〜異世界帰還者~

Members

文字の大きさ
上 下
3 / 6
帰還編

第2話 登校日

しおりを挟む
帰還して2日目の朝、それは起こった。

「んぁ?」

目が覚めると、懐かしい天井がそこにはあった。鳥の鳴く声、騒がしくない部屋の中、上体を起こそうとするが何かがおかしい。両腕は何かが乗っていて、腹部辺りにも何か違和感を感じる。犯人の目星はついているのだが、それにしたっておかしな点はある。俺のベットは1人用だ、それが何故三人も寝れているのかだ。だがその答えは簡単に理解出来た。

「俺は確かに自分の部屋で寝たはず何だが…」

周りを見れば俺がいたのは自室では無く、二階の拡張部屋だった。家の敷地は無駄に広い上に二階建てという我が家だが、部屋は無数に余っている。特に二階はそういう点もあって、幾つかの部屋を改築したりしている。

この部屋は本来、家族以外の人が泊まりに来た時用の客室であり、家族が使う用途はほとんど無いのだ。殺風景な部屋に大型のベッドのみと言う、違和感を感じるこのシチュエーションにどうしたものかと考えていると、簡単に抜け出す方法が一つだけある。転移魔法だ、この魔法を体内で発動すれば俺だけを指定して転移させることが出来る。幾ら両隣の奴らがガッチリ両腕をホールドしていても関係はない。

『魔法陣…構築完了、続いて発動』

家の屋根上に転移すると、見事抜け出す事に成功した。寝間着から学校の制服へと装備を変えると家の敷地外から殺気を感じた。

「あの黒セーラー服は、彩乃か?今更なんで…」

彼女は神前 彩乃しんぜん あやの。俺と同じ異世界転移者にして勇者の一人、向こうでは俺の教え子だった。召喚された当初は、とても勇者と呼べる程の強さは持っていなかった。

剣を握ったこともなく、人を殺したことも無く、勝手に召喚され、理不尽に戦いを強いられて、いつ帰れるともわからない地獄を見てきた彼女達は『生きて帰る』為に強さを求めていた。そんな彼女らに俺が出会ったのは、とある戦場だ。

偶然通りがかった俺が見たのは、ひと目でわかる銀色の馬鹿丸出しに統一された装備をした少女ら6人組だった。戦場で戦うには若過ぎる上に、未熟さ故か隙だらけでとてもじゃないが、勇者と呼ばれるほど強くはなかった。知り合いの魔女に頼まれ仕方なく、彼女等に修行をつけたのだ。

彼女らには、生き抜く為のノウハウと基本的な力の使い方を教えた。最も俺は、教える事は出来ても彼女達に救いの手を差し伸べてやることは出来なかった。光の道を進む彼女達には必ずよからぬ者たちが寄ってくる。俺に出来たのは精々そういう面倒な奴らの排除だけだ。

「彩乃、何をしに来た。お前らはもう苦しむ必要は無いんだから好きに生きろと言っただろ?」

「えぇ、先輩にそう言われて昨日家に帰りましたよ。家族は泣いて『辛かったね』『心配してたんだぞ!』と言ってくれました。ですけど夕食後ツブヤイターを開いたらこんな写真が回ってきたんです」

スマホに写しだされたのは、昨日の俺と母さんのツーショット写真だ。

「それは俺と母さんのツーショット写真だろ?無断でどこかの馬鹿が盗撮してたやつの」

「お母様なのですか!?随分とお若い…。いや寧ろ…先輩。お母様とは随分と仲がよろしいのですね?」

「いや別に俺が望んで、手を繋いでいた訳では無いぞ?母さんはデートのつもりだったらしいけどな。それでその写真がどうしたんだよ」

「先輩、この際だから言っときます。私は恋愛感情的な意味で先輩が好きです。他の4人も同じ気持ちです、でも私達は先輩を独り占めしないという決定の元、ムゼルガルドでは何もしませんでした。それは地球に帰っても同じ事、誰も抜け駆けしないというルールの元、アプローチを掛けるはずだったのにこんな事が起きて…もう我慢しなくてもいいですよね?先輩?」

瞬間彩乃の容姿が変わる。髪色は、黒から金色に変わり、目は黒から碧色に。これが勇者たる所以の切り札『神憑り』だ。目を離した一瞬の隙に目の前にいる。これが普通の人間なら絶対不可避の攻撃なのだが、生憎俺にも時を止める力がある。

