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ゆうみ'S 黒歴史

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ゆうみは、小学生の頃まで滑舌が良くなく、自分の名前を上手く言えなかった。


「ゆうみ」

ではなく

「にゅーみ」

としか、周囲の人間には聞こえなかったらしい。


普通に喋っているつもりでも、何処か違和感があった様で、クラスではいつもからかいの対象だったのだ。



授業で先生に指されて答える度に、小声で真似をする囁きが周りから聞こえ、皆がクスクス笑う。


皆はゆうみの事を
「にゅーみ」

と呼び、バカにしていた。


けれど、貴也だけは普通に接してくれたのだ。


学年が違ったけれど、学校に行きたがらないゆうみを毎朝引っ張って連れて行ってくれて、帰りは教室に迎えに来てくれた。



滑舌を直すのを目的で、無理矢理ボーカル教室に親に通わされていたのだが、それも貴也が一緒だった。


後から聞いたら、貴也が自分の親に頼み込んだらしい。







二年程通いつめ、歌は上達しなかったけれど滑舌はかなり普通に近付き、ようやく
「にゅーみ」
から卒業出来た。


けれど、クラスで受けた軽い苛めの影響で引っ込み思案になってしまい、人と話すのが怖くなってしまう。



――目立たず人目につかない様にこっそりと存在していよう、と心に決めたゆうみは、暗い思春期まっしぐらだった。



その頃からだ。

オカルトや"おまじない"
なる物にハマっていったのは……

世の中の超常現象や宇宙人の何だかんだの特集がメインの雑誌

“ヌー"
と、「好きな人を振り向かせる呪術」だとか
「貴女を月の女神の様に美しく変える呪術」
とかが沢山載っている占いとおまじないの雑誌

"メロン・ガール"

が、思春期のゆうみの愛読書であり、バイブルだった。








シャイになってしまい自分を肯定出来ないゆうみは、オカルトやおまじないに傾倒する事によって自分が何かの力を得た様な錯覚に陥っていたのだろう。


当時は夢中だったけれど……今になってみると、思い出したくない事ばかりだ。



貴也だけは、そんなゆうみを決してバカにしたりしなかった。


オカルトの蘊蓄を語るのを騙っていつも聞いてくれたし、ボーカル教室をやめた後でも、滑舌を直す様に本の朗読の練習に付き合ってくれた。


今思えば、よく貴也は辛抱強く相手をしてくれたなと思う。


本の……といっても、朗読に使うのは、愛読書のライトノベルだったのだが。



中学の頃までゆうみが好んで読んでいたのはボーイズ・ラブだったが、貴也と朗読の練習をする時にはBLものは止めた。


貴也が嫌がったからだ。


やはりノーマルな男からすれば男と男が引っ付いて、好きだのどーのこーのという世界は理解出来ないのだろう。


いや、ゆうみにだって本当のところは理解し難い。






BLは立派なひとつのジャンルだが、女の子達はそこに何を求めているのだろう――

男×男、女×男という組合わせが違うだけで、ラブストーリーだということには変わらない。

ただ妊娠するかしないか、の違いだ。

そこの所なのだろうか?どんなに愛し合っても男同士なら妊娠しない。だから安心して読めるのだろうか?

だが、その「愛し合う」という行為そのものがゆうみにとっては未知の領域なわけで、ガッツリした描写は求めていなかった。

ライトにぼかした表現のものを読んでは、一人悶えたものだった。

リアルな男と男の絡み合いと、創作の世界は全く別――と分けていた。

ゆうみがBLに夢中になったのは中学生前半の頃。

今では全く読まないが。好きな人はいつまでも好きらしいが、ゆうみはある日突然読めなくなってしまう。

貴也とBLを朗読する、しないで喧嘩になったあの日からだ。



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