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14:見えないもの
しおりを挟むその後、私に対するミドリさんの態度はかなりやわらかくなった。
笑顔が増え、冗談を交えながら、楽しそうに色んな話をしてくれる。
「そんなかしこまらんでもええで。敬語もいらん。もっと肩の力抜きや」
こちらが未だに緊張していると、彼女はそう言ってどんどん距離感を縮めようとしてくる。
私も私で、いつまでもよそよそしい話し方では逆に失礼かと思って、
「う、うん。わかったよ、ミドリ!」
思い切って、満面の笑みでそう返してみれば、
「……そこは『さん』付けやろ!!!」
と、急に彼女は本気で怒った。
どうやらそこの線引きは重要らしい。
(な、なんか、調子がつかめないなぁ……)
彼女の感情の落差に翻弄されつつも、しかし着実に、私は彼女に対して心を開いていった。
憎まれ口を叩きながらも、なんだかんだで私の面倒を見てくれるミドリさん。
彼女も、そしてクロも、本当に優しい人だ。
「私……無事に元の体に戻れたら、そのときは、クロやミドリさんに助けてもらったこと、みんなに話してみるね」
お地蔵さまはみんな優しくて、私たち人間を助けてくれること。
黒地蔵は『呪いの地蔵』なんかじゃないこと。
たとえ私が話したところで、信じてくれる人がいるのかはわからないけれど。
それでも、こうしてクロたちに助けてもらった事実を、私は誰かに伝えたかった。
けれどミドリさんは、
「あー……それはやめとき」
と、歯切れの悪い返事をする。
「えっ、どうして?」
意外だった。
せっかく、黒地蔵の名誉を取り戻すチャンスなのに。
「気持ちは嬉しいけどな。でも、地蔵の幽霊が出る、なんて噂になったらそれはそれで気味が悪いやろ」
「あっ……。そっか」
言われてみれば、そうかもしれない。
ただでさえ心霊スポットと言われているあの場所で、地蔵の霊が出たなんて噂になったら、それこそ黒地蔵の怪談の信憑性が増してしまう。
「今までにもな、あんたと同じことをしようとした子は、一人だけおったらしいわ。ウチがまだ生まれる前の話やから、クロから聞いただけやけどな」
ミドリさんが生まれたのは五十年ほど前のことで、その体は関西地方で作られ、程なくしてこの地まで運ばれて来たという。
(だから関西弁なんだ……)
クロの語ったところによると、当時私と同じように、黒地蔵のそばで幽体離脱をした女の子がいたらしい。
彼女は元の体に戻った後も度々クロのもとを訪ね、周囲の人間にもクロのことを説明しようとしたという。
けれど、人々は次第に彼女のことを気味悪がるようになり、『地蔵に憑かれた』などと噂するようになったのだとか。
「その子にとっても、クロにとっても、ウチらのことを人間に話すのは得策やなかったんや。……ま、しゃーないわな。普通の人間にはウチらの姿なんて見えんわけやし。目に見えんもんを信じろっていう方が無理な話やわ」
やがて私たちは山を抜け、川を渡って市街地の方へ出た。
東の空はすでに明るくなっていたけれど、街の中はまだ通勤ラッシュが始まっておらず、人通りは少ない。
「ほら、見えてきたで。あの病院や」
ミドリさんの指し示す先には、見覚えのある建物があった。
(あれは……)
乳白色の外壁がそびえる、大きな病院。
それは忘れもしない、一昨年の夏、祖母の最期を看取った場所だった。
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