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第一話 ある老人の死
割田内外
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「西御堂さん、今までどちらにいたんです。班長が探していますよ」
ずんずんと近寄り詰問するマキに、ミドウはおやおやという顔をして、まあまあという手つきをする。
「えーっと、マキちゃんだっけ? クロのペアッ子だよね。こんにちわ~」
「ごまかさないでください。ミッツ先輩、班長に連絡しましょう」
「待て待て待て、連絡するのはいいとしてマキちゃんたちは何でここに来たんだ」
「捜査上の秘密です」
躊躇なく答えるミツ。
「ということは事件なのか。容疑者はあの人なんだなミツ」
「違いますよ、まだ聴き取りの段階です」
「ミッツ先輩」
マキから嗜められて、ミツは慌てて口をおさえる。
「なんだ聴き取りに来たのか。なら案内するよ、オレも会いに来たところだから」
ミドウがここに来たのはそのためかと、ふたりは納得した。
受付で紙を受け取ると、ミドウが先頭となって三人は病室へと向かう。
エレベーター内でミドウはミツに元気でやってるか、タマとはうまくやってるかと話しかけ、それにたいして楽しそうにペラペラ喋るミツ。
それを見ながら、マキはやきもきしていた。
(ミッツ先輩、喋り過ぎです。ああもうハラハラするぅ)
昨夜カドマが、ミツがミドウのことが大好きだと言ってたのは本当だなと実感した。
※ ※ ※ ※ ※
お婆さんこと田中弘美さんは大部屋の窓際のベッドで座っていた。
冬がはじまるのを伝えるような風で、窓の外の電線が揺れるのをじっと見ている。
頬の弛みが減り、少し目に光が宿ったようにも見えるが、ちゃんとした応対が出来るのかはまだ分からなかった。
マキが顔を覗き込むようにして挨拶すると、認識してくれた。
「ああ、えっと、」
見たことはあるが誰だか思い出せない、そんな感じだった。
ベッドの横にパイプ椅子を持ってきて、唯一の女性であるマキが座り聴取をしたが、予想通りかんばしくなかった。
後ろでミツと並んで見ていたミドウが口を挟む。
「すいません、ちょっと。ワリタナイガイさんの奥様でしょうか」
「はい」
まるでスイッチが入ったように、弘美さんは背すじを伸ばし意志のこもった返事をする。マキが驚くなか、ミドウは話を続ける。
「先生の作品を拝見しまして感動しました、代表作の[支える]のモデルなんですよね」
「あらやだお恥ずかしい、ずっと昔のコトですよ」
「いやいや、後ろ姿ですが先生の奥様だと分かりましたよ。背中から滲み出る先生への愛情? 信頼? そういったものを感じました」
「あらやだー、嬉しいわぁ」
マキとミツは呆気にとられる。今までの状態は芝居だったのかと思うくらい、ハッキリと受けこたえしているのだ。
ミドウはマキと席を代わり話し続ける。マキはミツの隣に立つと小声で問いかける。
「ミッツ先輩、どうなってるんでしょうか」
「わからない。だがワリタナイガイというのは分かった。割田内外、壱ノ宮市在住の日本画家で本名は田中畦道、ご遺体の方で弘美さんの夫だ」
スラスラと答えるミツにマキは驚く。
「有名な方なんですか」
「御年74歳、活躍したのは約25年くらい前、昭和の終わりから平成のあたまにかけてかな」
「よく知ってますねぇ」
「今、調べた」
大事そうにずっと小脇に抱えていたタブレットを見せる。
なんだネット情報かと、マキはちょっとガッカリした。
ミドウと弘美はまだ雑談を続けている。そのスキにマキは病室から出て通話ができるエリアに行くとクロに連絡する。
「わかった、すぐ行くから足どめしておいてくれ」
通話を切ると、今度はカドマに連絡する。ご遺体が割田内外だと伝えるためだ。
「──ああこちらでも確認した。夫婦二人暮らしで、アトリエ兼居宅の1階で画廊喫茶店をやってたらしい──そうかミドウさんがいるのか、してやられないように気をつけてな」
(してやられる? どういう意味だろう?)
