47 / 49
第三章
思い出
「うるさい! 俺のことなんかどうだっていいだろう!」
この期に及んで、一体何の心配をしているのか。
「どうでもよくなんかないよ。……キミが幸せになれなかったら、舞鼓が悲しむ」
それを耳にした瞬間、記憶の片隅で彼女が微笑んだ。
——あなたもよ、龍臣。あなたも幸せにならなくちゃ。
わかっている。
彼女はそういう人だ。
「祓川。キミが不幸になったら……何も意味がない。舞鼓を幸せにしたいのなら、キミも幸せにならなきゃ」
「黙れ! もとはといえば君がいたからじゃないか!」
荒ぶる感情に任せて、祓川はついに刀を抜いた。
そしてその鋭い切っ先を、狭野の喉元へと突きつける。
これで全てを終わらせる。
狭野の呪縛から、高原を解き放つ。
今ここで彼を殺せば、彼女は自由になれる——そう、わかっているはずなのに。
なぜか、手の震えが止まらない。
「君は後悔していないのか、狭野。俺と関わらなければ、俺のことなんか放っておけば、こうして俺に殺されることもなかったんだぞ」
「それだと……キミの気が晴れないでしょ」
「なぜ情けをかける。こんな醜い人間に。俺は、君を殺そうとしているんだぞ! なのに、どうして」
手汗で滑りそうになる柄を、固く握り直す。
狭野は割れた面の隙間から、わずかに和らいだ目をこちらに向けながら答えた。
「……友達だから」
トモダチ。
およそ祓川とは無縁の言葉だった。
けれど、無縁であるはずのその言葉を、子どもの頃にどこかで耳にしたことがある。
——祓川って、友達思いなんだね。
あの日だ。
三人がまだ小学生だった時分。祓川は父に黙って、狭野と高原を宝物殿へと招き入れた。
あのとき狭野は、あろうことか祓川のことを『友達思い』などと評したのだ。
幼い頃から神に仕え、友達など作れなかった自分に対して。
——とっ……友達じゃ、ない!
自分には友達などいない。そう反論しようとしたものの、二人は聞かなかった。
——えー、友達でしょ? ねえ、笙悟。
——うん。僕は祓川のこと、友達だと思ってるけど。
淀みのない声でそんなことを言われて、あのときの祓川は二の句が継げなかった。
胸が高鳴った。
あんな風に誰かと談笑するのは初めてだった。
楽しかった。
あの時間が永遠に続けばいいのにと思った。
いつのまにか忘れてしまっていた思い出。
それが今、鮮明な色を持って蘇る。
あの日の二人は祓川のことを、『友達』だと、確かに言ったのだ。
「なんで……どうして。だって、何の利益もないじゃないか。君たちは俺に対して、特別な感情を抱いているわけじゃない。俺に愛想を振りまく必要なんてないし、それで俺に嫌われたって、君たちには何の関係もないだろう」
「……そんなに深く考えるようなことでもないよ。キミが辛そうにしているときは僕も心配になるし、笑っていてくれたらそれでいいって思う。友達って、そういうものじゃないの?」
「違う。違う、違う! 俺には友達なんていない。今までも、これからも!」
勢いのまま、祓川は再び刀を掲げた。
「俺はずっと独りだったんだ。だから君とだって、絶対に友達なんかじゃない!」
そうして一息に、渾身の力で腕を振り下ろした。
研ぎ澄まされた刃が、狭野の眼前へと迫る。
その様子を、狭野は何もかもを受け入れたような瞳で静かに見つめていた。
ドッ、と重い音が辺りに響いた。
刀の切っ先は、狭野の首の、すぐ隣の床へと深く突き刺さっていた。
「……祓川?」
狭野に呼ばれて、祓川は返事もできなかった。床に刺さったままの刀から手を離し、狭野の隣へ、崩れ落ちるようにして膝をつく。
最初からわかっていた。
高原はこんなことを望んでいない。
彼女はただ、ありのままで生きようとする人だった。
この狭野のように。
「……笑えばいいさ、狭野。俺は今まで、独りで一体何をしていたんだろうな? 子どもの頃からずっと、何年も何年も鬼の面を被り続けて。いつのまにか、俺自身が鬼になってしまったらしい」
「……キミは鬼なんかじゃないよ。僕のことも、こうして許してくれたじゃないか」
すぐ目の前にある刀を見つめながら、狭野は言った。
その声で、祓川は自らがギリギリのところで踏みとどまったことを知る。
——お前は、私のようにはなるな。
父の最期の言葉が思い出されて、情けなさでどうにかなりそうだった。
あれだけ忠告されていたのに、あともう少しで、『友達』を殺すところだった。
たまらず、目頭の奥が熱くなる。
やがて何度目かになる笛の高音が雑木林に反響して。
神楽囃子の音が、止んだ。
あなたにおすすめの小説
あやかし警察おとり捜査課
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
日本語しか話せないけどオーストラリアへ留学します!
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
ライト文芸
「留学とか一度はしてみたいよねー」なんて冗談で言ったのが運の尽き。あれよあれよと言う間に本当に留学することになってしまった女子大生・美咲(みさき)は、英語が大の苦手。不本意のままオーストラリアへ行くことになってしまった彼女は、言葉の通じないイケメン外国人に絡まれて……?
恋も言語も勉強あるのみ!異文化交流ラブコメディ。
☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-
設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt
夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや
出張に行くようになって……あまりいい気はしないから
やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀
気にし過ぎだと一笑に伏された。
それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない
言わんこっちゃないという結果になっていて
私は逃走したよ……。
あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン?
ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
「四半世紀の恋に、今夜決着を」
星井 悠里
ライト文芸
赤ちゃんからの幼馴染との初恋が、ずっと、心の端っこにある。
高校三年のある時から離れて、もうすぐ25歳なのに。
そんな時、同窓会の知らせが届いた。
吹っ切らなきゃ。
同窓会は三か月後。
私史上、いちばん綺麗になって、けじめをつけよう。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。