忘却の時魔術師

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第一部 第二章「最悪の夜獣・後編」

第30話 エピローグ

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 side:???

 砂埃を含んだ一筋の風が小さなつむじ風となって辺りを吹き抜けていく。

『……ワシノ、カチノヨウジャナ』
 目の前で転がっている小僧を睨みつけながら、地面についていた膝を立ち上がらせ、片腕で口元の血を拭う。

 勝負には勝った。だが……。
 下を向き、自身の肉体へと視線を向けると、そこには、派手に蒸気を上げながら回復している自身の姿が映り込む。

 思いの外、肉体内部の損傷が激しいな。
 再生完了までが長い。

 やはり……小僧が最後に見せたあの術が原因だろうか。
 あの一瞬、小僧の動きが見えなくなった。
 どんなに感知能力を上げてもだ。

 まるで、時間が止まっていたかの様に、気づいたその時には、身体が重くなっていた。

 ……動きが速くなる固有魔術は知ってるが。
 俺の知っている固有魔術の中にあそこまで速くなる固有魔術は無い

 気にはなるが、放置しておくのも危ういな。
 この小僧の成長速度。コレは危険だ。
 危険な芽は……摘んでおくに限る。

『……ワルクオモウナヨ? コゾウ』
 目の前で倒れている小僧の頭を潰そうと、小僧の頭を掴みに手を伸ばしたその時──。

「──『貫け』」
 冷徹な声が聞こえ、何処からともなく現れた槍が伸ばした腕を貫き、風穴を空けていく。

『──グッ⁉︎ ナニヤツ』
 声のした方向に視線を向けると、そこには黒いローブを羽織り、フードで顔を隠した人間が瓦礫の山の上で腰を下ろして座っている。

 魔力量は少ない。
 そこそこ消耗している今でも、問題なく倒せるレベルだろう。
 だが……。何だろうか。この感じは。
 妙な違和感が己を支配する中、謎の存在との間に風が吹き抜け、瓦礫の破片やチリが巻き込まれて吹き荒れる。

「──お引き取り願おうか」
 フードの奥底から先程の声が聞こえると同時に、ローブの男は瓦礫の山から跳び降り、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

『ナンジャト?』
「聞こえなかったか? なら、もう一度言おう。『お引き取り願おうか』」
 黒色のフードの奥底から紅の双眸が怪しく光り、注告と共に背筋から冷汗が滲み出るほどの魔力による威嚇が放たれる。

 この魔力量。
 先の魔力量の比では無いっ!
 だが……。
『コノテイドデ……ワシニサシズスルナ!』
 ──凱雷装っ!

 肉体に雷電を纏い、拳を振り上げて男に襲いかかる。

 目の前の男は何一つ構えていない。
 ──勝った。

 雷光の如く男との距離を詰め、拳を突き出す光景を視認しながら、勝利を確信した次の瞬間。

「仕方ない」
 ──加速アクセル
 あまりにも小さい声だった為、聞き間違いという線もあるかもしれない。
 だが、空耳にしてはあまりにも鮮明過ぎる言葉がフードの奥底から聞こえてきた。

 今のは……小僧の……。
『ナゼ……ゴポッ⁉︎』
 気がついた時には、もう遅かった。
 先程まで目の前にいたはずの男の姿は既にそこには無く、左胸からは一部が緑色に濡れた黒色の刃が生えていた。

 貫かれた……だと?
 そんなバカな。
 信じられない光景から目を逸らそうとするも、刃先を伝って滴り落ちていく緑色の液体から目を逸らす事が出来なかった。

 小僧でも小娘でも太刀打ち出来なかった肉体が……。

 早く再生を……。

 ──っ⁉︎
 何故だ。何故……魔力が。魔力が霧散していく?

「……彼奴の試作品にしては強い方だが、弱点はやはり同じだな」
 胸を貫いた刀が抜かれ、刺されて生まれた風穴からは緑色の血が噴水のように流れ出ていく。

『ウグッ!』
 左胸を押さえ、必死になって液体の流出を抑える。

 ……だが、現実は非情だ。
 左胸から流出していく液体は減るばかりか、逆に増えていき、追い討ちをかけるかのように、左胸を押さえていた手の先から肩にかけてドロリと溶け始めていく。

 身体が溶ける。
 嘘だ。こんな最後なんてあり得ない。
 嘘だ! 嘘だ!

『ウ……ソ……ダ……』
 こんなの絶対に……認めんぞ……。

 感知能力が切れ、目の前が真っ暗になる直前。
 背後に捉えた男の姿はまるで……“死神”の様だった。

 side:???

「これで終わりか」
 ドロドロとした液体から灰になって消えていくという変貌を遂げていったキメラを目にしながら、そんな独り言を呟く。

 それにしても……。
 液体で濡れた刀を振り払い、鞘に収めながら、視線の先にいる存在に目を向ける。

 アレの邪魔のせいで遅れたが……無事の様だな。
 視界に映るのは、先程からピクリとも動かない少年。少なくとも僅かだが呼吸はしている様なので、死んではいない様だった。

「今、お前に死なれては困るからな。助かった。……隠れてないで、出てきたらどうだ」

「あちゃー、バレちゃってた?」
 俺の言葉に反応する様に物陰から狐目の男が姿を現す。

 その表情はまるで、悪戯がバレた子供の様な笑みだったが、目の奥が笑ってない為、何を考えているのかまでは予測がつかない。

「……ハリス……イグナート」

「顔を見ただけで、名前を当てられるとは……。僕も有名になったものだねぇ」
 笑みを浮かべたまま、こちらへと近づいてくるハリスに対し、腰につけた鞘に手をかけつつ、魔力による威嚇で牽制する。

「何故、0課のトップがこんな所にいる? いないはずだろ?」

「あははは。そんなに睨まないでくれよ。そんな熱烈な視線を向けられると、僕も『勘違い』しちゃうからさ」
 ハリスがそう言うと、今までの笑みが嘘の様に消えていき、魔力による威嚇が弾き返される。

「──っ!」
「大丈夫だよ。別に君と戦う気はないし。ただね……」
 ──君にやって貰いたいことをお願いしにきたんだよ。


 第二章 完

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語り手
「ストック切れたので、次回更新までに少しだけ時間かかります。ごめんなさい」
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