29 / 111
嵐を呼ぶニューフェイス
10
しおりを挟む貴也は股間を押さえて団子虫みたいに丸まり呻いていたが、ゆうみは奴を放って置いてベッドから降りた。
「ありえ……っ
おまっ……マジでっ……あり得なっ……」
恨めしげな呻きを背中に聞きながらゆうみは医務室を飛び出した。
なんだかこのパターンにデジャヴを感じながら、ゆうみは心の中で絶叫した。
(お、王子――!
てか玉子――!
助けてっ助けてエエエエ)
事務所のドアを開けた時、大勢の人間の目がこちらを向いてゆうみはビビる。
そう言えば、今日は全体朝礼の日だった。
ゆうみはコソコソと、背を低くして壁伝いに歩くと、桜林美緒がギロリと睨んで来た。
茂野課長が向こうで手招きをして居るのを見て胸を撫で下ろす。
フロアーでは、次長が皆に何やら訓示を述べている。
その後ろで、社長が仁王立ちをして立っていた。
マスダジムは今年で創立80周年になるので、その記念として色んなイベントやプロジェクトが予定されている。
今日の全体朝礼は、その進発なのだ。
経理課、総務課、庶務課、製造課、第一営業部、第二営業部、そしてゆうみの配属されている商品開発課。
出張や欠勤などを除いては全員がフロアーに集まっている。
時代劇に出て来る、女くの一の様に、ゆうみは背を低くしてサササと皆の所まで小走りする。
昌美と紗由理、鉄平がゆうみを心配していたようだ。
「ドゥルッ……
起きて来て大丈夫なの?」
「かわいそうに……
貧血かしらねえ」
「す、鈴田さん……
大丈夫?
ひょっとしてブルーデイ……ぐへっ」
「セクハラ発言は禁止だよ?大池君」
鉄平に、茂野課長が笑顔で鉄拳を頭に振るった。
ゆうみが皆に頭を下げて
「ご心配かけてすいません」
と小声で言ったその時、社長がマイクの電源を入れるとキイーンと大きくハウリングする。
「あ、ああー、失礼。
大事な事だから、マイクで言いますよ……
マスダジム80周年という事で、先程次長が言ったようなプロジェクトを実現すべく……
皆様には奮起していただきたい……
そして、本日ここで……
某有名企業からヘッドハンティングした、有望な新人を皆さんに紹介します……」
「え、新入社員?」
鉄平が痛む頭を押さえる。
ゆうみも、ぼんやりと社長の話を聞いていたが、次の瞬間声にならない叫びを上げた。
「――さあ、玉子君、入って」
社長がドアに向かい、手を広げて新人を呼ぶと、開いたドアから、ミッドナイトブルーの瞳の、プラチナブロンドの、長い手足の――
彼が入って来た途端に、皆が色めき立った。
「――ちょ!
ゆうみのど真ん中じゃん!」
昌美がゆうみをつつく。
ゆうみは、衝撃で玉子から目を離せないでいた。
玉子は優雅な足取りで社長の横に並び、ゆうみに視線を向ける。
(――ゆうみ……
もう、君の側から離れないよ……
だって、君は、僕を呼んだだろう?)
また頭の中で甘く響く声。
「ひっ――」
「大丈夫?」
思わずよろけると、紗由理が支えた。
「――彼は、イギリス人とのハーフだそうですが、育ちは日本なので、皆さん、普通に会話出来ますから安心して下さい……いやむしろ、私よりも日本語が美しいかも知れないがねえ……
フッハハハ!
……玉子君、軽く自己紹介をどうぞ?」
玉子は、マイクを持ち、とびきりの眩い笑顔を皆に向けた。
女子社員の99パーセントが、この瞬間に悩殺されたであろう。
フロアに溜め息が広がる。
「――初めまして。
ウイリアム・アレキサンダー・玉子と言います。
……ウィルとでも、玉子とでも、お好きに呼んで下さい」
(ひっ……
ひぎゃあ――――)
脳内がキャパオーバーを迎え、ゆうみはその場に崩れ落ち、再び意識を手放した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
44
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる