神楽囃子の夜

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第三章

手紙

 
       ◯


 空は燃えるように赤かった。

 黄昏時。普段よりも早めに仕事を切り上げた狭野は、ひとり例の河川敷を訪れていた。
 まだ陽の光が残るこの時間帯にここへ来るのは、実に数ヶ月ぶりとなる。

 以前、霧島とその両親に迷惑をかけてしまった手前、彼女が滞在している可能性のある時間帯にここを訪れるのは躊躇われた。もしも彼女と鉢合わせでもしたら、そのときはまた要らぬ期待を抱かせてしまうかもしれない。

 とはいえ、彼女がまたあのような遅い時間までここで待っている心配もあったため、狭野はその確認のためにも、完全に日が暮れてからここを訪れるようにしていた。

 穏やかな川のせせらぎを耳にしながら、ふと視線を上げると、向こう岸の土手を登った先には雑木林が見えた。
 その入口には、まるで狭野の来訪を待ち侘びるかのようにして、赤い鳥居がぽつんと建っている。

 あの奥に、祓川がいる。

 今日の昼間、学校の廊下で彼と顔を合わせたときは少しだけ驚いたけれど、全くの予想外というわけではなかった。
 そろそろ来る頃かと予想はしていた。
 いつのまにか大人へと成長した彼の姿を目にした瞬間、ああ、ついにこのときが来たのだと覚悟した。

 狭野はその場にカバンを下ろすと、中から例の手紙を取り出した。先ほど、職員室の前で霧島からもらったものだ。
 ファンシーな便箋の見た目とは裏腹に、きっと中に書かれている内容は重苦しいものだろう。

 いたいけな少女を不安がらせてしまっている事実に罪悪感を覚えつつ、狭野はゆっくりと手紙を開いた。

『狭野先生へ。こんなこと、私が言っていいのかわからないけど』

 いかにも女の子らしい丸みを帯びた字で、彼女の必死な思いがそこに綴られていた。

『いまの私には、こうして伝えることぐらいしかできないから』

 狭野の予想していた通り、そこに書かれていたのは、鬼の役を辞退してほしいという内容だった。

『うまく言えないけど、すごくイヤな予感がするの』

 あの夏祭りの神楽が怖いという彼女の、その必死の訴えを目にして、狭野はたまらず頭上の赤い空を仰いだ。

 今の彼女は、一体どこまで知っているのだろう?

 できることなら、彼女をこれ以上巻き込みたくはない。

 狭野は再び視線を下ろすと、今度は自分の足元を見下ろした。
 チクチクとした雑草が生い茂るこの土手で、子どもの頃、狭野はあの幽霊の少女の予言を聞いた。

 ——亡くなったの。ちょうど一年前……花火大会が開催されるはずだった、この日に。

 記憶の中の少女は、霧島にそっくりだった。
 水色の浴衣を着て、自らを中学一年生だと言っていた彼女の姿は、今の彼女よりも少しだけ大人びていた。

 ——花火は中止になっちゃったけど、神楽は行われたの。狭野先生は、鬼の役を演じていたわ。あの役って、刀でいっぱい叩かれるでしょう? だからいつもは、模造刀を使ってるって聞いてた。でもあの日だけは……刀は本物だったの。

 幽霊の少女はその目に涙を浮かべながら、当時の様子を鮮明に語った。

 本来ならば剥き身で使用されるはずの刀が、なぜかその日は鞘に収まったままだった。
 そうして神楽の演目が終盤に差し掛かったとき、ついに刀は鞘から引き抜かれた。

 ぎらりと光る切先は、狭野をまっすぐに捉えていて、

 ——先生はあの日、あの神社の宮司様に……本物の日本刀で、胸を一突きにされて殺されたの。

 初めてその事実を聞かされたときの衝撃を、狭野は今でも覚えている。

 あの祓川に自分が殺されるのかと思うと、狭野は恐怖を感じるよりも先に、悲しみと、寂しさに胸を締め付けられるのだった。
 
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