私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律

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番外編 緑林と次代様のお話

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 鈴白村に居を構える名家正武家様は、五村の土地を所有する大地主であり、護り神様でもある。 
 護り神様って何ぞやって思うけど昔からそう言われていて、実際は普通の人間に分類されるんだけど、 彼らには先祖代々不思議な力があるって私たちは小さな頃から聞かされていた。 
 だから正武家様には何があっても逆らってはいけないのだと刷り込まれている。 
 彼らがこの五村に在る限り、この土地の繁栄は約束されているのだと。 

「また、貴女ですか。一体ご実家で何をされてきたのですか!」 

「すいません……」 

「『申し訳ございません』でしょう! 本当に緑林は……」 

 私は自分で縫い針を突き刺してしまった人差し指を咥えて、慣れない着物を着た身体を小さくする。 
 目の前で青筋を立てる松さんは、六十くらいの女性で、正武家様に古くから仕えている。 
 私は他の花嫁候補四人のクスクスと笑う声に増々小さくなった。 

 結局。である。 
 私は妹のお願いを聞いてしまったのである。 
 ただし、一つ条件を付けた。 

『わざと選ばれないようにして、早々に村へ帰る』と。 

 さっさと候補から外れて、妹と再び入れ替わる予定だ。 
 なので失態を重ねても屁でもないのだけど、開き直ると心証が悪いのであくまでも精一杯頑張っている風を装わなくてはならない。 
 と、考えていたけれど、実際はどんなに頑張っても所詮花嫁修業なんて実家でしてこなかった私である。 
 反物から着物を仕立てろと言われても、何をどうして良いのか解らない現状で、演技をする必要なんてなかった。

「緑林はまず、雑巾から練習する必要があるようですね!」 

「わかりました……」 

「『承知いたしました』でしょう!?」 

「承知いたしましたっ!」 

 言葉遣いすら儘ならない私に盛大な溜息と共に布が放り投げられた。 
 私は布を手に取ると、ちくちくと針を進め、隣の花嫁候補の綺麗な青い反物が着物になっていく過程を横目で見ていた。 
 正武家様に花嫁候補に入った女性は、名前ではなく、村の名前で呼ばれる。 
 そうして花嫁に選ばれると、初夜に初めて夫となる惣領息子様に名前で呼ばれるのだ。 
 これは情を移さないためと教えられたけど、私にとっては万々歳だ。 
 だって妹の名前で呼ばれても、咄嗟に反応できる自信がない。 

「では休憩にしましょうか」 

 私が雑巾を三枚縫い上げたところで、午前中の修行の終わりが告げられる。 
 松さんは早々に座敷を出て、残された五人はほっと緊張の糸を解く。 

「緑林さま。大丈夫?」 

 藍染村の藍染が私の手元を窺い、笑いを堪えるように顔を背けた。 
 私の手元には所々赤い点が付いた雑巾が握り締められていた。 

「大丈夫です。案外針で出来た傷って早く塞がるんですよー」 

「まぁっ」 

 私は待ち針を針山にハート型に刺すと、正座していた足を前に放り投げた。
 ぐるりと座敷を見渡せば、鈴白《すずしろ》、赤石《あかし》、鳴黒《なりくろ》が眉を顰めていた。 
 なんて行儀の悪い女なのだと思っているのが丸わかりだった。 
 ついでにコイツは自分の敵ではない、と考えているのも。 
 それは隣の藍染も同じだ。 

 彼女たちは各村から選ばれた花嫁候補で、見た目も所作も、どれもこれもが一級品だった。 
 きっと私の妹だってこの場に居れば、勝るとも劣らない。 
 でも実際は私だし。 

「今日の昼餉は何でしょうかねー」 

 爪先を馬鹿殿の様に左右に振れば、藍染が再び笑う。 

「緑林さまはお食事のことばかり」 

「だってそれしか楽しみないでしょう?」 

「私はお食事よりも」 

 ぽっと頬を染めた藍染は伏し目がちに微笑んだ。 
 私と同じ黒髪に、丸いパッチリとした二重。 
 彼女は私の一つ年上で、美山高校で一緒だった。 
 そして鈴白と鳴黒は二つ上。 
 赤石に至っては同級生で、こちらの正体がばれるのではないかとドキドキしたけど、何故か避けられているので大丈夫そうだった。 

「次代《じだい》様にお会いできるのが楽しみです」 

 藍染が小さく呟けば、私を除く全員が頷いた。 
 食事の席で、唯一、正武家様の当主様と次代様と呼ばれる惣領息子様と会うことが出来る。 
 彼らは日中、お役目と呼ばれるお仕事をしていて、夜は自分たちの母屋で過ごしているけれど会う機会は 早々無い。 
 私たちは一応次代様の母屋に住んでいるけれど、ここ一週間、彼とすれ違うことすらなかった。

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