Vの秘密

花柳 都子

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ゴミ屋敷の怪(仮)

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 【八ツ森雫やつもりしずくの備忘録①/協力者のアーカイブより】

 これはさ、俺の前の職場の話なんだけど。
 え? あぁそう。清掃のバイト。
 清掃って言っても、たぶんお前の思ってるやつじゃなくてね。
 なんていうの、ほら、あんま大っきい声で言えないんだけど。
 あ? 闇バイト? いや、違うって。
 確かにアングラっぽいけど、立派な表の職場よ。
 そりゃたまに、ごくごくたまーに、死体の(消え入るような小声)……処理とかあったけど。
 でも、ほとんどがゴミ屋敷の清掃ってやつでさ。
 そりゃすごいのなんのって。
 ひどい時なんか、帰ってきてしばらく体中痒かったり、なんか噛まれた痕みたいなのがあったりすんの。
 ──いや、ここ別に怖いとこじゃないんだけど。
 それはたぶん虫とかだと思うのよ。あんまり考えたくないけど。
 まぁ気持ち悪いよ。その虫だけじゃなくてね。
 他人の家のもの勝手に触ったり、棄てたり、気持ちのいいもんじゃない。
 でもまー、給料は良かったね。
 死体の後処理なんかと比べたら、無心になりさえすればどうってことなかったし。
 ただ、どっちかっていうと、男より女の人の依頼のほうが多くてさ。人形とかぬいぐるみとか、そういうのがやたらと置いてあるんだよね。だから片付かないんじゃね?って俺は思うんだけど。
 だって、簡単に捨てたりあげたりできないっしょ、そういう、何かの形をしたものってさ。
 つっても別に、俺はただ回収するだけで、お寺?供養?みたいなのに持っていくのは所長とか主任とかの仕事だったし。
 触るのは嫌っていっても、所詮他人のもんだから罪悪感も薄いし、なんなら手袋とかしてたから、感触だってそんな覚えてないし。
 場所?
 ああ、依頼のゴミ屋敷のってこと?
 大体関東近郊だったね。
 ──あぁいや、今から話そうと思ってたのは、関東じゃなかったわ。
 そ、これもごくごくたまーになんだけど、空き家の清掃とかの依頼もあるんだよね。
 例えば、田舎に高齢の両親がいて、そのどっちもを亡くしたんだけど、結婚して東京に出てきたから、今更そっちに住む気はない。でも、勿体無いから古民家として誰かに貸したいと思ってる、とかさ。
 そういう人はなぜか向こうじゃなくて、東京の──うちみたいな会社に見積もりお願いします~って持ってくるわけ。
 相場なんてそんなわかんないし、田舎のほうにはうちみたいな会社あるかわかんないですよ~とか適当に言えば、大概そのままうちに依頼してくる。
 そんで交通費とか込み込みで、遠距離出張版もやってるんだけど。
 俺はその依頼があった日は休みもらっててさ。
 依頼人にも会ってないし、その空き家?にも行ってないのね。
 大体、見積もりやった人が清掃まで全部担当するから。所員全員の仕事把握してんのは所長と主任くらいかな。
 ん? あぁ、ひとりじゃないよ。
 うちの仕事で一番簡単っていうか、初心者向け?なのがこの空き家清掃だと思うんだけどさ。
 民間じゃなくて自治体でも業者手配できたり、補助金出したりしてるところもあるわけ。だから母数がそもそも少ないのね。
 さすがにいくら物が少なくて楽な仕事でも、その代わりといってはなんだけど、長距離の運転が必要だったりする。
 だから、俺らは大体二人一組で仕事してたね。
 俺はシフト入る数もそんな多くなかったから、辞めるまで先輩と一緒だったけど、わりかしすぐに出世?じゃなくて昇格?でもなくて、んーまぁ独り立ちっていうか、実際にはひとりじゃないんだけど、先輩って呼ばれる立場には簡単になれるんだよね。
 俺と一緒に入った大学生もさ、なんか俺が5回目のシフトの時にはもう先輩言われてて。
 そいつ、親の仕送りもなくて、奨学金も当てにしないで、自分の力で学費払わなきゃとか言って、結構シフト入ってたんだよね。
