神楽囃子の夜

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第二章

歴史

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       ◯


 次の休みになると、高原は一度電話で神社の方に問い合わせてみた。
 できれば祓川と直接コンタクトを取りたかったのだが、個人的な連絡先はわからない。

 子どもの頃であれば、適当な時間帯に境内を捜し回れば彼の姿を見つけることができたが、今や大人になった彼があの時のように雑用ばかり任されているとは思えない。
 きっと今ごろは神社の跡取りとして、重要な仕事も任されるようになって多忙を極めているだろう。

 案の定、電話に出た受付の女性に尋ねてみれば、今日中に彼と個人的に会うのは難しいという返答があった。

(まあ、そりゃそうよね。お互いにもう、いい大人なんだから)

 いつのまにか遠い存在となってしまった彼に若干の寂しさを感じながら、高原は通話を終えた。
 やはり立場が立場なだけに、そう簡単に都合をつけることはできないのだろう。

 さてどうしたものか、と頭を巡らせているうちに、手にしたスマホがブルブルと震えた。

 すかさず画面を見てみると、知らない携帯番号からの着信があった。
 もしやと思い、高原は再びそれを耳に当てる。

「もしもし?」

「高原か?」

 男性の声だった。

「……もしかして、龍臣?」

 久方ぶりに聞いた声。もう何年も疎遠になっていた彼の声は、いつのまにか男らしい深みのある響きを持っていた。

「すまない。せっかく連絡をもらったのに、今日は予定が立て込んでいて……」

「ああ、いいのよ! 私の方こそ、いきなり連絡してごめんなさい。忙しいのはわかってたから」

 多忙の中、わざわざ返事をさせてしまったことに高原は罪悪感を覚えた。あまり長話をすると迷惑になると思い、また改めて連絡すると言って通話を切ろうとすると、

「待ってくれ」

 と、意外にも引き留めたのは祓川の方だった。

「夜の七時、十九時以降なら、時間が作れるかもしれないんだ。いや、必ず都合をつける。だから君さえ良ければ……今夜、会えないか?」

 願ってもない申し出だった。
 要らぬ気を遣わせてしまっただろうか、と高原は心苦しく思ったが、しかしせっかくのチャンスを逃す手はない。

「私は大丈夫。明日も休みだし、あなたさえ良ければ、何時になっても構わないわ」

 高原が言うと、スピーカーの向こうから、祓川のほっと息を吐く小さな音が聞こえた気がした。


       ◯


 夜まで暇になってしまったため、今のうちに何か調べられるものはないかと、高原はひとまず図書館へと向かった。

 あそこには確か、郷土資料を集めた部屋が地下にあったはずだ。小学生の頃、社会科見学で一度だけその部屋を訪れた覚えがある。

 普段から一般人が出入りできる場所なのかどうかはわからない。
 だが直接行って確かめてみると、そこの館長だという初老の男性は二つ返事で入室の許可をくれたのだった。

「本当はもっと気軽に閲覧できる場所に並べておきたいんですけれどね。なにせ貴重な資料ですから、盗難や破損防止のためにもこうして隔離してあるんですよ」

 そう落ち着いた声で説明しながら、男性は高原を連れて階段を下りていく。
 件の部屋に続く通路は関係者以外立入禁止となっており、館長である彼の許可を得て初めてそこを通れるようになっているらしかった。

「なんだかすみません。私一人のために、お手間を取らせてしまって」

「いえいえ。街の歴史について興味を持ってもらえるのは、やはり嬉しいことですからね。特に仕事以外のプライベートでここの資料を見にくる人は珍しいですから。……ああ。例外として一人だけ、子どもの頃から何度も訪ねてくるような物好きな子もいましたけれど」

 どこか懐かしい記憶を思い出すように言った彼の言葉に、高原が反応した。

「その子どもって、もしかして……狭野という名前の男の子じゃないですか?」

「おや。笙悟くんとお知り合いでしたか」

 男性の反応に、高原はやはり、と思った。

 どうやら狭野も、以前からここで調べ物をしていたらしい。彼があの神社の神様について詳しく知っていたのも、きっとそのためだろう。

 狭野とは幼馴染だということを高原が告げると、男性は嬉しそうに笑って驚いていた。

「笙悟くんには、昔から色々と驚かされましてね。子どもの頃からこの部屋を一人で訪れていたのもそうですが……何よりあの子は、不思議な力を持っていましたからね」

「不思議な力?」

「ご存知ありませんか?」

 高原が首を傾げていると、男性は少しだけ照れ臭そうに、「あまり現実的な話じゃないんですけどね」と前置きしてから言った。

「笙悟くんには、未来を予知する能力があるんですよ」

 それを聞いて、高原が真っ先に思い出したのは例の幽霊の存在だった。

 霧島と同じ姿をしているというその幽霊の少女は、狭野の未来を予言し、彼に死の宣告をしたという。
 その話が本当なら、彼女との会話の中で、狭野はいくらでも未来の出来事を知ることができたのではないだろうか。

「彼のおかげで、私も命拾いしましてね。……もう何年も前になりますが、当時、私は諸用で地方に行く予定がありまして。事前に笙悟くんとその話をしたんですが、彼は私に行くなと言ったんです。大きな地震が来るから危ないと。最初は私も冗談だと思っていたんですが、彼があまりにも必死に引き止めるので、仕方なく時期をずらしたんです。そうすると、本当に大きな地震があって……」

 当時のことを思い出すように、男性はどこか遠い目をして言った。

「まさか本当に、予言が現実になるとは思いませんでした。……笙悟くんにはきっと、神様の加護がついているんでしょう。この地に伝わる古い神様は、未来を予言し、人々を災いから守ってきたと言われていますから」

 高原は反論したかった。
 加護だなんて、そんな生易しいものではない。

 高原からすれば、あの幽霊のせいで狭野の人生は振り回されているようにしか見えなかった。

「ああ、それから。今日は珍しく先客がいるんですよ」

「……えっ?」

 出し抜けにそんなことを言われて、高原は反応が遅れた。

 ちょうど例の部屋に着いたらしく、男性はゆっくりと入口の扉を開ける。
 そうして奥に見えた部屋は、記憶にあるほど広くはなかった。およそ八畳ほどの空間に、本棚がびっしりと壁際に並んでいる。

 そして、それらに見下ろされるようにして、部屋の真ん中には一つの長テーブルがあった。
 先客は、その傍らの椅子にちょこんと座っている。

「! あなたは……」

 そこに見えた顔に、高原はギョッとした。

 十代前半の、まだあどけなさの残る可憐な少女だった。肩まで伸びるサラサラの黒髪に、白い肌に赤い唇。
 彼女は一度上品に瞬きしてから、ゆっくりと高原の方へ視線を向けた。

「……高原先生?」

 鈴を転がしたような、愛らしい声が部屋に反響した。

 そこにいたのは、高原の担当するクラスの女子児童——霧島御琴だった。
 
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