神楽囃子の夜

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!

文字の大きさ
13 / 49
第一章

未来

 
 何か、彼女は勘違いをしている――そう思った。

「ふふ。わかったわ。それじゃあ……未来人の私が、特別に教えてあげる」

 彼女はそう得意げに言って、にんまりとした笑みをこちらへさらに近づけた。

「私の生きている時代はね、『令和』っていうの」

「れいわ……?」

 聞いたことのない響きだった。

「令和は、平成の次の元号よ。明治、大正、昭和、平成、そして令和。あなたはまだ知らないよね」

 ふふっと上機嫌に彼女が笑う。

 狭野は言われたことの意味が理解できず、困惑の目を彼女へ向けた。

「平成の、次? って、どういうこと? だってキミは……僕の世界よりも、過去に生きていた人なんじゃないの?」

「あら。どうしてそう思うの? あなたの生きている時代って、きっと平成でしょう? 周りにいる人たちのファッションも、なんだか一昔前って感じがするもの」

 そう言って辺りをキョロキョロと興味深そうに見つめる彼女は、嘘を言っているようには見えない。

 彼女の生きる世界は、平成の次。
 ということは、彼女は過去の人ではなく、まさか未来に生きる人間だというのか。

「そっ……そんなはずないよ! だってキミは、ゆ――」

 幽霊、と思わず口にしかけて、寸でのところで踏み止まる。
 が、勢い余って身を乗り出した結果、バランスを崩した狭野の身体は目の前の少女の方へと倒れかかった。

「わっ」

「きゃっ! ……大丈夫?」

 倒れかけた狭野の両肩を、少女の細い腕が支えていた。

「ご、ごめん。大丈夫……」

 と、体勢を整えようとしたその瞬間、狭野はハッとあることに気づく。

(どうして、彼女の手が僕に触れているんだ……?)

 彼女は幽霊のはずだ。実体のない彼女の身体は、誰にも触れられるはずがない。
 けれど今、狭野の肩はまぎれもなく、目の前の少女によって支えられている。

 狭野は彼女に身体を預けたまま、恐る恐る顔を上げた。
 互いの息がかかる程の至近距離で、二人は視線を合わせた。

「キミはもしかして、本当は……」

 幽霊じゃないのか、と狭野が尋ねるよりも先に、今度は少女の方が口を開いた。

「……あなた、私の知ってる人に少しだけ似てる」

「え?」

「小学校のときの先生。別のクラスの担任だったけれど、私もすごくお世話になったの」

 狭野の顔をまじまじと見つめながら、まるで大切な思い出を語るときのように、穏やかな声で彼女は言った。

「あなたのその優しげな目尻、先生の笑ったときにそっくりだわ。『狭野先生』っていうの」

 どくん、と心臓が跳ねた。

「大好きだったわ。いつも優しくて……控えめな笑顔が素敵だった。自分のクラスの子じゃない私のことも、ずっと気にかけてくれてたの」

「……それって」

 同じ『狭野』という名前で、彼女を気にかけていた、顔のよく似た教師。

 偶然ではないと思った。
 直感というよりは、悪寒に近かったかもしれない。

 もしも彼女の生きる時代が本当に未来なのだとしたら、その教師というのはもしかして。

「その先生は今、どうしてるの……?」

 息を呑んで、狭野は尋ねた。

 空に花火が打ち上がる。
 連続的な破裂音と共に、人々の歓声が湧き起こる。

 少女は微笑を浮かべたまま、その可憐な瞳から、一筋の涙を流した。

 そうして、周囲の音に掻き消されてしまいそうな小さな声で、言った。

「亡くなったの。ちょうど一年前。去年の……花火大会が開催されるはずだった、この日に」
 
感想 6

あなたにおすすめの小説

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

日本語しか話せないけどオーストラリアへ留学します!

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
ライト文芸
「留学とか一度はしてみたいよねー」なんて冗談で言ったのが運の尽き。あれよあれよと言う間に本当に留学することになってしまった女子大生・美咲(みさき)は、英語が大の苦手。不本意のままオーストラリアへ行くことになってしまった彼女は、言葉の通じないイケメン外国人に絡まれて……? 恋も言語も勉強あるのみ!異文化交流ラブコメディ。

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

「四半世紀の恋に、今夜決着を」

星井 悠里
ライト文芸
赤ちゃんからの幼馴染との初恋が、ずっと、心の端っこにある。 高校三年のある時から離れて、もうすぐ25歳なのに。 そんな時、同窓会の知らせが届いた。 吹っ切らなきゃ。 同窓会は三か月後。 私史上、いちばん綺麗になって、けじめをつけよう。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。