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燎火ーー参
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宿の手配を仲間ごとすっかり忘れられていたとしたら、面子を潰されたようで確かに面白く無かろう。自分達に置き換えてもそうだ。
それならそれで、はっきり苦情を言ってくればそれで済むのにーー近藤はいくらこの手の事が苦手だとは言っても、最後まで責任を持ってやり遂げる人だ。ましてやつまらない責任逃れなんかしない。
旅は道連れ世は情、長い道中お互い仲良くーーとまでは流石にいかないだろうが。やはり武芸を志し手柄を狙う者として、対抗心や競争心はどうしてもあるーーしかし志を同じくする者どうし、腹さえ割ってくれたらこちらも心は尽くす。それが筋やら面子ってもんじゃないのか?
「興が削がれた。行くぞ」
芹澤は髑髏の羽織を翻した。
「火は勝手に消しておいてくれ」
「芹澤殿!お待ちくだされ!」
近藤が呼び止めた。
「我らの不始末の責任を取らせてもらいたい。粗末ではあるが、こちらの顔を立てると思ってぜひ、我らが宿へ」
近藤が芹澤の背中に繰り返し頭を下げた。不在の源三郎を除き筆頭弟子の歳三始め門下全員――左之助も敬助に三たび頭を小突かれて仕方なく――頭を下げた。
芹澤がゆっくりと向き直る。
「なに、素直に詫びてさえもらえればよい。芹澤組は同志を寒空に追い出す狭量な輩だと思われたくない」
「何の、とんでもない。我らとて不始末の責任を逃れるつもりは」
「あいや、待たれよ」
意地と面子の張り合いのベクトルがまた一段とおかしな方向に向きかけた時、源三郎の先導でやっと到着した近藤の上役、池田取締役が間に入って取りなしを始めた。
「ならばお二方とも、相宿では如何か」
芹澤は再び開いた扇を悠然と扇ぎながら近藤の髷と池田の面を交互に眺め、しばし考える風を見せた。
「試衛館の近藤殿と申したか……師と仰がれる男がそう幾度も頭を下げるのはお弟子方の手前もあろう。そこまで申されるなら好意を無にするのもかえって無体……」
芹澤が芝居がかった口調で取り巻き達に「そうは思わぬか」と同意を求めると連中から勝どきのような歓声が上がり、それがまた神経に触った。
「案内願う」と芹澤がおもむろに告げると、近藤はほっとしたようにようやく顔を上げた。
「底意地が悪い上に気障な野郎だぜ」
近藤が芹澤らを連れ宿に引き上げた後、件の焚き火の始末を言いつけられた左之助は吐き捨てた。
「うん。自分をさも大物風に見せるのが巧い人だ」
総司が無邪気に笑った。
天才的な剣捌きで定評があるが取り柄はそれと顔だけと言ってもよく、普段の彼は「暖簾に腕押し」を地で行く男で掴みどころが無く、何も考えているかわからない。何も考えていないのかもしれない。
そして何も考えていない風で時々ハッとするような、核心を突いた事を言う。この辺はやはり剣の才と関係があるのか。
「相宿ったって、一番狭いとこなんだよね。試衛館は全員同じ部屋かな?立って寝なきゃならないかも。あ、左之さんはいびきが酷いから俺より先に寝ないでよね」
「ちぇ、総司は呑気でいいや。そら、やっぱり何も考えちゃいねえ」
やはり総司は総司だ。そしてまた癪なことに、こういうところが女にもてるーー余計なことだが。
「何も考えてないって、酷くない?」
「なら、己らが寝る心配よりもちったあ怒ってみろよ。水戸の報国の士だか何だか知らんが、あんなわけのわからん奴に近藤先生が頭を下げさせられたんだぜ」
左之助は燃えさしの黒い丸太を力まかせに蹴り飛ばした。
「それもこれも近藤先生に先番宿割なんか押し付けた奴のせいだ」
それならそれで、はっきり苦情を言ってくればそれで済むのにーー近藤はいくらこの手の事が苦手だとは言っても、最後まで責任を持ってやり遂げる人だ。ましてやつまらない責任逃れなんかしない。
旅は道連れ世は情、長い道中お互い仲良くーーとまでは流石にいかないだろうが。やはり武芸を志し手柄を狙う者として、対抗心や競争心はどうしてもあるーーしかし志を同じくする者どうし、腹さえ割ってくれたらこちらも心は尽くす。それが筋やら面子ってもんじゃないのか?
「興が削がれた。行くぞ」
芹澤は髑髏の羽織を翻した。
「火は勝手に消しておいてくれ」
「芹澤殿!お待ちくだされ!」
近藤が呼び止めた。
「我らの不始末の責任を取らせてもらいたい。粗末ではあるが、こちらの顔を立てると思ってぜひ、我らが宿へ」
近藤が芹澤の背中に繰り返し頭を下げた。不在の源三郎を除き筆頭弟子の歳三始め門下全員――左之助も敬助に三たび頭を小突かれて仕方なく――頭を下げた。
芹澤がゆっくりと向き直る。
「なに、素直に詫びてさえもらえればよい。芹澤組は同志を寒空に追い出す狭量な輩だと思われたくない」
「何の、とんでもない。我らとて不始末の責任を逃れるつもりは」
「あいや、待たれよ」
意地と面子の張り合いのベクトルがまた一段とおかしな方向に向きかけた時、源三郎の先導でやっと到着した近藤の上役、池田取締役が間に入って取りなしを始めた。
「ならばお二方とも、相宿では如何か」
芹澤は再び開いた扇を悠然と扇ぎながら近藤の髷と池田の面を交互に眺め、しばし考える風を見せた。
「試衛館の近藤殿と申したか……師と仰がれる男がそう幾度も頭を下げるのはお弟子方の手前もあろう。そこまで申されるなら好意を無にするのもかえって無体……」
芹澤が芝居がかった口調で取り巻き達に「そうは思わぬか」と同意を求めると連中から勝どきのような歓声が上がり、それがまた神経に触った。
「案内願う」と芹澤がおもむろに告げると、近藤はほっとしたようにようやく顔を上げた。
「底意地が悪い上に気障な野郎だぜ」
近藤が芹澤らを連れ宿に引き上げた後、件の焚き火の始末を言いつけられた左之助は吐き捨てた。
「うん。自分をさも大物風に見せるのが巧い人だ」
総司が無邪気に笑った。
天才的な剣捌きで定評があるが取り柄はそれと顔だけと言ってもよく、普段の彼は「暖簾に腕押し」を地で行く男で掴みどころが無く、何も考えているかわからない。何も考えていないのかもしれない。
そして何も考えていない風で時々ハッとするような、核心を突いた事を言う。この辺はやはり剣の才と関係があるのか。
「相宿ったって、一番狭いとこなんだよね。試衛館は全員同じ部屋かな?立って寝なきゃならないかも。あ、左之さんはいびきが酷いから俺より先に寝ないでよね」
「ちぇ、総司は呑気でいいや。そら、やっぱり何も考えちゃいねえ」
やはり総司は総司だ。そしてまた癪なことに、こういうところが女にもてるーー余計なことだが。
「何も考えてないって、酷くない?」
「なら、己らが寝る心配よりもちったあ怒ってみろよ。水戸の報国の士だか何だか知らんが、あんなわけのわからん奴に近藤先生が頭を下げさせられたんだぜ」
左之助は燃えさしの黒い丸太を力まかせに蹴り飛ばした。
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