 無愛想っていうか、わいわい仲良くって感じじゃなかったけど──悪かったな、俺はヘラヘラしてて──黙々と仕事するし、車の免許も持ってたし、会社的には重宝してた存在だったわけ。
 ──あぁ、無意識だったわ。
 全部過去形なのは、そいつ、死んだからなんだよね。
 そ。帰り道、運転操作を誤って、崖から転落って。
 ──そんなわけないんだよ。
 だって、一回だけ一緒に車乗ったことあるんだけど、めちゃくちゃ安全運転だったし、そりゃ、あいつの全部知ってたわけじゃないけど、うちはノルマがあるわけでも、出張からの門限があるわけでもないから、無謀な運転なんてマジで無意味なの。
 誰よりも金欲しいって理由で一生懸命働いてたやつが、事故起こして、社用車弁償なんてなったら、本末転倒じゃん?
 だから、あいつが事故なんて絶対にない。
 ──けどさ、あいつの、行った場所。
 そこが問題でさ。
 空き家って言ったら空き家だし、ゴミ屋敷って言ったらゴミ屋敷なんだけど。
 ……はは、何言ってるかわかんないよな。
 でも、それ以外に説明のしようがなくてさ。
 どっから説明したらいいかな。
 最初──うん、依頼が来た時からかな。
 俺はさっきも言ったけど、依頼人には会ってない。
 たまたま居合わせた人の話だと、女だったのは、わかるって。やけに背が高くて、すらっとしてて、髪の色も明るめで、外国人風の人だったってさ。
 歳はわかんなかったらしい。喪服みたいな全身真っ黒なコーデで、あの、ほら、ええっと、ベール……いや、ヴェール?みたいなの、つけてたらしいよ。
 そう、それが余計に外国の人っぽく見えたって。
 本当に外国人かどうか?
 それは最後までわかんなかったって言ってた。
 っていうのも、喋らなかったんだって。何も。
 声の高さも、英語かどうかも、歳の頃合いも、だから全部わかんないんだな、って。
 まぁでも、その人が喋らない代わりに書いてきたメモ書きみたいな依頼申請には、ちゃんと日本語でどこにあるお屋敷っていうのが書いてあって、ここを綺麗にして、って若い──ってより幼い字で書いてあったらしいよ。
 え? 具体的にどういう字って言われてもな……。
 俺は直接見たわけじゃないからはっきりとは言えないけど、こう、歪な感じ?
 文字の輪郭とか向きとかが妙にガタガタしてて、少なくとも何年も日本で過ごしてきた人っていうよりは、まだ来日して──もしくはこっちに住み始めて間もない人だったんじゃないかって、誰かが言ってたよ。
 で、その例の死んだ大学生がさ、見積もりしてやって、そのまま進めてオッケーってことに一回はなったらしいんだけど。
 ──うん。たまたま、例の大学生……あー便宜上Vくんにしとくけど。
 え、なんでVかって?
 イニシャルで万が一にも特定できたら困るし。Vなら純日本人にはなかなかいないでしょ。
 Vくんは、たまたまその屋敷の近くでゼミ合宿をやったらしくて。
 自由時間の時に行ってみたんだって。
 そう、そのに。
 依頼人からはただの空き家としか聞いてなかったのに、行ってみたら庭にも溢れ出るほどものすごいゴミの山だったらしいんだよね。
 で、Vくんはさすがに見積もり内ではできないと判断して、所長に写真付きで相談したんだって。
 それを見た所長が、どういうことでしょうか?ってその依頼人の女に連絡したらしい。
 どうやって、って、ふつーに電話じゃない?
 あぁそっか、話せない?話さない?んだった、依頼人。
 や、電話っていうのは俺がそう思ってただけで、メールとかメッセージアプリとかだったんじゃない?
 それはまぁどうでも良くて、その依頼人がまた会社の事務所に来て、お金を置いてったらしいのね。
 そのを掃除できるくらいの、ちゃんとまとまったお金だったって。
 でも、なんかそれも変でさ。
 いや、その依頼人が最初に見積もりに来た時もそうだったらしいんだけど、こう、臭いがね……。
 香水じゃないんだって、香りとかいい匂いのほうのじゃなくて、本当に、その、らしかったんだよね。
 すえたにおい、って言うの?どっちかっていうと、水から上がってきたみたいなにおいだったらしいけど。こう、ヘドロみたいなのが絡みついてるって感じの。
 いや、ただのイメージ。