時間牢獄タイムプリズン

俺の目の前で動きを止める彩乃を他所に、背後の魔王と邪神に何とかするように言う。

「お前ら、暇なら手伝え…」

「とは言ってものぅ、妾勇者達に嫌われておるから出ていくと面倒じゃし…」

「同じく、勇者に嫌われてるから私が止めても面倒な事になってたわよ?」

彩乃は動きこそ止まっているものの話をする為に、口を動かせるようにしておいた。

「彩乃…提案なんだけど、もういっそ力と異世界の記憶、全てを捨てて元の生活に戻らないか?」

そもそもコイツらは、まだ中学生。そんなヤツらが異世界で経験した全ての事を覚えていてもいい事なんて一つも無い。普通の生活を送るなら、異端の力も価値観も必要ない。

「絶対に嫌です。私はムゼルガルドで過ごした日々を無駄だとは思えないですし、何よりこの気持ちを失いたくない…」

「…分かった、だが考えが変わったらいつでも言ってくれ」

時間牢獄を解き、再び時間を動かすとそのまま彩乃は俺の胸に抱きついてくる。

「優人先輩…」

「悩みがあればまた来い、今度またじっくりな」

頭に手を置くと、彼女の記憶を読み取り家の場所を特定する。そのまま転移魔法を使って彼女だけを飛ばす。

「良かったの?まだ話し足りないような顔をしていたわよ」

「お前らを見る視線の動きから、明らかに殺意を感じた、まだ彼女達の中では割り切れない感情がある訳だ…。そんな状態で話をしても両方にとっていいことは無い」

屋根上から降りて、家に入るとキッチンへと向かった。異世界転移前は、料理なんてしたことは無かったけれど俺もムゼルガルドでは生き抜くために、何でも出来るように努力した。その中の一つが料理だ。母さんはまだ寝ているようだし、朝食は俺が作ろうと思い軽く冷蔵庫の食材や調味料の確認をしていると、乙葉がリビングへと入って来た。

「おはよう、乙葉。今日は早いね」

「別に、お兄ちゃんと一緒にいたいとか思ってないから」

「わかってるよ」

近づいて乙葉の頭を撫でて上げると、少し表情が和らいだ様に見えた。

「それじゃ、朝食作るから少し待ってな」

「私も手伝う」

乙葉には、食器の用意と配膳を任せることにした。手早く定番の目玉焼きや食パンなどを作った後、ブレンドコーヒーを作った。そうこうしていると今度は鬼気迫る様子で母さんも起きてきた。

「ユウ君!!ベッドにいなかったから、夢だったのかと思ったわ…。って言うか何してるの!朝食を作るのはお母さんの役目なんだから、しなくていいのに!」

トコトコと俺の近くまで走ってくるとポカポカ殴ってくる。

「今日はそういう気分だったから作っただけだよ。それに今日は登校再開初日だし、気合い入れていかないとね」

「まぁそういう事なら…それよりユウ君。昨日から気になっていた事を聞いてもいい?」

「俺が答えられる範囲であればいいよ」

「ユウ君は、どうしてその黒い手袋を両手に着けているの?」

母さんが疑問に思うのも無理はない。この世界に戻ってきて、少なくとも家族の前で、俺は手袋を外すことは無かった。と言うのも理由がある。

「俺の両手には手の甲に魔術を使う為の魔術式が刻まれているんだ。言わば傷隠しみたいな意味もあるんだよ」

試しに右手の手袋を取ってみせる。右手に刻まれているのは、時間を操る魔術刻印。こちらの世界では確実に見た事がない文字に数字の羅列。中央にはローマ数字のⅠ~XIIが刻まれている。

「これを見れば分かる通り、流石に隠さない訳にはいかないだろ?下手したらタトゥー彫ってる痛いヤツだと思われるしな」

伏し目がちに母さんは俺の手の甲を見ると、再び質問してくる。

「魔法とかでは隠せないの?」

「魔術式に魔術以外のものを付属すれば必ず代償として周りに被害を及ぼす。稀に当人に代償が返ってくることもあるけど、そんな事はほとんどないと言っていいほどなんだ…。それに一度刻んだものは取り消しが効かないから、魔術式を魔法でどうにかするっていうのは無理」

魔術の真髄は、禁術をも超えるものを作る事だと言うバカもいたがそんなものは嘘だ。どれだけ強大な魔術を使おうが、力を行使する為の代償が大き過ぎるし、第一に魔術とはそんなに簡単に使えるものでは無い。

魔法と違い魔術は、奇跡のような力の行使はできない。例えば何も無い所から火を出したり、水を出したり、周囲の物理的干渉を無視して、あるという結果を作ったのが魔法なのである。一方魔術は、特定の場所、媒介になる物がなければ発動されない。勿論魔法を凌駕できる禁術もあるが、発動をした時点で当人が死ぬので基本的に発動されても魔術式が打ち消しになり、効果がないものになる。

