神楽囃子の夜

紫音みけ🐾書籍発売中

文字の大きさ
20 / 49
第二章

予感

しおりを挟む
 
 雑木林に囲まれた、神社の入り口。
 音はその向こう側から聞こえる気がする。

 そのことに気づいたとき、霧島の脳裏に、ある光景が唐突にフラッシュバックした。

 暗い森の中。
 月の光さえ届かない闇夜の底で、一人の男が死んでいる。
 そこへどこからか笛や太鼓のような音が聞こえてきて、つられて見てみると、視線の先にはぽつんと鳥居が立っていた……。

 あの夢だ。
 霧島がこの街へ引っ越してきた頃から、時々見る不思議な夢。

 あの夢の中に出てくる場所と、いま川の向こうに見えている神社が、なんとなく似ているような気がする——と、そう思った瞬間。

「霧島?」

 すぐ後ろから声をかけられて、不意を突かれた霧島は飛び上がった。

「ひゃっ! ……さ、狭野先生っ?」

 振り返って見ると、そこにはいつのまにか、待ち侘びた人物が立っていた。

「何、してるの。こんな時間に……」

 珍しく、狭野は動揺しているようだった。手にしたカバンも下ろさないまま、呆然とこちらを見つめている。

「あ、あのねっ。私、今日はどうしても先生に会いたくて、その……ずっと待ってたの」

「僕に、会うために……?」

 さすがにこんな時間まで自分を待っているなんて思いもしなかったのだろう。彼は暗闇の中でもわかるくらいに目を見開いて、信じられないというような表情で固まっていた。

「うふふっ。驚いた?」

 霧島がおどけて聞く。

 無事に狭野の顔を見られたことで安心したのか、先ほどまでの恐怖心もいつのまにか消えていた。
 むしろその反動とでもいうように、胸の内は浮き足立っている。
 門限もとっくに過ぎたこんな夜更けに、こうして狭野と二人きりで会えたことがとても特別なことのような気がして、つい舞い上がっていたのだ。

 だから、気づかなかった。
 こちらを見つめる狭野の目が、ひどく険しい色をしていることに。

「……一体何を考えているんだ!」

 ぴしゃり、と雷のような怒号が降って、霧島は思わず身を強張らせた。

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。
 狭野が怒った、と理解するまで、数秒の間を要した。

「こんなひと気のない所で、こんな時間まで一人でいるなんて。何かあったらどうするつもりだったんだ? もし誰かに襲われても、こんな場所で助けを呼んだって誰も来てくれやしないよ」

 いつになく厳しい口調で責め立てられて、霧島は二の句が継げなかった。あの穏やかな狭野が、こんな風に激昂するなんて想像もしていなかった。

「……ご……ごめん、なさい」

 やがて震える声を絞り出すようにして霧島が謝ると、狭野は自らを落ち着かせるように小さく溜息を吐いた。

「……僕の方こそ、悪かったね。今回のことは僕に責任がある。家まで送っていくよ。キミのご両親にも、僕の方からちゃんと説明するから」

 そう言って、元きた道を戻ろうとする狭野の後ろを、霧島もトボトボとついていく。

 すぐ目の前にあるはずの狭野の背中が、なぜだか今はとても遠く感じられた。

 今後はもう、彼はこの場所へは来てくれないかもしれない——と、そんな予感が、霧島の胸を冷たく包み込んだ。


       ◯


 家に帰り着くと、その日はたまたま休みだった父が鬼の形相で出迎えた。どうやら母から狭野のことも聞いていたらしい。

 こんな遅くまで娘を連れ回すなんて! と、父は霧島の制止も聞かず、一方的に狭野へ非難を浴びせた。

 ひたすら頭を下げて謝罪する狭野の姿を、霧島は見ていることしかできなかった。
 何もできない歯痒さと、申し訳ないという気持ちと共に、やはり今後はもう彼に会わない方がいいのかもしれないという思いが湧き起こる。

 本当は、彼と離れたくない。
 あの河川敷でこれからもまた、何度でも会いたい。

 けれど、そんな幻想が叶うほど現実は甘くないということを、霧島も少しずつ認識し始める年頃になっていたのだった。
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】

彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。 高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。 (これが最後のチャンスかもしれない) 流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。 (できれば、春樹に彼女が出来ませんように) そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。 ********* 久しぶりに始めてみました お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾書籍発売中
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...