神楽囃子の夜

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!

文字の大きさ
25 / 49
第二章

歴史

 
       ◯


 次の休みになると、高原は一度電話で神社の方に問い合わせてみた。
 できれば祓川と直接コンタクトを取りたかったのだが、個人的な連絡先はわからない。

 子どもの頃であれば、適当な時間帯に境内を捜し回れば彼の姿を見つけることができたが、今や大人になった彼があの時のように雑用ばかり任されているとは思えない。
 きっと今ごろは神社の跡取りとして、重要な仕事も任されるようになって多忙を極めているだろう。

 案の定、電話に出た受付の女性に尋ねてみれば、今日中に彼と個人的に会うのは難しいという返答があった。

(まあ、そりゃそうよね。お互いにもう、いい大人なんだから)

 いつのまにか遠い存在となってしまった彼に若干の寂しさを感じながら、高原は通話を終えた。
 やはり立場が立場なだけに、そう簡単に都合をつけることはできないのだろう。

 さてどうしたものか、と頭を巡らせているうちに、手にしたスマホがブルブルと震えた。

 すかさず画面を見てみると、知らない携帯番号からの着信があった。
 もしやと思い、高原は再びそれを耳に当てる。

「もしもし?」

「高原か?」

 男性の声だった。

「……もしかして、龍臣?」

 久方ぶりに聞いた声。もう何年も疎遠になっていた彼の声は、いつのまにか男らしい深みのある響きを持っていた。

「すまない。せっかく連絡をもらったのに、今日は予定が立て込んでいて……」

「ああ、いいのよ! 私の方こそ、いきなり連絡してごめんなさい。忙しいのはわかってたから」

 多忙の中、わざわざ返事をさせてしまったことに高原は罪悪感を覚えた。あまり長話をすると迷惑になると思い、また改めて連絡すると言って通話を切ろうとすると、

「待ってくれ」

 と、意外にも引き留めたのは祓川の方だった。

「夜の七時、十九時以降なら、時間が作れるかもしれないんだ。いや、必ず都合をつける。だから君さえ良ければ……今夜、会えないか?」

 願ってもない申し出だった。
 要らぬ気を遣わせてしまっただろうか、と高原は心苦しく思ったが、しかしせっかくのチャンスを逃す手はない。

「私は大丈夫。明日も休みだし、あなたさえ良ければ、何時になっても構わないわ」

 高原が言うと、スピーカーの向こうから、祓川のほっと息を吐く小さな音が聞こえた気がした。


       ◯


 夜まで暇になってしまったため、今のうちに何か調べられるものはないかと、高原はひとまず図書館へと向かった。

 あそこには確か、郷土資料を集めた部屋が地下にあったはずだ。小学生の頃、社会科見学で一度だけその部屋を訪れた覚えがある。

 普段から一般人が出入りできる場所なのかどうかはわからない。
 だが直接行って確かめてみると、そこの館長だという初老の男性は二つ返事で入室の許可をくれたのだった。

「本当はもっと気軽に閲覧できる場所に並べておきたいんですけれどね。なにせ貴重な資料ですから、盗難や破損防止のためにもこうして隔離してあるんですよ」

 そう落ち着いた声で説明しながら、男性は高原を連れて階段を下りていく。
 件の部屋に続く通路は関係者以外立入禁止となっており、館長である彼の許可を得て初めてそこを通れるようになっているらしかった。

「なんだかすみません。私一人のために、お手間を取らせてしまって」

「いえいえ。街の歴史について興味を持ってもらえるのは、やはり嬉しいことですからね。特に仕事以外のプライベートでここの資料を見にくる人は珍しいですから。……ああ。例外として一人だけ、子どもの頃から何度も訪ねてくるような物好きな子もいましたけれど」

