神楽囃子の夜

紫音みけ🐾書籍発売中

文字の大きさ
7 / 49
第一章

再会

しおりを挟む
 
       ◯


 思わず目を疑った。

 幻ではないかと思った。

 いや、彼女が本当に幽霊だとしたら、その存在自体がすでに幻と言えるのかもしれない。

 狭野は祭り会場の真ん中で、視線の先の少女に心を奪われていた。

 水色の浴衣。
 ゆるく結い上げられた黒髪。
 赤く熟れた唇。

 この一年ものあいだ、毎日ノートに描き続けた少女の姿が、そこにあった。

 彼女は去年と同じように、ベビーカステラの屋台の列に並んでいる。横を向いているため、こちらの視線にはまだ気づいていない。

「ちょ、ちょっと笙悟。どうしたのよ。もしかして……また、見えてるの?」

 隣から高原の声が届く。けれど、構っている余裕はなかった。
 狭野はほとんど無意識のうちに足を踏み出して、まるで吸い寄せられるかのように、少女の元へと歩み寄った。

 やがてすぐ目の前、手を伸ばせば届く位置まで近づくと、おずおずと口を開く。

「あ、あのっ……」

 緊張のあまり、喉が震えた。

「キミ……幽霊だよね?」

 少女の注意を引くのと同時に、周囲の人間の視線まで集めてしまった。
 何か変なことを言っている奴がいる、という警戒の目だったが、狭野は気にしなかった。

 少女はゆっくりとこちらへ顔を向けると、その垂れ目がちな瞳をほんのりと丸くして狭野を見た。去年よりも少しだけ、目線の高さが近くなった気がする。

「幽霊?」

 彼女はきょとん、とした顔でしばらく狭野を見つめていたが、やがて、ぷっと吹き出すようにして笑った。

「幽霊……。うふふ。そうね、そういう設定もアリかもね」

「……へ?」

 設定? と、予想外のワードに狭野は戸惑った。
 一体どういう意味なのかと問いただすと、少女はクスクスと可笑しそうに笑いながら答える。

「だって、ここって夢の中でしょう? なら、私が幽霊の設定でもおかしくないなって。ふふっ。……あ、でも夢の中の人に言っても通じないか」

「ゆ、夢? なに言ってるの。これは夢なんかじゃ……」

「いいわ。私は幽霊。確かに、あなた以外の人には私の姿が見えていないみたいだし、そう言われた方が自然かも。それで、幽霊のお姉さんに何か用?」

 話が噛み合わない。
 どうやら彼女は、ここが夢の中であると思い込んでいるらしい。

(もしかして、自分がすでに死んでいることに気づいてないのか?)

 似たような話を、どこかで聞いたことがある。
 自分が死んだことを理解できない霊の魂は成仏もできず、いつまでもこの世を彷徨い続けるのだと。

 なら彼女は、もし自分が幽霊だと自覚したら、その瞬間に成仏して消えてしまうのだろうか。

(それは……)

 本来なら成仏をさせてあげるのが道理なのだろう。
 けれど狭野は、そうすることに気が進まなかった。

 彼女に、消えてほしくない。
 できるならこのまま、ずっとそばにいてほしい。

 およそ許されることではない身勝手な願いだとは思う。
 それでも、彼女のことを諦めることはできなかった。

 だから、

「あの……。僕のこと、覚えてない?」

 できるだけ刺激しないよう、彼女が生前のことを思い出さないように、狭野は細心の注意を払って言葉を選ぶ。

「あなたのこと? ……うーん、誰かしら。どこかで見たことがあるような気もするけれど。夢の中って、色んな記憶が混ざり合っていたりするものね」

 どうやら去年のことは覚えていないらしい。

「あっ、でも。どことなく小学校のときの先生に似てるかも?」

 そう言って、彼女はまた無邪気に笑った。
 彼女が楽しそうにしている姿を見られたのは良かったけれど、こちらのことを忘れてしまったという事実は素直にショックだった。
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

日本語しか話せないけどオーストラリアへ留学します!

紫音みけ🐾書籍発売中
ライト文芸
「留学とか一度はしてみたいよねー」なんて冗談で言ったのが運の尽き。あれよあれよと言う間に本当に留学することになってしまった女子大生・美咲(みさき)は、英語が大の苦手。不本意のままオーストラリアへ行くことになってしまった彼女は、言葉の通じないイケメン外国人に絡まれて……? 恋も言語も勉強あるのみ!異文化交流ラブコメディ。

白雪姫症候群~スノーホワイト・シンドローム~

紫音みけ🐾書籍発売中
恋愛
 幼馴染に失恋した傷心の男子高校生・旭(あさひ)の前に、謎の美少女が現れる。内気なその少女は恥ずかしがりながらも、いきなり「キスをしてほしい」などと言って旭に迫る。彼女は『白雪姫症候群(スノーホワイト・シンドローム)』という都市伝説的な病に侵されており、数時間ごとに異性とキスをしなければ高熱を出して倒れてしまうのだった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾書籍発売中
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】

彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。 高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。 (これが最後のチャンスかもしれない) 流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。 (できれば、春樹に彼女が出来ませんように) そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。 ********* 久しぶりに始めてみました お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

処理中です...