日本語しか話せないけどオーストラリアへ留学します!

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Chapter #2

帰り道

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 その後も図書館やラーニングセンターなど、キャンパスの隅々までカヒンが案内してくれた。
 そうして敷地内を一周する頃には、空は夕焼け色に染まっていた。

 そろそろ帰ろうかという段になると、カヒンは私を家まで送ると言ってくれた。

「え、でも、but……」

 こんなにも長い時間、私に付き合ってくれたというのに。
 これ以上甘えるのはさすがに気が引ける。

「その……You has spent……with me……for a long time. Is it OK……?」

 私と長時間一緒にいるけど、大丈夫?
 ……という英文にちゃんとなっているだろうか。

 言い終えた後、カヒンはしばらく理解に苦しんでいたので、やはり文法がおかしいのか、あるいは発音が変だったのかもしれない。
 けれど最終的には伝わったようで、

「Of course it's ok.」

 もちろん大丈夫だよ、と笑った後、

「You are so kind, Misaki.」

 君は優しいね、と言ってくれる。

 「それはこっちのセリフだよ!」と言い返したかったけれど、英語ではどう言えばいいのかわからず、私はまた顔を赤くさせて俯いてしまった。



 バスで再びマウントグラバットキャンパスまで戻ると、そこから緩やかな山道を歩いて下る間、私たちはお互いの母国語を教え合った。

 カヒンの母国語は広東かんとん語といって、やはり中国語とは少し違うらしい。
 こんにちは、に当たる挨拶も『ニーハオ』ではなく『ネイホー』という。

 ちなみに『How are you?』に相当する言葉は『ネイホー』の後に『マ?』と付け足すだけでいいらしい。

 対する私は日本語で『元気?』『元気だよ』というやりとりを教えた。

「ねいほー、ねいほーま?」

「Good! Haha.」

 私が広東語を話すと、カヒンは嬉しそうにしてくれる。
 子どもみたいにあどけない顔で笑う彼を見ていると、なんだか私まで和やかな気持ちになる。

 まだまだ広東語どころか、英語でさえも自然な会話までは程遠いけれど。
 それでも、少しずつでもコミュニケーションを取れることが、こんなにも楽しいなんて。

(言葉の力って、すごい)

 これからもっともっと英語が上手になれば、今よりもさらに楽しい会話ができるかもしれない。

 気づけば私はいつのまにか、言語の持つ魅力の虜になっていたのだった。



 山の麓まで下りると、住宅街に入る。
 そこからさらに五分ほどかけて歩くと、やがて小高い丘の上にレベッカの家が見えてきた。

 坂道を登りながら、カヒンが思い出したように言った。

「So, What are you doing this weekend?」

 週末はどうするの?

 急にそんな質問をされて、私はぽかんとしていた。

「Weekend? ええと……」

 予定なんて特に決めていない。
 というか、今まで予定を立てる余裕すらなかった。

 留学が始まってからのこの数日間、私はただ流されるままに毎日を過ごしていた。
 きっと週末も、舞恋にショッピングへ誘われるか、あるいはレベッカに何かアクティビティを提案されるかのどちらかだと思っていた。

 けれどカヒンが言うには、オーストラリアでは毎週金曜日には誰もが夜の街へ繰り出して遊ぶのが一般的なのだという。

「Why don’t we go to the city?」

「え……?」

 一瞬だけ、文法がよくわからなかった。
 Whyから始まる疑問文だったので、最初は『なぜ◯◯しないのですか?』と聞かれているのだと思った。
 けれど、どうやら違うようだ。

 上手く訳せないのだけれど、でも多分、weとかgoとかcityとかいった単語が並んでいるということは、

(もしかして、一緒に街へ行こうって誘ってくれてる……?)

 そう思い当たった瞬間、私は顔から火が出そうだった。

 これってもしかして、デートのお誘い?

「Misaki?」

 たまらず俯いてしまった私の顔を、カヒンが隣から覗き込んでくる。

 やめて、そんな綺麗な顔を近づけないで。
 心臓がもたないから。

「……あ、I……」

 緊張で強張った喉はカラカラで、私は絞り出すようにして声を出す。

「I also……want to go with you……」

 私もあなたと行きたい、です。

 そんな返事を聞いたカヒンは、「Really?」と嬉しそうに笑った。



 また連絡するね、とお互いに約束して、私たちは別れた。

 彼の背中を見送りながら、私は言いようのない高揚感に包まれる。

 彼と、二人でお出掛けするんだ。

 これってやっぱり、デートってことになるのかな——なんて考えていると、ふとどこからか視線を感じた。
 何気なく振り返ってみると、

「あ」

 ちょうど犬の散歩から帰ってきたオリバーと目が合った。

 見られていたのだろうか。

「は……Hi, Oliver.」

 別に見られて困ることなど何もないはずだけれど、私はなんとなく恥ずかしくて、また赤くなってしまった。
 
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