28 / 49
第二章
迷信
「それでね、ここからは落ち着いて聞いてほしいんだけど……あのときに笙悟が捜していた幽霊がね、今、私の担当するクラスにいるの」
そう高原が言って、祓川はすぐに理解ができなかった。
「あっ。私ね、いま小学校で教師をやってるの」
高原は慌ててそう付け加えたが、祓川が疑問に思ったのはそこではなかった。
「幽霊が、何だって?」
およそ現実的ではない話を、高原は語った。
昔、狭野が捜していたという幽霊の少女。彼女は一年に一度、夏祭りの夜になると狭野の前に現れて、未来の予言をするという。
「私のクラスに転校してきた女の子がね、その幽霊の姿にそっくりなの。それに名前も同じで。ただの偶然だとは思えないのよ。……こういう不思議なお話って、あなたの神社に祀られている神様の、言い伝えの中にもあるんでしょう? だから、何か関係があるんじゃないかと思って——」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
あまりにも話が飛躍しすぎていて、祓川は困惑した。
「確かに、部分的に似たような言い伝えはある。神様が未来の災いを予言したり、この世の者以外の姿で人々の前に現れたり、そういった話は確かにある。けれどそれは……あくまでも迷信だ」
当たり前のことを、祓川は高原に言って聞かせた。
神職の自分が言うのも何だが、神様というのは人間の信心の上に成り立つものであり、人々の生活に物理的に干渉してくるような存在ではない。
「君だってわかっているはずだろう。もともと君は、幽霊や神様なんていう存在は信じない方だったはずだ。なのになぜ、そんなものを必死になって調べているんだ?」
この世に存在するはずのない不確かなものを追い求めるなんて、彼女らしくない。
高原もそれを自覚しているのか、祓川の反応を否定せず、どこか迷っているような表情で視線を落とした。
だが、彼女がここまで必死になる理由なんて一つしかないことを、祓川は知っている。
「狭野のためか?」
祓川が聞くと、高原は再び顔を上げた。
「狭野のためだから、そんなにも必死なのか? ……君は今も、狭野のことが好きなんだろう」
指摘された途端に、わかりやすく高原の表情が強張った。きっと、今この場が昼のように明るければ、彼女の頬は真っ赤に染まっているのが見えただろう。
「……ば、バレちゃってるのね」
言い逃れはできないと察したのか、彼女は観念するように苦笑した。
子どもの頃からわかっていた。
彼女の心はいつだって、狭野のことばかり求めていた。
けっして振り向こうとはしない彼のことを、ずっと。
だから、
「……いい加減に、諦めたらどうなんだ?」
「え?」
祓川はついに痺れを切らして、言った。
「君だって、薄々わかっているんじゃないのか。子どもの頃からずっと想いを寄せていた相手が、大人になった今でさえ振り向いてくれないんだ。なら、この先もきっとその関係は変わらない。これ以上追い求めたところで、君が不幸になるだけだ」
残酷な言葉だった。
きっと、高原の心をこれ以上に傷つけるものはないだろう。
そしてこの言葉は同時に、祓川自身にも突き刺さるものでもあった。
どれだけ恋焦がれても振り向いてもらえない人間の気持ちは、彼自身も痛いほどに知っていた。
だからこそ、彼女がこれ以上傷つくところを見たくはなかったのだ。
高原はしばらく呆然としたように祓川を見つめていたが、やがてくしゃりと顔を歪ませたかと思うと、その瞳からぽろぽろと涙を流し始めた。
また、泣かせてしまった。
もしかすると、さっきまで泣いていたのも狭野がらみのことなのかもしれない。
ひどく悲しげな顔をする彼女の心は、相当追い詰められているようだった。
先程の、今にも川に飛び込んでしまいそうだった雰囲気を思い出すと、このまま放っておくのは危険な気がする。
「……すまない。泣かせたかったわけじゃないんだ。俺はただ」
「いいの。全部、わかってるから。……それに」
高原は小さく嗚咽を繰り返しながら、その合間合間で、か細い声を絞り出す。
「私は……悲しくて泣いているんじゃないの。ただ、自分のことが、怖くて」
「怖い?」
彼女の口から意外な言葉が漏れ、その先を聞き逃さまいと、祓川は耳を澄ませる。
「私ね、さっき……最低なことを、考えちゃった」
彼女が言うには、今日の昼間、彼女は例の幽霊とそっくりな少女とたまたま顔を合わせたという。
少女は狭野のことを慕っていて、その子もまた高原と同じように、狭野のために調べ物をしていたらしい。
「すごく可愛い子で、健気で、純粋で……。笙悟が一目惚れしちゃったのも、無理はないなあって思ったの。私なんかじゃ、絶対に勝てっこない。だから、あの子のことを、私は……——この子さえいなければ良かったのにって、思っちゃった……」
罪悪感に苛まれ、懺悔する高原の声を、祓川は静かに聞いていた。
「私って、ひどい女でしょう? あの子には、何の罪もないのに……。八つ当たりみたいなことして、本当に最低な女。だから私は、自分のことが嫌になって、怖くなって……」
「それで、こんな場所で泣いていたのか」
高原がなぜ、この場所を選んだのかはわからない。
祓川との約束があったから、そのために神社のそばを選んだのかもしれない。
けれど祓川には、彼女がここを選んだのは、あの川に身を投げようとしていたからではないかという疑念が拭えなかった。
目の前で静かに泣き続ける彼女を抱きしめることもできず、祓川はただやるせない気持ちに打ちひしがれていた。
なぜ、彼女がこんなにも辛い思いをしなければならないのだろう。
(高原。君を苦しめているのは、むしろ……)
脳裏で、もう一人の幼馴染の顔が浮かぶ。
狭野笙悟。
子どもの頃からずっと、高原の隣には彼がいた。
(狭野がいなければ、君は……もっと自由に生きられたんじゃないのか)
氷のように冷たい感情が、祓川の胸を支配する。
(狭野さえいなくなれば、君はもっと……)
その思考に至ったとき。
祓川は己の中に、冷酷無情な鬼を見た気がした。
あなたにおすすめの小説
あやかし警察おとり捜査課
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
日本語しか話せないけどオーストラリアへ留学します!
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
ライト文芸
「留学とか一度はしてみたいよねー」なんて冗談で言ったのが運の尽き。あれよあれよと言う間に本当に留学することになってしまった女子大生・美咲(みさき)は、英語が大の苦手。不本意のままオーストラリアへ行くことになってしまった彼女は、言葉の通じないイケメン外国人に絡まれて……?
恋も言語も勉強あるのみ!異文化交流ラブコメディ。
☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-
設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt
夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや
出張に行くようになって……あまりいい気はしないから
やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀
気にし過ぎだと一笑に伏された。
それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない
言わんこっちゃないという結果になっていて
私は逃走したよ……。
あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン?
ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
「四半世紀の恋に、今夜決着を」
星井 悠里
ライト文芸
赤ちゃんからの幼馴染との初恋が、ずっと、心の端っこにある。
高校三年のある時から離れて、もうすぐ25歳なのに。
そんな時、同窓会の知らせが届いた。
吹っ切らなきゃ。
同窓会は三か月後。
私史上、いちばん綺麗になって、けじめをつけよう。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。