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旅立ちは晴れやかとは程遠い

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 ふにふにと何かが眠っている私の左胸を揉んでいる。

 ふにふに。

 ふにふに。

 飼い猫が時々私のお腹をふにふにしていることがあるが、それとは全く違う。

 ふにふに。

 ふにふに。

 意識が眠りの沼からゆっくりと浮上していくと、はっきりと触られている感覚が伝わってくる。私のそれより大きな人の手だ。

 うん、気持ちイイ。

 体が自然に反応して、浅い溜め息が漏れた。
 私の反応に気を良くしたのか、角度を変えて胸の頂を手のひらの中に包んで大きくゆっくり揉み始めた。

 あ、これも気持ちイイ。

 手のひらの剣ダコが固い。
 これは男性の手だ。

 ……

 ……


 お、とこー!





 一気に覚醒した!

 相手の手首を掴むと、起き上がる反動を使って一気に腕を持ち上げひねりながら相手を後ろ手に取り押さえた。

「痛いよ~。リリア、ひどいよ」

 あっけなく取り押さえられ情けない声を出してはいるが、顔は笑っているこの男は私の幼馴染であり、この国の第四王子である「エヴィ」だ。

「何がひどい、よ! 寝ている淑女の胸を触っていたくせに」

「だってリリアの胸、大きすぎもせず小さすぎもせず丁度いいんだもん」

「やっぱり、あばら骨折っとく? 地ー味ーに痛いんだよね~」

「やーめーてー!」


 当面の敵を捕らえて油断していた。


 エヴィとは違う腕が後ろから私の腰に回って持ち上げられ、耳に息がかかる。
 そっちの方に頭をずらして頭突きを狙うが、避けられた。ちっ。

「舌打ちは淑女の嗜みとは程遠いよ。茨姫」

「セディ! 居たの?!」

 同じく幼馴染で第三王子の「セディ」だ。この二人は一卵性双生児なのに瞳の色が違うので判別は結構簡単。
 私達は又従兄弟同士で私の父が宰相、公爵家でもあるので小さい頃からの付き合いなのだ。

「最初から居たよ」

 セディは私を向かい合わせに下ろし、腰に腕を回し顎をつかんだ。

「茨姫には目覚めのキスを捧……」

「ふざけんな」

 自由な手だけで顎を狙い掌底を打つ。腰の捻りが加えられないから効果が低い。残念。
 だけど腕の中から逃げ出すことはできた。

「やーい、逃げられたー。セディも触れば良かったのに」

「うるさい」

「そういうのムッツリスケベっていうんだよ~」

「じゃあ、お前はオープンスケベか」

「ネグリジェ姿のリリア見てキスしようとしたお前よりはマトモでぇーすぅー!」



 なんなの? 朝っぱらから人の寝室で何してんの? この二人は?
 どっちがスケベかなんて今ここに居る時点でスケベ確定なんだしスッゴくどうでもいい。

 あ、揉まれていたか。揉みに来たのか? キスしに来たのか?

 昨夜は調査報告書を読むのに遅くまで起きていたのだ。睡眠不足で恥ずかしさより怒りが沸いた。
今朝の私の沸点は著しく低い。

「セディ、エヴィ」腕を組んていた右手で後ろのドアを親指で差し、
「帰れ」
 思ったより低い声が出た。









 私の怒りにヤバいと思ったのだろう。
 二人は私の前に片膝を立てて跪き右手を胸に当て同時に私の名を呼び、続けて

「「俺と結婚してください」」

 さすが双子。見事なシンクロ・プロポーズをしてくれた。

「俺達小さい頃からリリアと結婚するって決めてた」

「リリアを狙っているヤツは兄上を含め多いからね。俺達のモノにしておこうと思って」

「俺達は王位継承順位も低いし気楽な立場だからリリアの処に招婿してもらおうかと」

「もちろん公爵には了解とってあるからね?」

 私も二人の事は好きだ。
 でも、夢実現の為に長年努力・調査していた結果がやっと出たのだ。
 その為に武術全般と魔法を取得してAクラス冒険者にまでなったのだ。
 まぁ、二人が武術と魔術取得に大いに協力してくれたおかげでもあるんだけど。
 三人でパーティーを組んで未到達のダンジョンをクリアできたのはいい思い出でもある。

 で、宰相令嬢なのに王子達とダンジョンで暴れまくる私に付いた渾名は[妖精の取違え令嬢]
 妖精のいたずらで性別を取違えたんですって。失礼よね。

 しかもこの国は一夫一妻制。複婚は認められていない。二人のうちどちらかを選んで結婚なんて出来はしない。

「お断りします」私の言葉に王子二人は顔を見合せた。


「だって、やっと成人するのよ! 自由よ! 好きに旅立てるわ!」

 思わず、ガッツポーズをする。淑女らしくないけれどこの部屋には二人しかいないし。
 二人はすぐ立ち上がって顎に手を当て同じポーズをとる。ちょっとかわいい。

「「やはりな。」」
 シンクロ・納得?


