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第二章
予感
しおりを挟む雑木林に囲まれた、神社の入り口。
音はその向こう側から聞こえる気がする。
そのことに気づいたとき、霧島の脳裏に、ある光景が唐突にフラッシュバックした。
暗い森の中。
月の光さえ届かない闇夜の底で、一人の男が死んでいる。
そこへどこからか笛や太鼓のような音が聞こえてきて、つられて見てみると、視線の先にはぽつんと鳥居が立っていた……。
あの夢だ。
霧島がこの街へ引っ越してきた頃から、時々見る不思議な夢。
あの夢の中に出てくる場所と、いま川の向こうに見えている神社が、なんとなく似ているような気がする——と、そう思った瞬間。
「霧島?」
すぐ後ろから声をかけられて、不意を突かれた霧島は飛び上がった。
「ひゃっ! ……さ、狭野先生っ?」
振り返って見ると、そこにはいつのまにか、待ち侘びた人物が立っていた。
「何、してるの。こんな時間に……」
珍しく、狭野は動揺しているようだった。手にしたカバンも下ろさないまま、呆然とこちらを見つめている。
「あ、あのねっ。私、今日はどうしても先生に会いたくて、その……ずっと待ってたの」
「僕に、会うために……?」
さすがにこんな時間まで自分を待っているなんて思いもしなかったのだろう。彼は暗闇の中でもわかるくらいに目を見開いて、信じられないというような表情で固まっていた。
「うふふっ。驚いた?」
霧島がおどけて聞く。
無事に狭野の顔を見られたことで安心したのか、先ほどまでの恐怖心もいつのまにか消えていた。
むしろその反動とでもいうように、胸の内は浮き足立っている。
門限もとっくに過ぎたこんな夜更けに、こうして狭野と二人きりで会えたことがとても特別なことのような気がして、つい舞い上がっていたのだ。
だから、気づかなかった。
こちらを見つめる狭野の目が、ひどく険しい色をしていることに。
「……一体何を考えているんだ!」
ぴしゃり、と雷のような怒号が降って、霧島は思わず身を強張らせた。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
狭野が怒った、と理解するまで、数秒の間を要した。
「こんなひと気のない所で、こんな時間まで一人でいるなんて。何かあったらどうするつもりだったんだ? もし誰かに襲われても、こんな場所で助けを呼んだって誰も来てくれやしないよ」
いつになく厳しい口調で責め立てられて、霧島は二の句が継げなかった。あの穏やかな狭野が、こんな風に激昂するなんて想像もしていなかった。
「……ご……ごめん、なさい」
やがて震える声を絞り出すようにして霧島が謝ると、狭野は自らを落ち着かせるように小さく溜息を吐いた。
「……僕の方こそ、悪かったね。今回のことは僕に責任がある。家まで送っていくよ。キミのご両親にも、僕の方からちゃんと説明するから」
そう言って、元きた道を戻ろうとする狭野の後ろを、霧島もトボトボとついていく。
すぐ目の前にあるはずの狭野の背中が、なぜだか今はとても遠く感じられた。
今後はもう、彼はこの場所へは来てくれないかもしれない——と、そんな予感が、霧島の胸を冷たく包み込んだ。
◯
家に帰り着くと、その日はたまたま休みだった父が鬼の形相で出迎えた。どうやら母から狭野のことも聞いていたらしい。
こんな遅くまで娘を連れ回すなんて! と、父は霧島の制止も聞かず、一方的に狭野へ非難を浴びせた。
ひたすら頭を下げて謝罪する狭野の姿を、霧島は見ていることしかできなかった。
何もできない歯痒さと、申し訳ないという気持ちと共に、やはり今後はもう彼に会わない方がいいのかもしれないという思いが湧き起こる。
本当は、彼と離れたくない。
あの河川敷でこれからもまた、何度でも会いたい。
けれど、そんな幻想が叶うほど現実は甘くないということを、霧島も少しずつ認識し始める年頃になっていたのだった。
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