忘却の時魔術師

語り手ラプラス

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第一部 第二章「最悪の夜獣・後編」

第23話 再会

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 side:組織職員A

 今日はなんて不幸な日だ。
 いくら、しがない公安第0課のオペレーション職員だと言ってもこの激務は最悪だよ。
 心の悲鳴を外には出さず、ストレスを全てタイピング作業にぶつけていた。

 激務の原因は今回の事件ととある人、上司の無茶振りだ。

「はぁ、最悪だ」
 小声でそう呟いた瞬間。

 ピコンッ!
 まるで狙ってやってるのかと疑いたくなるレベルでパソコンのメッセージアプリに通知が一件、表示される。

 ……噂をすれば。

「何々? 『人質は確保した。安全地帯に届ける為に、衛星の位置情報データを送って欲しい』……ですか。はいはい。分かりましたよ。お嬢。そう言うと思って、ちゃんと準備してますよ」

 メッセージの相手は先程まで考えていた激務の原因、我らがお嬢ことアイリス=イグナートである。

 ……はぁ、無茶苦茶言って啖呵切るのは良いですけど、僕にも負担がかかるのを考えてくださいね。お嬢。

 心の中で愚痴を言いつつ、メッセージアプリにデータを送付して送りつけると、数秒もしないうちに『ありがとう』と送られて来る。

 ホント、勝手にこんなことするのは危ないんですから、巻き込むのはやめて欲しいんすけどね。

 この組織、公安第0課では、勝手に情報を弄る行為は禁止とされている。
 特に衛星データなんてもっての外だ。

 よく、お嬢はトップ父親の話を出しますけど、これがバレて怒られるのは僕なんですからね。

 そう、愚痴愚痴言いつつも、次に必要になるであろう情報の整理を始める。

 お嬢の行動にはいつも愚痴愚痴言ってはいるが、嫌いでは無い。
 そもそも、あの人が動いたことによって、僕は救われたのだ。

 ……ぶっちゃけ、公安って名前付いてるけど。
 この組織は警察組織には属していないし、政府の管理下にあるけど、それは表面上の話。

 実際は政府の手伝い……と言っても被災地の支援やテロの防止などだが、それらをする代わりに魔術師達が起こしてしまった被害の隠蔽、被害総額の補助をして貰っている。

 そんな感じで共生の関係を築いているから、この組織は今まで公に晒されることなく、組織として保ってているわけで。

 でも、だからといって、組織は魔術師だけの集団かというと、それも違っていて。
 やっぱり、例外も存在する。

 例えば……魔術師が関係する被害に一般人が巻き込まれてしまった場合。
 そして、巻き込まれた人間に身内がいなかった場合。

 数年前のことを思い出し、胸の辺りにあるロケットペンダントを握りしめる。

 あの時、お嬢が僕を助けてくれたから今がある。
 お嬢は破天荒で、無茶苦茶で、すぐ突っ走る様な人だ。正直、ついていくのは危ない橋ばかりで心臓に悪い。

 だけど……。
「惚れてしまったからには、最後までついていくしか無いよな」
 キーボードを打ち続けながら、そうボソリと呟く。

 手を止めちゃダメだ。
 僕にできることは今……。

 その時だった。
 オペレーションルームの正面モニターに真っ赤な文字で『Emergency』と大きく映し出されたのは……。

 side:玄野零

「……さい」
 誰かの声が聞こえる。

「お……さい」
 うるさいなぁ。やっと、戦闘が終わったんだ。
 少し休ませてくれ。

「起きなさい」
 パチンッ!
 乾いた音が聞こえ、ビリビリとした痛みが頬を伝って、脳へと送られて来る。

「痛っ!」
「やっと、起きたわね」
 未だ微かにボヤける視界の中、そこに映り込む姿は彼女の様に見える。

「……ルナ?」
 もう、終わったのか?
 いや、そもそも。終わったんだったら何で急に頬を?

 寝ぼけているせいもあってか、未だに脳の処理が追いつかない。

「ルナ? もう一人の子の名前かしら。残念だけど、私はルナじゃないわ」
 その少しだけ苛立つを含んだような物言いと先程まで寝ぼけていて、しっかりと見えていなかった金髪が、彼女ではないと再認識させてくる。

 金髪?
 あ、そう言えば……つい数日前にも……。

「……あ、あぁ。そうか。あんた。あん時の……」
 俺が一人でに納得していると、目の前にいる彼女は首を傾げる。

「私、あなたとどこかであったかしら」
「一応。数日前に動物園に行った時……帽子を拾って渡しただけだ。まあ、それだけだから。記憶になくてもおかしくない」

 あの時、突然頭痛がし始めて、気づいたら目の前にルナが居たんだよな 。

「……そう。じゃあ、何であなたは私の事を覚えていたの? 私が美人だから……とか?」
「……いや。その、何と言うか。……最初は突然のことだったから、少し驚きはしたけど。冷静になって見た時に、まるで、誰かを探している様に見えて……」

 あの時、『何処かで会ったことがありませんか?』なんて、聞かれた時にはすごく困ったけど、あの時の彼女の瞳には何処か寂しそうというか、悲しみ?に近いものがあった様に思えたんだよな。

