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第五章 ひょうま
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しおりを挟む九条さんは目が無いものでも全体像が視えていれば、視えると教えてくれた。
数歩下がって、集中する。
しばらくすると玉彦や豹馬くんの時とは違い、白い光が私を包むことはなく、その代わりに視界に掛かっていた歪みがクリアになる。
でも眼は熱を持っており、視えている状態だ。
そして鏡には。
私と豹馬くん。
……鏡の内側から必死に鏡を叩き泣き叫んでいるセーラー服の髪が長い女の子と、その後ろに校内にも関わらずに赤い傘を差しているこれまたセーラー服のきっちり三つ編みの女の子。
何この状況。
私は鏡に駆け寄り両手をつくと、その手に重ねるように女の子も合わせる。
口元を見れば、声は聞こえないものの助けてと言っているのがわかった。
『真夜中の鏡』の不思議の内容は、真夜中に鏡の前で合わせ鏡をすると百枚目の向こうに自分の未来が見えるというもので、こんな鏡の中に女の子が閉じ込められている内容ではなかったはずだ。
「豹馬くん!」
確かめるように彼を呼ぶと隣に並び、鏡を見る。
すると顔を顰めて口を手で隠した。
「オレがいつも視ていたのは後ろの赤い奴だけだ。悪い感じはなかったから放って置いたけど、今日はなんつーか、邪悪だな……この鏡」
「どうにかこの子、助けてあげられないかな? 鏡を割ってみるとか」
「いや、どう見ても死んでるし。てゆーか、コイツ……」
言葉を止めた豹馬くんが私の二の腕を引き、鏡から距離を取らせた。
目は鏡に向いたまま、先ほど自分が立っていたところまで移動する。
鏡の中では、泣き叫んでいた女の子を押し退けて、赤い傘がにゅっと鏡から出てくる。
そしてその身体も鏡の表面が飴細工のようにぐねぐねとしてゆっくりと作られてくる。
放課後の校内は喧騒に溢れていたのに、ここだけ切り取られた空間の様に音がしない。
目の前では猛烈にぐるぐると回っている赤い傘を持った女の子が私たちを明らかな敵意を持って睨み付けていた。
「ねぇ、これってもしかしなくてもとっても危機的状況なんじゃない?」
「上守、絶対動くなよ……」
私を背に庇う豹馬くんの後ろから、そっと顔を出して三つ編みの女の子を見る。
じっと視つめる。
そうすれば何かが視えてくるはず。だったのだけど、あの白く光る現象が始まらない。
もう既に視えている中だからなのか、この音もしない環境がそうさせているのか……。
って私、前にもこれと同じこと経験してる……。
女の子が一歩、滑る様に私たちへと近づき、問答無用で赤い傘を振り上げた。
そこから巻き起こされた突風に一瞬身体が浮いて左側にある階下へと叩き落される。
何がどうなって落ちたのか私は豹馬くんに受け止められていた。
彼は傘が振り上げられた瞬間にもう落とされると予測して、先に階段を駆け下りていた。
さすが経験を積み始めている稀人と褒めたいところだけど、落ちるぞと一声いただけないだろうか。
階上を見上げるとこちらを不服そうに見下ろす彼女がいた。
赤い傘の動きは止まっていて、とりあえずもうあの突風を起こす気はないらしい。
「ここから黙って立ち去れ」
その声に、私は周囲を見渡した。
誰が喋ったのかと思って。
だって、すんごいお爺ちゃんの声。
濁声の、よく市場のセリで聞くような。
「私を割るな」
「へっ?」
そこでようやく声の持ち主が階上にいる三つ編みの麗らかな乙女から発せられていることに考え至る。
アニメの吹き替えが間違ってしまったかのような違和感に、まだ信じられないけど。
「わっ、割らないけど、あの中の子、返しなさいよ!」
「無理だ。あれを外に出すわけにはいかない」
「あんた、食べる気ね!?」
離れていてもわかる程、女の子は大きな溜息をついて傘を閉じた。
そしてこちらからは見えないけれど、鏡に視線を向ける。
「あれは学び舎にふらりと来た悪いもの。私の中に閉じ込めて消えてしまうのを待っている」
「は?」
「……学校の守り神か……」
私の肩を支えていた豹馬くんが呟く。
守り神、神様……?
御倉神と同じ神様だから、視えなかったんだ……。
豹馬くんの言葉を受けて、彼女は頷く。
「私は付喪神。長い年月大事に扱ってくれたこの学び舎に恩返しをしている」
付喪神って、物とかが百年経ったら神様になるっていう。
確かに美山高校は古い建物だし、備品にも古いものはありそうだけど、付喪神になっちゃうって凄くない!?
「だからどうか邪魔はしないでほしい」
「それを正武家は認めているのか?」
この五村の地において、正武家のお役目の範疇のことをしている付喪神。
それを正武家が認めていなかったら、付喪神の勝手な暴挙として豹馬くんは祓いの対象にするつもりだった。
「うむ。道彦どのに良いといわれている」
「豹馬くん、道彦さんって……」
「あぁ、玉様の祖父だな……」
そこでハッと私は思った。
正武家は視えるものと視えないものがある。
視る必要がないから。
玉彦もこの鏡の前を通っていたのにも拘らず、鏡の付喪神の話はしていなかった。
じゃあ誰がこの付喪神と道彦さんの橋渡しをしたのだろう。
それは一人しかいない。
道彦さんの父、水彦さんに付いていた稀人。
御門森九条。
宗祐さんも道彦さんに付いていたけれど、年齢が合わない。
「ひとつ、警告をしておく。私でも手に負えない者が校内を這いずり回っている。努々好奇心だけで触れないことだ」
そう言うと付喪神は傘を開き、ふわりと浮かび上がったかと思えば鏡へと姿を溶け込ませた。
私は階段を駆け上がり、百年以上そこに在る鏡を再び覗き込めば、先ほど泣き叫んでいた女の子は打って変わって私を忌々し気に睨み付ける。
そしてその背後から付喪神が頭を鷲掴みにして、その女の子の本性を私に見せつけた。
昔話に出てくる包丁を持った山姥は猛り狂い、鏡の向こう側からこちらへと腕を振り上げる。
「マジかよ……。えげつねぇ……」
一緒に視ていた豹馬くんが呆然と古鏡を覗いている。
山姥は頭を掴まれたまま鏡の奥へと連れて行かれて、視えなくなると一瞬にして辺りが音を取り戻した。
私はその反動で猛烈に目が乾き、開けていられなくなる。
長い間視続けるとこうなっちゃうんだ……。
目薬買っておかないと。
「上守、ほら」
しゃがみ込んでくれた豹馬くんの背に負ぶさる。
何だかんだ言っても豹馬くんは、優しい。
彼は私が惚稀人になれば、必ず護ると言ってくれた人だ。
だから安心して身を任せられる。と思っていたのだけれど。
背負われて教室に戻ると、そこには心配して報告待ちをしていた玉彦と須藤くんがいて。
私たちを見た玉彦が文句あり気に口を尖らせたので、コイツに豹馬くんの在り難さを説教してやろうと思うのだった。
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