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第1章 幼少期

6話 王子と冒険②

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「さて、とうとう城の外に出たわけだ。せっかくだから城下でも見る?」
「え、バレたら大変じゃない?」
「バレなきゃいいんだろ?こっち!」


 ジハナに連れられて緩やかな坂を登ると開けた場所に出た。ここは小高い丘の天辺のようで、少し離れたところにも似たような高さの丘がある。


「ほら、谷のとこが城下町だよ」


 ジハナが指差した方、丘の谷間の道に沿ってポツポツと家の屋根が見えた。そのまま道を辿って目線を動かすと、城に近くなるほど家と家の間が狭くなって、城門や城壁の周りは建物の建っていない場所がないくらいだった。

 私たちはもう少し人の活気を見られる、城に近い丘まで移動すると、木に登って上から町並みを眺める。
 城下は私の想像の何倍も賑やかで、人がひしめきあっている。枝の上に腰掛けるとジハナが隣に座った。


「すごい、エルフが沢山」
「そうだなぁ」
「ジハナ、あれは何?」
「どれ?」
「あの、赤い服の人が山盛りに抱えてるもの」
「あぁ、星見の飾りだよ。天の川が見える時期に、家の扉に飾るやつ。あれはまだ完成してないな。あそこに花の飾りとか、星の飾りをもっとつけてからお店に出すんだ」
「へぇ、城下だとああいうのを飾るんだね。じゃああっちは何?」


 谷間を通る道は店が多く、その道を行って帰ってすれば欲しいものは何でも揃うとジハナは笑った。
 私の質問責めにもジハナは文句を言わないので、思う存分聞きたいことを尋ねた。城下に降りることはできないが、詳しい説明を聞くと行ったような気分を味わえた。

 日が傾くにつれて人が増えたり減ったり。夕方になって仕事終わりの人が増えてきた。


 そうやって質問を続けているうちに、何かが頭を触った。さわさわと、頭のてっぺんをくすぐられているような……不思議に思って上を見ると大きなリスが上の枝からぶら下がってこちらに手を伸ばしていた。


「うわぁ!リ、リス!?」


 思わずのけぞって枝から落ちかけた私をジハナが引っ張り上げる。


「こら!驚かしちゃダメだろ!悪戯っ子達め!」


 ジハナが怒るとリスはキキキキキと笑うように鳴いた。
 気がつくと上の枝のリスだけでなく、私たちが座っている枝にも数匹集まってきていて鼻をひくひくさせながら膝に乗ってこようとする。目がまんまるで、尻尾はふさふさ。ぴぃちゃんとは違った愛らしさだ。

 膝の上まできたリスに向かって人差し指を伸ばす。匂いを嗅いだ後、両手で指を握ってこちらを見つめてくる。危なくないと思われたのか、近くにいたリス達もわらわらと膝の上にやってきた。


「わぁ、懐っこいんだね。可愛いなぁ。私、リスをこんな近くで見たのははじめてだ」


 癒されながらジハナの方を向くと、2、3匹のリスがジハナの体の上を走り回っていた。


「がー!くすぐったい!あっちいけ!あっち行けってば!!」


 1匹捕まえては隣の木に放り投げ、もう1匹捕まえる頃には前に投げた1匹が戻ってくるのを繰り返している。


「何がどうしてそんなことに……」
「こいつら!いっつも!じゃま、して、来るんだ、よ!」


 1匹を投げた後うまく残りの2匹を掴むことに成功したジハナがこちらを向く。ぜーはーと息荒く両手にリスを握るジハナは、本人には申し訳ないけど大変面白い。


「可愛いのに。その子達、こっちに頂戴?」


 私がねだるとジハナは両手のリス達を睨んで「いい子にしろよ」と唸るように言ってから私の方に投げた。

 リス達は私の顔や服の装飾をペタペタ触って遊んでいる。全部で5匹のリスを乗せた私は暖かい毛玉達に満面の笑みだ。


「ふふ。本当にかわいい。いつもって言ってたけど、この子たちと友達なの?」
「まぁ、そう。でもほんとに、こいつらレンドウィルがいるから可愛いフリしてるぞ。ほんとにいっつも邪魔ばっかりするんだ。驚かしてくるし、くすぐってくるし!」


 最後に投げたリスが戻ってきて不貞腐れた顔で文句をいうジハナの頭の上に飛び乗る。


「でもリス達は君に随分懐いてるみたいだ」
「まぁ、レンドウィルに会う前はこいつらとよく遊んでたし……」
「リスと?」
「うん」
「リスと友達だなんて、ジハナは不思議なやつだなぁ」


 ジハナは頭に乗ったリスを捕まえると私の隣に座ってから解放する。リスはわざわざ私たちの隙間に入ってお腹を出してひっくり返った。ジハナはそのお腹を優しく撫でる。


「町には子供がいないって言ってたよね」
「そう。俺くらいの子供はいない。この間140になったやつがいたけど。俺が子供だからって遊んでくれないし」
「ジハナっていくつなの?」
「23」
「じゃあ私と5つ違いかぁ。あんまり変わらないね」
「な。だからずっと遊びたいと思ってた」
「遊んでみてどう?」
「楽しいよ。リスと遊ぶのも楽しいけど、レンドウィルとか、エルウィン王子とアイニェン姫と遊ぶのも楽しい」
「私も楽しいよ。2人もまた遊びたいって言ってた」
「ほんと?」


 ジハナは不安そうにこちらを見て、目線を外した。


「迷惑じゃないか、少し心配だった」
「まさか、最近はいつもジハナ次はいつ来るかなって思いながら過ごしてるよ」
「あはは、なら遠慮はいらないな」
「うん。いつでもおいでね」


 ジハナは真っ直ぐ私の目を見て嬉しそうに笑う。

 夕陽はジハナと私の2人を照らしているが、ジハナの方に特別多くの光を注いでいるように感じた。
 ボサボサの銀髪が夕陽を透かして金色に見え、綺麗だなと思う。

 なんとなくジハナの髪を触ろうと手を伸ばす。
 土も葉っぱもつけたままの泥だらけのくせに、私の目には彼が自分とは違うすごく神聖な生き物のようにみえた。泥だらけなのはジハナの方なのに、触ったら汚してしまう、そんな気がして手を引っ込める。


「どうした?」


 不思議そうな顔で私に聞くジハナに勝手に1人で気まずくなって「もう夕方だ。帰らなきゃ」と俯いて言う。


「ああ、確かに、もうすっかり夕方だな。ほら、お前らも帰りな」


 ジハナはリス達を押して膝の上から退かすとぱっと立ち上がる。


「帰ろっか。レンドウィル、城壁まで送るよ」


 差し伸べられた手を、私は若干の緊張を覚えながら握り返す。ぐん、と力強く引っ張られて立ち上がり、目線が近くなると、気恥ずかしいような嬉しいような気持ちになった。

 帰りは城壁に這った蔦を登らだけなので簡単だった。ジハナと軽く挨拶を交わして別れる。

 せっかく初めて城の外に出た記念の日だというのに、思い返すと夕陽とジハナの笑顔ばかりが頭に浮かぶ。
 私は何かに急かされるように小走りで城への道を戻るのだった。
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