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愛の巣

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「あああっ!しのちゃんっ!危ないから僕が持つしーーってぎゃああーーっ」


 絶叫と共に派手な音を立てて堺は段ボールを持ったままマンションの廊下を転がる。

 しのは、どっちが危ないのか分からないわね、と思いながら、段ボールを抱えたままで尻を上にして情けない格好で踞る堺に駆け寄った。


「もう、堺さんたら……私もそのくらい持てますってば……」



 しのは堺の手から化粧小物やアクセサリーが詰まった箱を奪い取ると、笑いだしそうになるのを隠してクールな表情の仮面を被り、先へ歩いていく。 
 彼女の顔を一瞬見た堺は(今度こそ本気で呆れられている?)とガーンとなり、青ざめた。



「し、しのちゃ……やっぱりここは男として僕がーーぐわあああ」



 後ろでまた転んだらしく、ドベッっという鈍い音がして、しのは我慢できずに頬を緩めた。


 
 



「しょうがないなあ……じゃこれだけお願いできます?」


 しのは彼の元へ戻り、箱の中からピンクの木箱を取り出すと、決まり悪そうに立ち上がり姿勢を正す堺に渡す。


「むっ!も、勿論!責任を持ってしのちゃんの大事な宝石箱を部屋まで運ぶよっ!」



 しのに仕事を任された、と鼻息荒く言い放つ堺をしのはクスリと笑った。



「宝石箱なんかじゃないわよ……ふふ」

「いやいやいやーーしのちゃんの宝物が入ってるっぽいなあって思って」


 堺は転ばないように慎重にソロソロ歩き、しのは彼の後を少し遅れて付いていった。
  
 三歩下がって男の後にーー何処かで聞いた事があるが、その時は正直(何故男の後を付いていかなきゃならないわけ?バカみたい)と思ったものだが、こうして好きな人の後を歩くというのは、それはそれで良いものなのかしら、と口の端を上げる。




 二人は初めて会ったその日に身体を重ね、一夜を共に過ごし、そのまま引っ越しする事になった。

 翌朝二人がベッドで目覚めた時、既に小百合が動いていて、新居の手配を済ませていた。新人アイドルに時々貸していた寮がわりの部屋らしい。たまたま今は空いているということで、堺達に宛がったという事だ。

 小百合の姿は既になく、しののスマホに『おはよう。いい人が出来て良かったわね。二人で住む部屋を用意したので、今日からそこで暮らしなさい。何かあったらママに相談してね』というメールが入っていた。

 しのは、複雑な気持ちだった。彼が一緒に暮らそう、と言ってきたのは小百合に命令されてーーという経緯があったからだったのだろうか?
 
 勿論、母に反対されて交際を禁じられるよりも、こうして賛成してくれるほうが嬉しい。が、あまりにも極端ではないのかーーなにか裏があるのではないのか?と疑ってしまう。

 だが、隣で優しく笑ってしのを見詰める堺を見ていたら、そんな事を考えるのがどうでもよくなってしまった。


(私はこの人が好き……この人も私を好きって言ってくれた……そしてママも許してくれて……こんなに嬉しい事……ないじゃない)



 いつでも住めるよう部屋の中は整えてあるし、生活に必要な物は揃っているので、引っ越し業者を頼む必要もなかった。

 15階の一番端のドアに辿り着き、しのがポケットからキーを取り出し鍵穴に差し込み回した。




 
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