 どこか懐かしい記憶を思い出すように言った彼の言葉に、高原が反応した。

「その子どもって、もしかして……狭野という名前の男の子じゃないですか?」

「おや。笙悟くんとお知り合いでしたか」

 男性の反応に、高原はやはり、と思った。

 どうやら狭野も、以前からここで調べ物をしていたらしい。彼があの神社の神様について詳しく知っていたのも、きっとそのためだろう。

 狭野とは幼馴染だということを高原が告げると、男性は嬉しそうに笑って驚いていた。

「笙悟くんには、昔から色々と驚かされましてね。子どもの頃からこの部屋を一人で訪れていたのもそうですが……何よりあの子は、不思議な力を持っていましたからね」

「不思議な力?」

「ご存知ありませんか?」

 高原が首を傾げていると、男性は少しだけ照れ臭そうに、「あまり現実的な話じゃないんですけどね」と前置きしてから言った。

「笙悟くんには、未来を予知する能力があるんですよ」

 それを聞いて、高原が真っ先に思い出したのは例の幽霊の存在だった。

 霧島と同じ姿をしているというその幽霊の少女は、狭野の未来を予言し、彼に死の宣告をしたという。
 その話が本当なら、彼女との会話の中で、狭野はいくらでも未来の出来事を知ることができたのではないだろうか。

「彼のおかげで、私も命拾いしましてね。……もう何年も前になりますが、当時、私は諸用で地方に行く予定がありまして。事前に笙悟くんとその話をしたんですが、彼は私に行くなと言ったんです。大きな地震が来るから危ないと。最初は私も冗談だと思っていたんですが、彼があまりにも必死に引き止めるので、仕方なく時期をずらしたんです。そうすると、本当に大きな地震があって……」

 当時のことを思い出すように、男性はどこか遠い目をして言った。

「まさか本当に、予言が現実になるとは思いませんでした。……笙悟くんにはきっと、神様の加護がついているんでしょう。この地に伝わる古い神様は、未来を予言し、人々を災いから守ってきたと言われていますから」

 高原は反論したかった。
 加護だなんて、そんな生易しいものではない。

 高原からすれば、あの幽霊のせいで狭野の人生は振り回されているようにしか見えなかった。

「ああ、それから。今日は珍しく先客がいるんですよ」

「……えっ?」

 出し抜けにそんなことを言われて、高原は反応が遅れた。

 ちょうど例の部屋に着いたらしく、男性はゆっくりと入口の扉を開ける。
 そうして奥に見えた部屋は、記憶にあるほど広くはなかった。およそ八畳ほどの空間に、本棚がびっしりと壁際に並んでいる。

 そして、それらに見下ろされるようにして、部屋の真ん中には一つの長テーブルがあった。
 先客は、その傍らの椅子にちょこんと座っている。

「! あなたは……」

 そこに見えた顔に、高原はギョッとした。

 十代前半の、まだあどけなさの残る可憐な少女だった。肩まで伸びるサラサラの黒髪に、白い肌に赤い唇。
 彼女は一度上品に瞬きしてから、ゆっくりと高原の方へ視線を向けた。

「……高原先生?」

 鈴を転がしたような、愛らしい声が部屋に反響した。

 そこにいたのは、高原の担当するクラスの女子児童——霧島御琴だった。
 
感想 6

あなたにおすすめの小説

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

日本語しか話せないけどオーストラリアへ留学します!

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
ライト文芸
「留学とか一度はしてみたいよねー」なんて冗談で言ったのが運の尽き。あれよあれよと言う間に本当に留学することになってしまった女子大生・美咲(みさき)は、英語が大の苦手。不本意のままオーストラリアへ行くことになってしまった彼女は、言葉の通じないイケメン外国人に絡まれて……? 恋も言語も勉強あるのみ!異文化交流ラブコメディ。

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

「四半世紀の恋に、今夜決着を」

星井 悠里
ライト文芸
赤ちゃんからの幼馴染との初恋が、ずっと、心の端っこにある。 高校三年のある時から離れて、もうすぐ25歳なのに。 そんな時、同窓会の知らせが届いた。 吹っ切らなきゃ。 同窓会は三か月後。 私史上、いちばん綺麗になって、けじめをつけよう。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。