 座ったところが濡れてもいなかったし、もちろん海藻もついてなかったし、足もあったって。
 ──足がなかったら、人魚姫かな~って納得できたのにね。
 ごほん。話戻すけど、お金をもらった以上、こっちとしては仕事として受けなきゃいけない。
 Vくんは下見の時は中に入れなかったけど、ちゃんと掃除道具とか掃除用の身なりとか整えて、今度は後輩連れて、またそのに行ったんだよ。
 部屋の中の様子も写真で送られて来てて、それがさ、まーたすごいのなんのって。
 や、生ゴミとかはないんだって。虫も不思議といなかったらしいんだけど。
 とにかく臭いがやたらと汚い水底みたいな感じで、あとはかなり古い汚れ切った人形やぬいぐるみ、それからお守りとかお札とか、いろいろあったらしい。
 普通はお寺さんとかで供養する物がわんさかあって、それよりもやばいのが、水回りで。
 明らかに何年も、下手したら何十年も使われた形跡がないのに、台所も風呂場も髪の毛だらけだったんだって。それも、黒髪じゃなくて、依頼して来た外国人の明るい髪の毛に似てたらしい。
 ──その写真も、俺は見てない。
 なんか、怖いじゃん。呪われそうで。
 伝聞だから嘘っぽく聞こえるかもしんないけど、これマジな話なの。
 Vくんと後輩は、一日朝から晩までかけて、を綺麗に掃除した。
 髪の毛一本残さずに、ね。
 けど、それは同時に、ふたり自身の存在も、消したのかもしれない。
 え?
 あぁごめん。俺いま変なこと言ったよな。
 その後、こっちに帰ってくる道中──そのっていうのが、山間の小さな村の中にあって、道も結構曲がりくねってたらしいんよね。
 一応ガードレールはあるんだけど、そのすぐ先は崖。車道を外れたら転落待ったなし。
 そう、その崖からVくんは後輩を乗せた車ごと下に落ちた。車は大破してたし、見つかったVくんと後輩の遺体は傷だらけだったって。
 しかも、すごい顔、してた、らしいよ。
 ミテハイケナイモノを見た、みたいなそんな感じ。
 俺はそのことがあってから、その清掃のバイトを辞めた。
 ──理由?
 そんなの、怖い以外に何かある?
 先輩たちの中には、続けてる人もいるよ。
 所長や主任なんかは、辞めるに辞められないのかもしれないけど。
 ──あぁ、そっちの理由か。
 知らないよ。Vくんにそんな自分から転落するような事情があったとは思えない。しかも後輩を道連れにして。
 そもそもVくんがこの仕事してたのは、学費を払うためで、それってつまりこれからも当たり前に生きていくつもりだったってことでしょ。
 ──俺はさ、たぶん、関わっちゃいけないことに、関わっちゃったんだと、思う。
 それこそ理由はよくわかんない、けど。
 どこかでヨクナイモノに出会っちゃったんだよ、Vくんは。で、連れて来ちゃったの、たぶん。
 そう、だね。普通に考えたらあの女だと思う。
 の掃除を頼んだ、あの女。
 でも、Vくんたちが亡くなってから連絡は一切取れてないらしいよ。
 なんでじゃなくて、として申請したのか?
 そんなのわかんないよ。
 うちの会社は空き家もゴミ屋敷も、清掃可能物件として看板掲げてる。
 何も見ずにその女だけが無茶振りしてきたってことじゃないと思うけど。
 それで言うなら、そもそも、外国人風の人がなんでその山間の村の屋敷に関係してるのかもわからないよ。
 え?
 身内じゃないと依頼できないか、って?
 別にそんなことはないけど。本人確認してるわけでもなし。十分な金さえ払ってくれれば、依頼人の身元なんて二の次っしょ、きっと。
 だから、外国人風の女があの屋敷の親族と結婚したとか、もしくは本当に全く関係のない人間なのかはわからない。
 ──でも、あの女に近づいてはいけない。
 俺はそう思ってるよ。
 ま、会ったことはないんだけど。

《メモ》
 ある日のインターネットラジオのアーカイブ。
 友人と話していた内容を文字起こし。
 この声の主はもうこの世にいない。
 彼もに関わってしまったのだろうか。
 協力者である彼の友人──Wくんからの提供。
 Wくんに話を聞きに行こう。
 
 


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