんだよ。
家族と鶏が揃ってお出掛けとか有り得るか!?
後ずさりして駆け出す。
そして垣根の囲いを抜けて道路へと飛び出せば、村に来た時に車の中から見えたはずの街灯が無かった。
いや、あるんだけど光がない。
あるのは夜空にある月の光だけだ。
停電しているのか?
それにしても人がいないのはどう考えたっておかしいだろ!?
右を見ても道路が続くだけで家などの建物はない。
玉様の家は左手だ。
オレは迷うことなく左に走り出した。
とにかく玉様の家に行けば誰かいるはずだ。
いや、でもいないかも。
あの家にはそもそも人の気配があまりない。
でも村で頼れるのは玉様しかいない。
御門森もどこかに居るだろうが、アイツがどこにいるのか解らねぇ。
足が縺れても走り抜いたオレは、玉様と比和子ちゃんが抱き合っていた石段に辿り着いた。
石灯籠の足元には明らかに人の手が加えられた切り花が飾られ、そして果てしなく続くような石段の脇にはオレンジの灯りが入っていた。
ホッとして涙が込み上げてくる。
この先に誰かが確かに居る。
オレは石段を登り、閉められた門の前に立った。
そして何度か叩いてみたけれど反応がない。
そこでオレは黒い塀伝いに最初にオレが通った門を目指した。
けれど辿り着いた門も先ほどと同じくピタリと閉められていた。
必死で叩いても婆さんズは姿を現さず、オレは途方に暮れた。
塀をよじ登ろうにも高さがあり過ぎて取っ掛かりがない。
大声を出しても反応がない。
「どうなってんだよぅ……」
オレは情けなくも半泣きで塀を伝い、石段前の門へと戻った。
流石に真っ暗闇の山道を下る勇気はもう無かった。
改めて門を背にして段下を眺める。
石段の明かりだけが妙に輝き、その向こうにあるはずの村の民家の明かりは一つもない。
これは異常な事態だった。
オレは夢を見ているのか。
腰砕けになり、足を放り投げ夜空を見上げ、笑いたくもないのに笑いが込み上げてくる。
「なにがそんなにおかしいの?」
不意に石段の方向から女の声がして、そっちを向くと三つ編みのセーラー服を着た女子高生が木々の間から顔を覗かせていた。
お世辞にも可愛いとは思えない風体で、丸々と太り、顔には赤くニキビの跡が残っている。
いくら女子は化粧という変身技術を持っていても、クレーターになった肌を隠すのは至難の業だろうな。と思った。
そしてちょっとした違和感にオレは戦慄した。
ソイツは木々の間からひょっこりと顔を出している。
上半身は見えるけど、下半身は見えない。
これはまぁ、隠れていると思えば何とか納得できる。
だがしかし。
月明かりしかない今、どうしてこんなにはっきりと姿形が見えてるんだ?
石段の灯りがあるとはいえ、彼女がいるのは林の中だ。
そちらにまで灯りが届きはしないはず。
届いていたとしてもこんなにはっきりなんて、絶対におかしい。
女子高生はオレにどこから来たの?とか迷子なの?とか聞いてきたけれど答える気には何故かなれない。
「こっちに来てちょっとお話しましょうよ」
ぷっくりした手に手招きされて無意識に立ち上がる。
あれはいっちゃ駄目なやつだ。
頑張って抵抗して足を動かさないように踏ん張る。
すると痺れを切らした女子高生は次第に苛立たし気にヒステリックに叫び出した。
「よ、用があるならそっちから来い!」
オレは言わなくても良い一言を口にしてしまった。
木の幹をガシッと掴んだ女子高生の指先がめりめりと音を立てて食い込む。
「や、やっぱり来なくていいよ!」
オレは軽やかに前言を翻し、両手を前に出してぶんぶん振る。
アイツ、握力普通じゃねぇ!つーか人間じゃねぇ!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる