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Chapter #1
ホストファミリー
しおりを挟む誘導員の人たちは、私たち留学生をそれぞれのホストファミリーの家へと送り届けてくれることになっている。
私と舞恋は同じ車だったけれど、カヒンとはその場で別れることになった。
また学校で、といったニュアンスの言葉とともに、彼は別の車へと乗り込んだ。
私たちはそれを見送って、
「ざーんねん。もっとお話ししたかったよねー」
「うん。本当に……」
また大学で会える可能性はあるけれど、今回はあまりコミュニケーションが取れなかったのが私には心残りだった。
「へぇ。珍しいじゃん、みさきち」
「え?」
車の後部座席へ乗り込みながら、舞恋はにんまりと含み笑いをして言う。
「誰かともっとお話ししたかったーって、みさきち、日本人相手でもそんなに言わないでしょ? それが今回は外国人相手にそんな風に思うなんて」
確かに。
普段の私からは考えられないような思考回路だ。
「もしかしてさ、本気であの人に惚れちゃった?」
イタズラっぽく茶化されて、私は思わず否定する。
「そっ……そんなわけないじゃん!!」
「えー、ほんとにぃ?」
「ほんとだって!」
こうして私たちがギャーギャーやっている間にも、
「Oh! ××××! ×××××! Haha!」
誘導員の女性はやはり機関銃のように喋り続け、ひとりで爆笑しているのだった。
空港を出てしばらくすると、車は住宅街へと入っていった。
そうして眼前に広がった景色に、私たち二人は思わず目を輝かせる。
「はー、すっごい。いかにも外国って感じ!」
舞恋の言う通り、その場所は日本の住宅街とは全く雰囲気が異なっていた。
まず、何もかもが広い。
車道の幅も、歩道の幅も、家の敷地も、家と家の間隔も。
心なしか、頭上に広がる青空までもが広く見える。
そして何より、色が鮮やかだ。
華やか、と言ってもいい。
家の壁や車の色、ポストや柵の色まで全てカラフルだ。
赤、黄、青、緑、桃、紫……ほとんどが強い蛍光色で彩られている。
極めつけには、庭や玄関先に見える植物が皆そろってダイナミックだった。
ヤシの木のようなものがどーんと立っていたり、一瞬ジャングルの入口と見紛うような大量の草花が群生していたり。
「Misaki! ×××××!」
誘導員の女性が、何やら前方を指差して叫ぶ。
わざわざ私を名指ししたことを考えると、おそらくは私のホームステイ先が見えてきたのだろう。
やがて車が停まったのは、緩やかな坂を上った先の、小高い丘のちょうど天辺あたりだった。
そこに、ぽつんと小ぶりな家が建っている。
一階建ての可愛らしいお家——に見えたけれど、敷地の奥へ目をやれば、どうやら地下にも部屋があるらしいことがわかった。
というより、一階に見える玄関先が実は二階になっていて、奥へ行けば行くほど土地が低くなって一階が見えてくるのだ。
(不思議な形の家だなぁ)
日本ではあまり見ない、変わった形の家だった。
屋根や壁の色もやはり明るくて、まるでおとぎ話に出てきそうな佇まいだ。
誘導員の女性に促され、私は恐る恐る車の外に出た。
「みさきち、がんばってねー。達者で暮らせよー!」
ひとり車中に残された舞恋が、面白半分に激励する。
(うう、なんだか余計に緊張してきた)
ここから先は、舞恋と離れ離れになってしまう。
ホームステイ先には日本語の通じる相手はいない。
私は今度こそ本当に、異国の地でひとりぼっちになってしまうのだ。
(落ち着け。落ち着け、私!)
誘導員の女性とともに門の前までやってくると、こちらの気配に住人が気づいたのか、玄関の鍵がガチャリと開けられる音が響いた。
「ひっ……!」
別に何かされるわけでもないのに、私は堪らず身構える。
「Hi. ×××× ×××××」
出迎えたのは、落ち着いた優しげな声。
扉の奥から姿を現したのは、すらりと背の高いグラマーな女性だった。
その姿に、私は呆気に取られる。
てっきりアメリカ映画なんかでよく見るふくよかなマダムが出てくるのかと思っていたけれど、まさかの正反対だ。
(この人が、これから私の家族になる人?)
ホームステイ先の家族、『ホストファミリー』。
日本を発つ前に知らされていた情報では確か、この家には子どもがおらず、夫婦二人だけで暮らしているのだとか。
「Hello. Are you Misaki?」
ゆったりとした口調で、そう尋ねられた。
(あ、このくらいならギリギリ聞き取れる)
こんにちは、あなたがミサキ?
短くて、簡単なフレーズ。
私が聞き取りやすいように、わざとスローペースで語りかけてくれているのだろうか。
「Oh! ×××××! ×××××! Haha!」
何がおかしかったのか、誘導員の女性は相変わらずのテンションで何か言って笑った。
その圧に押されるでもなく、ホストファミリーの女性はやんわりと微笑する。
ああ、なんだか上品な人だなぁ。
年齢は三十代くらいだろうか。
もっと若そうにも見えるけれど、外国人の年齢は見た目だけだとよくわからない。
けれどこの大人びた感じからして、二十代ではないような気がする。
自然なウェーブがかかった金髪はけっこう長くて、首の横で一つに束ねられている。
瞳の色は、碧? ……というよりは、少しだけ灰色がかっているような。
何にせよ、綺麗な人だった。
「Nice to meet you, Misaki.」
私がぽーっと見惚れていると、女性はそう言って握手を求めてきた。
ないすとみーちゅー。
会えて嬉しいです、的な。
その言葉を理解してやっと、私は我に返った。
(あっ……何か返事しなきゃ!)
それまでポカンと口を開けたままアホ面を晒していた私は、慌てて予習した挨拶の言葉を思い出す。
「な、ないすとみーちゅーとぅー!」
私も会えて嬉しいです、的な。
勢いのまま両手でガシッと女性の手を握りしめると、女性はちょっとだけ驚いたような顔をして、すぐにまた穏やかな微笑に戻った。
(あ、いま一瞬笑われた?)
やっぱり発音がダメなのかな……なんて卑屈になりかけたけれど、
「You ××× relax.」
リラックスしてね、と言われた気がして、私は彼女の顔を改めて見上げる。
彼女があんまりにも優しげな笑顔をこちらに向けてくるので、段々と私も、発音ぐらいそれほど気にすることでもなかったかな? なんて思えてくる。
この人の笑い方は何だか嫌味がなくて、落ち着くというか、どこか心地いい。
カヒンに笑われたときと、なんとなく似ている気がした。
それから二言三言交わしてから、誘導員の女性とは別れ、私は促されるまま、これから住むことになる家の中へと招かれていった。
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