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嵐を呼ぶニューフェイス

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貴也は股間を押さえて団子虫みたいに丸まり呻いていたが、ゆうみは奴を放って置いてベッドから降りた。



「ありえ……っ
おまっ……マジでっ……あり得なっ……」



恨めしげな呻きを背中に聞きながらゆうみは医務室を飛び出した。



なんだかこのパターンにデジャヴを感じながら、ゆうみは心の中で絶叫した。



(お、王子――!
てか玉子――!
助けてっ助けてエエエエ)


事務所のドアを開けた時、大勢の人間の目がこちらを向いてゆうみはビビる。



そう言えば、今日は全体朝礼の日だった。


ゆうみはコソコソと、背を低くして壁伝いに歩くと、桜林美緒がギロリと睨んで来た。



茂野課長が向こうで手招きをして居るのを見て胸を撫で下ろす。



フロアーでは、次長が皆に何やら訓示を述べている。
その後ろで、社長が仁王立ちをして立っていた。

マスダジムは今年で創立80周年になるので、その記念として色んなイベントやプロジェクトが予定されている。
今日の全体朝礼は、その進発なのだ。


経理課、総務課、庶務課、製造課、第一営業部、第二営業部、そしてゆうみの配属されている商品開発課。


出張や欠勤などを除いては全員がフロアーに集まっている。








時代劇に出て来る、女くの一の様に、ゆうみは背を低くしてサササと皆の所まで小走りする。


昌美と紗由理、鉄平がゆうみを心配していたようだ。



「ドゥルッ……
起きて来て大丈夫なの?」

「かわいそうに……
貧血かしらねえ」


「す、鈴田さん……
大丈夫?
ひょっとしてブルーデイ……ぐへっ」



「セクハラ発言は禁止だよ?大池君」



鉄平に、茂野課長が笑顔で鉄拳を頭に振るった。



ゆうみが皆に頭を下げて
「ご心配かけてすいません」


と小声で言ったその時、社長がマイクの電源を入れるとキイーンと大きくハウリングする。



「あ、ああー、失礼。
大事な事だから、マイクで言いますよ……
マスダジム80周年という事で、先程次長が言ったようなプロジェクトを実現すべく……
皆様には奮起していただきたい……
そして、本日ここで……
某有名企業からヘッドハンティングした、有望な新人を皆さんに紹介します……」





「え、新入社員?」


鉄平が痛む頭を押さえる。


ゆうみも、ぼんやりと社長の話を聞いていたが、次の瞬間声にならない叫びを上げた。



「――さあ、玉子君、入って」



社長がドアに向かい、手を広げて新人を呼ぶと、開いたドアから、ミッドナイトブルーの瞳の、プラチナブロンドの、長い手足の――



彼が入って来た途端に、皆が色めき立った。



「――ちょ!
ゆうみのど真ん中じゃん!」


昌美がゆうみをつつく。



ゆうみは、衝撃で玉子から目を離せないでいた。



玉子は優雅な足取りで社長の横に並び、ゆうみに視線を向ける。



(――ゆうみ……
もう、君の側から離れないよ……
だって、君は、僕を呼んだだろう?)


また頭の中で甘く響く声。


「ひっ――」


「大丈夫?」


思わずよろけると、紗由理が支えた。




「――彼は、イギリス人とのハーフだそうですが、育ちは日本なので、皆さん、普通に会話出来ますから安心して下さい……いやむしろ、私よりも日本語が美しいかも知れないがねえ……
フッハハハ!
……玉子君、軽く自己紹介をどうぞ?」



玉子は、マイクを持ち、とびきりの眩い笑顔を皆に向けた。



女子社員の99パーセントが、この瞬間に悩殺されたであろう。

フロアに溜め息が広がる。




「――初めまして。
ウイリアム・アレキサンダー・玉子と言います。
……ウィルとでも、玉子とでも、お好きに呼んで下さい」



(ひっ……
ひぎゃあ――――)



脳内がキャパオーバーを迎え、ゆうみはその場に崩れ落ち、再び意識を手放した。
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