「そうなのね、じゃあ仕方ないわ。けどユウ君ちゃんと先生方には理由を付けて言っておくのよ」

「うん、そのつもりだよ」

配膳も終わったので皆で朝ごはんを食べる。食事中、乙葉と母さんから褒め言葉を貰えたのはすごく嬉しかった。後片付けをした後、乙葉と家を出る。

「でも違和感ないね、その手袋」

乙葉が俺の手袋に指を指しながら、制服と見比べている。と言うのも高校の制服は、黒一色だしラインを無視すれば黒手袋を着けていてもバレないまである。

「ま、そこそこ偏差値が高くて、周囲に認知されている学校だから、服装の規律も緩い部分はあるし手袋くらい許すだろ…なっ?剣渕乙葉生徒会長?」

「何故それを!?」

偶然の産物で知り得た情報なのだが、乙葉は俺たちが通う私立凰城川学園(おうぎがわ)の生徒会長なのだ。昨日、偶然にも乙葉の部屋を訪れた時に机の上に、日記が置いてあったのだ。

「確か日記によると、入学早々乙葉の噂を聞きつけていた学園上層部が兼ねてより進学を決めていた乙葉に対して、生徒会長の次席をしないかって持ちかけたんだっけか?それで引き受けたと。でもその性格直した方がいいよ。それはいずれ、必ず乙葉にとって見えない鎖のようなものになる、縛られる事は一重にいい事とは限らないからね」

赤面する乙葉は、可愛らしかった。普段の凛とした姿も良いのだが、歳相応の子どもらしさの見える乙葉の方が兄としては嬉しい。何でも出来てしまうからこそ、一方的に頼られ、また他者の期待に応えようと努力する。それはとても美しいが、時に人として誰かを頼らないやり方と言うのは悲しいものである。

「それに俺はさ、乙葉。お前の考えていることも分かるよ。昨日の覚悟をした表情から察するに俺が孤立しない為に動いてくれようとしているんだろ?その心配は無用だよ、それは俺が解決すべき事だからね…。それより確か記憶が正しければ俺と同学年に理事長の孫娘がいると思うんだけど、あった事はある?」

学園に向かう為の最寄り駅前に着いたのだが、かなりの人がこちらに目線を向けている。乙葉の可憐さに目線が引きつけられていると思っていたのだが、どうやら昨日の画像の影響もあるようだ。確かに場所からすれば、撮られた場所からかなり近い。

「うん、あそこにいるのがそうよ」

乙葉が目線で、見るように言ってきたので目線を追っていくとリムジンの前に仁王立ちしている金髪赤眼の女子生徒がいた。乙葉に負けず劣らずのその美貌は周りの人間を惹き付けている。様子からすると、誰かを待っているような感じだが、気が強そうなイメージが付着しているせいで近づきたくない。

「(あの娘から、微量な魔力を感じる)」

地球人は、そもそも大気中に魔力がある事を感じることが出来ない。と言うのもそもそもこの世界の仕組みとして、感じ取れないように神が作り出したのだろう。だからこそ、地球人からは一切魔力の波動というものを感じなかったのだが、あの生徒は違う。無意識なのか意識して使用しているのかは不明だが危険だ。

「アレが、理事長の孫娘にして秀才の凰城川 涼おうぎがわ すず。私のような積み重なる努力人間とは違い、本物の秀才よ」

天才たる乙葉がそこまで認めているという事は、本当の事なんだろう。

「その秀才様はどうやら乙葉に用があるみたいだぞ?」

周囲がざわつき出したのに気づいたのか、凰城川 涼も周りの視線を追っていき、視線の先にいる乙葉に気づいた。瞬間、読心術が発動される。

(乙葉が、自分の兄の話ばかりするからどんな男か写真を撮って送って貰ったけど、アレ私がこの前まで見てた夢を無理矢理ソシャゲ会社に作らせたゲームの英雄じゃない!合成にしては、出来すぎてたし…って何か周りが騒がしいわね、っていたわ乙葉!隣にいるのは…って嘘!?)

不明な点が幾つかあるが、不可解なのは俺の事を英雄だと言ったことだ。勿論彼女にはあった事がないし、話したことも無い。だと言うのに何故か俺を知っているかの様な口振り。これは絶対に面倒事になる。そう思い、俺は乙葉から離れ一人足早に駅に向かう。

「ちょっと待って!STOP!!」

「お兄ちゃん…一人だけ逃げようなんて許さないから、一緒に行こうか?」

遠くで、秀才様は叫び近くで乙葉は俺の右腕を掴んでいる。魔法を使えば訳ないが、周りの目があるため俺は仕方なく捕まることにした。
しおりを挟む

処理中です...