2 / 49
第一章
幽霊
「ん、どうかしたの?」
きょとん、と首を傾げる高原の前で、狭野は口を半開きにしたまま固まっていた。
今、どう考えても物理的に不可能なことが起こった。
見間違いでなければ一瞬だけ、二人の少女の身体が重なって、そのまますり抜けたのだ。
「どうなってるんだ……? 僕の目がおかしいのかな。それとも、これは夢?」
「なに一人でぶつぶつ言ってんのよ。それより、ちゃんとベビーカステラは買っておいてくれた? ……って、その袋、一番小さいやつでしょ。中くらいのサイズにしてって言ったのに!」
高原は狭野の手元を見るなり、悲しそうな声を上げた。
「あれ、そうだっけ? でも、あんまりいっぱい食べると太るよ。カステラって結構カロリー高いし、むしろこれくらいの量にしておいて良かったんじゃない?」
悪びれもせずに狭野が言うと、高原は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「大きなお世話よ! あんたって本当にデリカシーがないんだから!」
そんな二人のやり取りを隣で眺めていた少女は、ふふっと可笑しそうに肩を震わせて笑った。
「二人とも、仲が良いのね」
そう言って慎ましやかに笑う彼女の姿に、狭野の視線は再び熱を帯びる。
「あ、いや。べつに仲良くなんてないよ。ただの幼馴染だし、いつもこれが普通っていうか」
「……笙悟、誰と話してるの?」
不思議そうに見つめてくる高原。
狭野は隣に立つ少女を指差して、
「この子のこと、見えてないの?」
あまり期待せずに聞いた。
「この子……? って、何それ。もしかして冗談のつもり? 誰もいないけど、幽霊が見えてるとかそういう設定?」
ぷっと笑いを堪えるように高原が言って、狭野は改めて隣の少女を見上げた。
(やっぱり、僕以外には見えないんだ)
容姿が優れていること以外、一見何の変哲もない中学生くらいの少女。その姿は狭野以外の人間には見えておらず、おそらくは触れることもできない。
実体がない。
ということは、やはり高原の言う通り、彼女は幽霊なのだろうか。
今まで自分に霊感があるなんて、自覚したことはなかったけれど。
「あなた、『しょうご』っていう名前なのね」
「えっ? あ、うん」
急に尋ねられて、思わず声がひっくり返りそうになった。
「そう……。良い名前ね」
彼女はそう呟きながら、優しげに目を細める。その眼差しは、まるで赤ん坊を見つめるときのような穏やかさに満ちていた。
「あっ! お囃子の音が聞こえるわ。神楽が始まったみたい」
と、高原の放ったその声で、狭野は再び我に返った。
耳を澄ませてみると、人々の喧騒に紛れて神楽囃子が聞こえてくる。和楽器を用いた日本古来のメロディが、その場一帯を神聖な雰囲気へと誘っていた。
毎年、こうして夏祭りの夜には、花火会場のすぐそばにある神社で神楽が披露される。
演者は主に神職の人間だが、場合によってはそれ以外の地元民が参加することもあった。
「早く見に行かなきゃ、龍臣の出番が終わっちゃうわ。ほら笙悟、急ぐわよ!」
「あっ、ちょっと。そんなに引っ張らないでよ!」
高原に無理やり手を引かれ、狭野は転びそうになりながらも音の聞こえる方へと向かっていく。
幽霊と思しき少女もついてくるだろうか、と後ろを振り返ってみれば、彼女はその場に留まって、小さく手を振っていた。
「それじゃあ、私はここで」
「えっ、来ないの? 一緒に見ようよ。神楽、そこそこ見応えはあるよ?」
正直に言えば、神楽自体にはそれほど興味はなく、ただ一緒に来て欲しいだけだったのだけれど。
しかしそんな思いは伝わらず、少女はゆっくりと首を横に振る。
「神楽は、ちょっと苦手なの。辛いことを思い出しちゃうから……。私の分まで、二人で楽しんできてね」
そう言った彼女の顔はどこか寂しげで、憂いのある微笑を浮かべていた。
どんどん遠くなるその姿から狭野は目を離せないでいたが、やがて視界を遮るように人が横切ると、その一瞬の内に、彼女は煙のように消えてしまったのだった。
あなたにおすすめの小説
あやかし警察おとり捜査課
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
日本語しか話せないけどオーストラリアへ留学します!
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
ライト文芸
「留学とか一度はしてみたいよねー」なんて冗談で言ったのが運の尽き。あれよあれよと言う間に本当に留学することになってしまった女子大生・美咲(みさき)は、英語が大の苦手。不本意のままオーストラリアへ行くことになってしまった彼女は、言葉の通じないイケメン外国人に絡まれて……?
恋も言語も勉強あるのみ!異文化交流ラブコメディ。
☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-
設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt
夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや
出張に行くようになって……あまりいい気はしないから
やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀
気にし過ぎだと一笑に伏された。
それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない
言わんこっちゃないという結果になっていて
私は逃走したよ……。
あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン?
ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
「四半世紀の恋に、今夜決着を」
星井 悠里
ライト文芸
赤ちゃんからの幼馴染との初恋が、ずっと、心の端っこにある。
高校三年のある時から離れて、もうすぐ25歳なのに。
そんな時、同窓会の知らせが届いた。
吹っ切らなきゃ。
同窓会は三か月後。
私史上、いちばん綺麗になって、けじめをつけよう。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。