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006・・・茜雨
茜雨 その1
しおりを挟む澄み透る水のせせらぎが涼しげに遥か遠くの方から聞こえてくる。
心地よいその響きにココロもカラダもあずけてしまいたい。
しばらく耳を傾けていると水音はしだいに大きくなってきて、急き立てるように鼓膜を震わせる。
耐えかねて瞼を開けた。
ぼやけた瞳に映るのは、まるで光の絵の具で描かれた儚い夢のような茜空の中の二人の姿。
姉は美しい人だった。
そんな姉が嫌いだった。
小さい頃、大人たちは姉を見ると「まぁ、なんて可愛らしい。まるで天使みたい!!」と褒め称えた。
そして隣にいる私を見ると複雑な表情の後、ぎこちない笑顔を向けてきた。
姉が少しでも意地悪な人だったら、まだ救われていたような気がする。
けれど美しい姉は心も美しく優しい人だった。
大人たちのあからさまな態度に傷付いていた私へ「フタコチャンは可愛いし、これからもっともっと可愛くなるわ」と、いつも眩い笑顔で囁いてくれた。
小さい頃には救われていた希望の呪文。
けれどどんなに繰り返し唱えられたとしても、石ころは石ころのままなのだと成長していくうちに嫌でも分かってくる。
そしてうなだれるその横で、磨かれれば磨かれるほど輝きを放ってゆく宝石は人々を惹きつけてゆく。
小学生の頃、仲良くなった子たちと遊んでいると「イッチャンと一緒に遊びたい」とせがまれた。
中学生の頃、見も知らない先輩や同級生から「お姉さんの連絡先を教えて」と絡まれた。
誰だってその辺に転がっている石ころよりも麗しの宝石の方がいいに決まっている。
そんなこと知っているし分かっている。
姉が高校の進学先を学力の高い私立の女子校を選んでくれた時には心底ホッとした。
その女子校ならば親が私へ勧めることがないからだ。
そこそこの庭付き一軒家に住んでいるにもかかわらず、学力的問題よりも金銭的問題の方が大きいように思えるのだから笑える。
楽々と志望校に合格し、可愛らしい制服を纏った姉の姿は朝早い電車の中でも人目を惹いたことだろう。
ポストへ入れられる知らない人からの手紙が増えたのだから。
中学でも姉の影は色濃く残ったままだった。
卒業してからの方が伝説的要素が加わったことで輝きはより増していたような気がする。
影は私の方なのだ。
影は影らしく光のあたらない場所で息を殺すように過ごした。
中学を卒業すると家から少し離れた公立高校へ進学した。
校舎も古く、これといった特徴もない高校だからなのか、誰も喜んではくれなかったが私は嬉しかった。
誰も姉のことを知らない。
誰も私のことを姉の妹だと見ない。
誰も姉と私を比べることのない場所だったから。
残酷に向けられる光の棘に触れてしまわないようにビクつくことから解放された私は初めて恋をした。
先輩に恋をした。
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