「……へぇー。そう。美人っていうのは否定するんだぁ~」
「……あ、なんか、ごめん。あんたは美人ではあると思うけど。それ以前に何と言うか。知り合いに似ているのもあって……」
「フフッ、冗談よ。……まあ、確かに人を探していたのかもね。もう二度と会えない人を……」
 彼女は軽く笑うと、あの時と同じ寂しさを孕んだ様な瞳で遠くを見つめながらそう小さく呟く。

 ……どうやら、聞いちゃいけない話題だったみたいだな。

「……なんか、ごめん」
「別に気にしてないわ。……それより、あなた。早くここから逃げた方がいいわよ」

「逃げる? 何で?」
 俺は彼女の言葉に首を傾げる。

「早くしないと、この辺一帯に隔離結界が展開されるの」
「隔離……結界?」

 結界は聞いたことがあるけど。
 隔離?

「あ、あなた。もしかして、魔術師じゃない?」
「……魔術は使えない。けど、魔力は操れる」
「はぁ~。つまり、魔術師……見習い?」
 彼女の呆れた表情に少しだけ心が傷つく。

「一応」
「何で、こんなところに……いや、そんなことよりも。魔力操作が出来るなら、探知も出来るでしょ? 辺りを探知してみなさい」
「……分かった」
 彼女に言われるがまま、魔力を外へと広げて、周囲の魔力を探る。

「──うぐっ⁉︎」
 突然、襲いくる頭痛と寒気。
 風邪をひいた時とは違う異常。
 まるで、死神の鎌が首元にかけられているかの様な感覚。

 何だよ……これ。
「……気持ち悪い」
「理解できた?」
「あぁ」
 これは……流石にヤバい。

「コイツは……一体?」
 魔力の塊というしか無い様な膨大な魔力。
 密度が高いのか、まるで光の届かない深海。
 いや、闇と呼ぶべきか。
 何にしろ、先程までの男とは話にならないくらいの違いがそこにある。

「アレは、キメラ」
「キメラ?」
 聞いたことが無いな。

「キメラって言うのは、禁止薬物を使用した人間の成れの果て。それが今までに公開されていた情報……だった」
「だった?」
 過去形って事は、今は解釈が異なるのか?

「そう、今まではそうだったの。だけど、今回は、死体が突然そうなった」
 彼女の言葉を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねる様に鼓動し、呼吸が上手く出来なくなる。

 さっきの探知では、周りの魔力が凄すぎて認識出来なかったけど、死体が突然変化したって事は……。

「……ルナ」
 彼女の名を口にしながら、その場から立ち上がり、大きな魔力の中心がある方へと向く。

 魔力探知では分からなかった。
 でも、直感と言うべきか、それとも、これが彼女との繋がりなのか。そこは分からない。
 ただ、何となく。ルナが向こうにいる様な気がしていた。

「ちょっと、あなた。私の話を聞いてた?」
 後ろから女性特有の高い声が聞こえてくる。
 金髪の人が止めているのだろう。

 ……危険なのは重々承知なんだよ。
 そんなの魔力差を見ていれば分かる。

 だけど……。
「ごめん。約束があるんだ」
 それだけ伝え、彼女の返答も聞かないまま、魔力溜まりに向かって進んでゆく。

 後ろから怒っている様な声が聞こえた気がしたが、立ち止まる気にはなれなかった。

 ・・・

 瓦礫に塗れ、天井には沢山のヒビが入り、今にも崩れ落ちそうな室内。

 近くから来ているであろう少し大きめの衝撃が来るたびに振動し、天井のヒビから小さな破片や砂埃が落ち、部屋中に舞っていく。

 ……ルナ。
 地面を介して伝わってくる振動を頼りに辿って行くと……。

「はぁ。はぁ。はぁ」
 肩で呼吸を繰り返し、瓦礫の山に背を預けながら、人では無い何かに向けて剣先を向けるルナの姿が見える。

 ルナの姿は満身創痍であるにも関わらず、人では無い何かには目立った外傷は無い。

 ……嘘だろ。

『ドウヤラ、ゲンカイノヨウジャノォ。ソノイキニメンジテ、セメテクルシマズニコロシテヤロウ』
 人では無い何かの腕が振り翳される。
 きっと、すぐにルナに向かって振り下ろすのだろう。

 くそっ! この距離では、走っても間に合わない。
 ──届け!

「『借物の破魔の盾ボロウ・イージス』」
 右手に魔力を集め、外へと撃ち出す。

 ルナを守る様にして突然目の前に現れた盾にバケモノはピタリと動きを止める。

『ナニモノダ?』
 目が無い癖に俺のいる方向へと顔を向けてくるバケモノ。
 口しかないから、その表情は読み取りづらい。

 だけど、その怒気を含んだ声を聞いた瞬間、背筋に寒気が走り、手からは手汗が吹き出て止まらなくなる。

 ハハッ、めちゃくちゃ怒ってるな。
 クソ怖ぇ。でも……こんな状況だからこそ、相手に飲まれちゃダメだ。

「お前こそ……誰だよ」
 若干、震えた声でそう言い返すと、バケモノはニヤリと気味の悪い笑みを浮かべるのだった。
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