 私の返事を二人は予想していたようだ。

「最近、ダンジョンに行こうって言わなかったし」

「最近、静かに部屋に籠って何か調べものしてたからな」

「デビュタントのドレスの準備に騒いでたのは夫人だけで、すぐ静かになってたし」

「「リリアが静かなのはおかしいと思ってた」」

「二人ともプロポーズした割にスッゴく失礼な事言ってない? まぁいいや。あのね、見つかったのよ! ネルボロっていう国の東端の平野に水稲と大豆の産地が! しかもその地域には発酵食文化があるの! 種麹がやっと手に入るのよ! だから、社交に出させられる前に旅に出て実際に手に入れるのよ!」

 賢い読者の皆様は、オチが見えたとは思いますが。
 私は日本からの転生者ですが、何か?

 でも定石の物語のように前世の記憶を利用して小さい頃から目立つような事をしなかった。
“高位貴族である家族の平穏の為に行動を起こすのは成人してから”そう決めて自分ができる事、取得できる事をすべてしてきた。
 あ、内々で料理はしていたよ。二人も餌付けしてたし。

「独りで行く気だったの?」

「当然よ。そのために色々準備しているのだから」

二人が詰め寄ってくる。

「俺達にはいつ言うつもりだった?」

「うっ……。……二人とも王子なんだから外国になんか行けないでしょ? ネルボロは国交もないし」

「黙っていくつもりだったんだ?」

「……ごめんなさい」

「最悪だな。で、いつ? いつ出発する?」

「……」

「言わないと、今ここで襲うよ?」

「既成事実作ってすぐ結婚しないといけなくするよ?」

 二人で壁ドンって……二人に襲われるの?
 いやぁああぁ!

「五日後……朝一番の東の国境近くに行く乗合馬車で……」

「嘘ついてないよね?」

「まぁ、抜け駆けして先に行かれても追いかけるけどね。」

「「リリアを一人になんかさせない。」」

 シチュエーションが違えば、ある意味頼もしいセリフだけど、怖いよ~。

 ここまで執着されるとは。


 餌付けした自分が悪いんだけどね…。
 幼馴染でこの国最高レベルの教えを受けられる王子達が羨ましかったんだもの…。
 一緒にいれば傍にいれば、自分にも……と思うじゃない? えっ、思わない?
 だから[取違え令嬢]って呼ばれる?ほっとけ!


 この世界、成人した貴族の女性はすべからく娶せられ結婚する。
 私は公爵家の娘。爵位目当ての男性や二人からの結婚話が父に行っていたのは知っている。

 でも私は日本の二十一世紀の転生者で自由を知っている。[取違え令嬢]というのはある意味当たっている。
 その考え方は幸福を呼ぶか、周りを巻き込んで不幸にする可能性だってある。
 これからの自分が、自分の立場がどうなるか予想がつかないのだ。

 だから一人で生きようと知識を蓄えたのに。
 そして私が旅をしている間に私なんかより二人にふさわしい令嬢が現れて幸せになってくれれば。

 そう考えていたのに…。

 うまくいかないなぁ…。

 しかし、どうしよう?二人を振り切る何か方法は?

 その夜、寝不足のはずなのに眠ることができなった。





 五日後、健闘むなしく私達三人は大陸の東の端、ネルボロに向けて旅立った。

 旅立ちは晴れやかとは程遠かった。





◆◇◆◇






 結局、旅の途中で二人に絆されて美味しく頂かれてしまい、一妻多夫の事実婚となり。
 水稲と大豆、発酵食品生産のノウハウを自国に持ち帰り祖国の食糧生産と食文化の発展に大いに貢献し、一夫一妻制のはずなのに国王直々に特例として二人との複婚を認められるのは、また別の話。


 どっとはらい。
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