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第三章
約束
この場所で彼と顔を合わせるのはいつぶりだろう。最後に会ったのは去年の夏祭りよりも前だったから、かれこれ一年近く経つだろうか。
「どうしたの、こんな時間まで。そろそろ日が暮れてしまうよ」
相変わらず、彼はこちらの心配ばかりする。
自分の身に危険が迫っていることをずっと前から知っていたくせに、そんなことは今までおくびにも出さなかった。
「……先生は、最初から知ってたんでしょう? 私のことも、今年の夏祭りのことも」
震える声で霧島が聞くと、狭野はすぐに察しがついたらしい。
彼はほんの少しだけ間を置いてから、
「キミが教えてくれたんだ」
と、どこか観念したように言った。
「違うわ。あれは私じゃない。神様だよ。だって、先生がそんなことになるって知ってたら、私は絶対に先生に鬼の役なんてさせなかったもの」
あの少女は全てを知っていながら、ただその事実を伝えるだけだった。一年に一度、死の宣告だけをするその姿は、さながら死神のようでもあった。
「先生だって、どうして鬼の役を辞退しないの? 今日だって、これから神楽の練習をしに行くんでしょ。あの神社で、宮司様と一緒に」
最近になって狭野が度々あの神社へ通っていることは、風の便りで聞いていた。
自分を殺そうとしている相手と一緒に、自分が殺されるための神楽を舞うなんて、なぜそんなことができるのか、霧島には理解ができなかった。
「あの神楽のせいで、先生は死んじゃうんでしょ。なら、鬼の役なんてやらなければいいじゃない。あの神社の神様はずっと、そのことを伝えてきたんじゃないの? 先生が死なないように、未来を教えてくれたんでしょ?」
神様は未来を予言し、人々を災いから護ると言われている。
だが、
「神様が護ろうとしているのは、多分……僕のことじゃないと思う」
「え?」
意外な言葉が狭野の口から出て、霧島は面食らった。
「どういうこと? だって神様はずっと、先生に会いに来ていたんでしょう? 先生を助けたいわけじゃなかったんだとしたら、どうして」
「それを確かめるためにも、僕はあの神楽を舞わなきゃいけない」
そう断言する彼の目は、すでに覚悟の決まった人のそれだった。
「神様には二面性がある。人々にご利益を授ける優しい面と、恐ろしい災いを引き起こす側面。ある者には祝福を、またある者には災いを。この二つは、全く別の性質のように見えて、実は全く同じ一つの事象なんだ。それぞれ別物のように見えるのは、僕ら人間が、見る角度によって捉え方が変わるからなんだ」
「見る、角度……?」
どこか抽象的な話に、霧島は困惑した。
「どんな物事にも、二面性がある。誰かに幸せが訪れたとき、その裏では誰かが傷ついているかもしれない。それを、神様は僕に教えてくれていたのかもしれない……。だから僕は、神様が伝えたかった本当のことを、この目で確かめたいんだ」
この十数年間、おそらくは一人で抱え込んで、悩み、導き出した答え。
彼の声に、もはや迷いはなかった。
きっと霧島が何を言っても、その決意は揺るがないだろう。それを感じ取った瞬間、霧島は己の無力さを改めて自覚した。
だから、せめて。
「……当日の神楽は、私も見に行っちゃだめ?」
そばで見守っていたい、と思った。
「神事のあいだは、境内への立ち入りが規制されてる。さすがに、キミを一緒に連れて行くわけにはいかないよ」
「じゃあ……。私、外で待ってる。この河川敷で」
少しでも近くで、彼の無事を祈っていたかった。
「ここで? それは駄目だよ。神楽が行われるのは夜だし、当日は夏祭りも花火大会もないんだから、真っ暗になってしまう。こんな場所に一人でいたら危ないよ」
「危ないことをしようとしてるのは、先生の方でしょ!」
霧島が声を荒げると、狭野はわずかに身を強張らせたのがわかった。
「いつもいつも、私の心配ばっかりして。たまには、自分の心配もしてよ。私は、こんなにも先生のこと心配してるのに!」
半ば八つ当たりするように言っている内に、たまらず熱くなった目元から、勝手に涙が流れてきた。両手で拭っても、それは止めどなく溢れてくる。
「誰に何を言われても、私は、ここで先生のことを待ってる……。だから、お願い。死なないで……狭野先生」
嗚咽が止まらず、みっともなくしゃくり上げていると、その震える両肩に、狭野はそっと手を添えて言った。
「……わかった。ぜんぶ終わったら、必ずキミを迎えにいくよ」
その返事に小さな希望を見出して、霧島はゆっくりと顔を上げる。涙の膜が張った視界の先で、狭野の控えめな笑顔が見えた。
「……約束、だよ。狭野先生」
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