通話を切ると病室に戻る。ミドウがまだ居てホッとした。
「どうだった」
ミツの問いかけに、ミドウを足どめするよう班長に言われたことを伝える。
ふたりはミドウがこのまま話し込むようにしようとしたが、その予定は裏切られる。
「じゃあオレはこの辺で。こっちの若いのが話したがってるから代わりますね。ミツ、聴き取り調査に来たんだろ? 交代だ」
「ええ、僕ですか」
「当たり前だろ。マキちゃんでやれなかったんならお前しかいないだろ。ちゃんと話しやすくしてあるから代わりな」
ミドウは立ち上がると席をミツに譲り、マキは逃さないようにミドウの隣に立ち話しかける。
「西御堂さん、割田内外さんと知り合いなんですか」
「ミドウでいいよマキちゃん。まあ依頼人だからね、当然知り合いだよ。ところで聴き取り調査にオレも同席していいのかい」
「ええ、どうぞ」
逃してなるものがとマキは意気込んで注意していた。
ミツが聴き取り調査をはじめると、弘美はまた自信がなくなっていき、お爺さんお爺さんと呟いて目の焦点が合わなくなり、何も聞こえないようになったのだ。
そしてベッドから降りて外に出ようとしたので、ミツとマキが慌てて抑える。
そのスキにミドウは病室から抜け出してしまい、マキが気づいたときにはもう見つからなかった。
「しまった、逃げられたーー」
カドマのしてやられるなよという言葉が、アタマにこだました。
ずんずんと近寄り詰問するマキに、ミドウはおやおやという顔をして、まあまあという手つきをする。
「えーっと、マキちゃんだっけ? クロのペアッ子だよね。こんにちわ~」
「ごまかさないでください。ミッツ先輩、班長に連絡しましょう」
「待て待て待て、連絡するのはいいとしてマキちゃんたちは何でここに来たんだ」
「捜査上の秘密です」
躊躇なく答えるミツ。
「ということは事件なのか。容疑者はあの人なんだなミツ」
「違いますよ、まだ聴き取りの段階です」
「ミッツ先輩」
マキから嗜められて、ミツは慌てて口をおさえる。
「なんだ聴き取りに来たのか。なら案内するよ、オレも会いに来たところだから」
ミドウがここに来たのはそのためかと、ふたりは納得した。
受付で紙を受け取ると、ミドウが先頭となって三人は病室へと向かう。
エレベーター内でミドウはミツに元気でやってるか、タマとはうまくやってるかと話しかけ、それにたいして楽しそうにペラペラ喋るミツ。
それを見ながら、マキはやきもきしていた。
(ミッツ先輩、喋り過ぎです。ああもうハラハラするぅ)
昨夜カドマが、ミツがミドウのことが大好きだと言ってたのは本当だなと実感した。
※ ※ ※ ※ ※
お婆さんこと田中弘美さんは大部屋の窓際のベッドで座っていた。
冬がはじまるのを伝えるような風で、窓の外の電線が揺れるのをじっと見ている。
頬の弛みが減り、少し目に光が宿ったようにも見えるが、ちゃんとした応対が出来るのかはまだ分からなかった。
マキが顔を覗き込むようにして挨拶すると、認識してくれた。
「ああ、えっと、」
見たことはあるが誰だか思い出せない、そんな感じだった。
ベッドの横にパイプ椅子を持ってきて、唯一の女性であるマキが座り聴取をしたが、予想通りかんばしくなかった。
後ろでミツと並んで見ていたミドウが口を挟む。
「すいません、ちょっと。ワリタナイガイさんの奥様でしょうか」
「はい」
まるでスイッチが入ったように、弘美さんは背すじを伸ばし意志のこもった返事をする。マキが驚くなか、ミドウは話を続ける。
「先生の作品を拝見しまして感動しました、代表作の[支える]のモデルなんですよね」
「あらやだお恥ずかしい、ずっと昔のコトですよ」
「いやいや、後ろ姿ですが先生の奥様だと分かりましたよ。背中から滲み出る先生への愛情? 信頼? そういったものを感じました」
「あらやだー、嬉しいわぁ」
マキとミツは呆気にとられる。今までの状態は芝居だったのかと思うくらい、ハッキリと受けこたえしているのだ。
ミドウはマキと席を代わり話し続ける。マキはミツの隣に立つと小声で問いかける。
「ミッツ先輩、どうなってるんでしょうか」
「わからない。だがワリタナイガイというのは分かった。割田内外、壱ノ宮市在住の日本画家で本名は田中畦道、ご遺体の方で弘美さんの夫だ」
スラスラと答えるミツにマキは驚く。
「有名な方なんですか」
「御年74歳、活躍したのは約25年くらい前、昭和の終わりから平成のあたまにかけてかな」
「よく知ってますねぇ」
「今、調べた」
大事そうにずっと小脇に抱えていたタブレットを見せる。
なんだネット情報かと、マキはちょっとガッカリした。
ミドウと弘美はまだ雑談を続けている。そのスキにマキは病室から出て通話ができるエリアに行くとクロに連絡する。
「わかった、すぐ行くから足どめしておいてくれ」
通話を切ると、今度はカドマに連絡する。ご遺体が割田内外だと伝えるためだ。
「──ああこちらでも確認した。夫婦二人暮らしで、アトリエ兼居宅の1階で画廊喫茶店をやってたらしい──そうかミドウさんがいるのか、してやられないように気をつけてな」
(してやられる? どういう意味だろう?)
通話を切ると病室に戻る。ミドウがまだ居てホッとした。
「どうだった」
ミツの問いかけに、ミドウを足どめするよう班長に言われたことを伝える。
ふたりはミドウがこのまま話し込むようにしようとしたが、その予定は裏切られる。
「じゃあオレはこの辺で。こっちの若いのが話したがってるから代わりますね。ミツ、聴き取り調査に来たんだろ? 交代だ」
「ええ、僕ですか」
「当たり前だろ。マキちゃんでやれなかったんならお前しかいないだろ。ちゃんと話しやすくしてあるから代わりな」
ミドウは立ち上がると席をミツに譲り、マキは逃さないようにミドウの隣に立ち話しかける。
「西御堂さん、割田内外さんと知り合いなんですか」
「ミドウでいいよマキちゃん。まあ依頼人だからね、当然知り合いだよ。ところで聴き取り調査にオレも同席していいのかい」
「ええ、どうぞ」
逃してなるものがとマキは意気込んで注意していた。
ミツが聴き取り調査をはじめると、弘美はまた自信がなくなっていき、お爺さんお爺さんと呟いて目の焦点が合わなくなり、何も聞こえないようになったのだ。
そしてベッドから降りて外に出ようとしたので、ミツとマキが慌てて抑える。
そのスキにミドウは病室から抜け出してしまい、マキが気づいたときにはもう見つからなかった。
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