上 下
3 / 69
長いプロローグとなるイブの夜

その3

しおりを挟む
「なんでぇ~、いいじゃん、女装だって立派な趣味よ。けいちゃんだって認めてくれたじゃん」

「そりゃそうだが……、だいたいなんでここに来たんだ、今日の事は話してなかったぞ」

「たまたまよぉ、働き口と住む所を相談しに名古屋に行ってさ、帰ってきたら壱ノ宮駅前のイルミネーションがキレイで見上げたの、そしたらけいちゃんが見えて女の人と座ってたから、一昨日聞いた彼女さんだと思って挨拶しようとしたの」

──絶妙のタイミングだな。

「で、働き口は見つかったのか」

「うん、住み込みで働けるからホテル暮らしも今夜まで。という訳でホテル代貸して、ひと晩だけだから」

無邪気に手を出す弟、恵二郎に呆れながらもこの間返してもらったばかりの諭吉さんを財布から取り出し手渡す。

「ありがと、お兄さま」

「うっさい」

 アルコールがまわってきたのか働き口が見つかったせいなのか分からないが、恵二郎ははしゃぎ気味で料理を楽しんでいる。

「ところで彼女さん、なんて名前なの? なんか慌てん坊さんみたいだけどうまくやってるの?」

「美恵だ。そんなに慌てん坊じゃない、お前が勘違いするような事をするからだ。まったくホテルの前でカネを渡すなんてするから……」

 そこまで言って、おやと思う。
 僕達の住んでいる引っ越したばかりの賃貸マンションは壱ノ宮駅の西側にあり、恵二郎の泊まっているホテルは東側にある。そのうえ美恵はほぼマンションから出ることはなく、出かける時はたいてい僕と一緒だからホテルの件は見られている筈はないと思っていた。

「どうしたの、急に黙って」

「あ、いや何でも無い。で、働き口ってどこだ? まさかまたあの店じゃないだろうな」

「ちがうわよ、先輩のところ。今、大須で飲食店やってんの」

「先輩というとあの人か、たしか朝日くんだっけ」

「そ、だから安心して」

安心するべきかどうか迷うな。なにせ恵二郎の女装を目覚めさせた張本人なんだから。とはいえ悪いヤツではないのは知っている、まあ信用するしかないか。

「ところでさ、一昨日は聞き損ねたんだけど美恵さんとはどうやって知り合ったの? あたしが日本離れる前はつきあって無かったよね」

「そうだな……、お前がタイに行ってすぐかな、会社の忘年会があってそこで出会ったのが馴れ初めか」

「え、なになに、超聞きたいんだけど」

 メインのローストビーフをナイフで切り取りながら興味津々で訊いてくる恵二郎に、同じくローストビーフをほお張りながらあの日を思い出していた。あの時もこれを食べていたっけ。
しおりを挟む

処理中です...