トリムルティ~まほろばの秋津島に まろうどの神々はよみがえる~第二部 日沈む国から来たる彗星は光輪を蝕む

清見こうじ

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第11章 謀略の蜃気楼

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 月曜日。

 三年生は実力試験だったが、斎は登校してこなかった。
 
「学校には連絡があったみたい。理由は言ってなかったけど、休みのこと、先生承知していたし」
 
 同じクラスで文理選択も履修科目も一緒の真実が放課後、プレハブ棟の部室でそのように報告してくれた。
 受験を控えた三年生は、文化祭後には実質引退に近いのだが、まだ夏休み明けの市民文化祭への出展があるため、必要に応じて部活にも出入りする。
 下級生は通常授業のため部活動も平常通りだったが、事情を知らない一年生に聞かれないよう、部室に集まることにした。
 引き継ぎ業務の一環という名目で、三年生と二年生の次期部長の巽だけが集まり、情報交換を行う。


 前日の日曜日。

 斎の突然の行動に動揺しつつも、珠美に促され勉強会を再開し。
 合流した加奈も交えて、実際に大学受験の経験のある英人から英語の手解きを受けているうちに巽が到着した。

「正直、お伝えできる情報はさほどではないですよ」

 情報を伏せているわけではなく、唐沢宗家にも詳しい事情は伝えられていないのだという。

 斎から伝えられたのは「現状維持」と、もう一つ。

「須賀野時宗に関しては、しかるべき機関で治療を施しつつ、可能な情報取集を、と」
 その事実については、折を見て実の弟の木次政宗にも伝えるように、とだけ。
 
「というか、それで君のところは納得するんだな。あの子といい、何なんだよ? その斎に対する絶対の忠誠心? 盲目的すぎないか?」
「それが唐沢宗家なんですよ。手足は、脳が何を考えて指示したかなんていちいち考えないでしょう? まあ、現代の認識で言ったら時代錯誤かとは僕も思いますけど。でも、絶対の命令以外はその場に応じた自己判断で最善を尽くすだけなんで」

 英人の皮肉っぽい愚痴に、巽は笑顔で答える。
「絶対の命令、って?」
 現状維持、が何を指すのか分からない俊は、そう尋ねる。
「皆さんの、絶対の安全確保、です。何人なにびとにも脅かされることのないように、と。『黄昏の薔薇』や『時計塔の地階』……それに、『世界神聖教会』からも、です」
「……その皆さん、に僕は入っていないんだ?」

 所属する組織名が引き合いに出され、和矢が自嘲めいた笑みを浮かべる。
「入っていますよ。和矢先輩、ご自身が所属されていることを、安心の担保にしない方がいいです。あの教団には、まだあなたにも見せていない『闇』がある。神々しい光に包まれた『闇』がある、と」
「……それは、斎が?」
「ほんの戯言のように口にした言葉ですけどね。兄さんから情報を得るのは難儀です。まるで冗談のように、真理を口にする。聞き流していると、あとで痛い目を見ます。唐沢宗家の影の総領の言葉には、必ず意味がある。だから、僕達は……代々の唐沢宗家の面々は、意味は解らなくても、従うんです」

 巽の目に、日頃見たことがない、斎への崇敬の色が見えた。




「……結局、斎には会えずじまいになりそうだね。せっかくの夏休みなのに、ね」
「みんなは、予定は? 私と加奈は、予備校の夏期講習に行こうと思うけど。駅前の、大手の」

 真実が、カバンからパンフレットを取り出しながら尋ねる。
「今日が申込み期限なんだよね。私たちは電話で仮予約したけど」
「あ、僕はいいや。市立図書館でも行って本でも読んでるよ」
「……図書館、競争率高いよ? 閲覧席に座るために行列できているし。だから時間入れ替えだって」
「一時間前から並んでいるって聞いたわよ」
 真実や加奈が、少し気の毒そうに言う。
「……ホント? それも面倒だな」
 思惑が外れて、和矢が嫌そうに顔を歪める。
「俊はどうするんだい?」
「あ、俺も……夏期講習。同じところ」
「そうだよね。ここ、吉村君が教えてくれたんだもん。まだ枠あるよ、って。斎君を頼るつもりだったから考えていなかったんだよね。助かったわ」
 加奈の希望する国立文系コースと、真実の希望する医療系コースを空き枠をわざわざ確認してくれたらしい。
 そんなことまで思い至らなかった俊は、正彦の気遣いに感心する。
「でも、正彦、よく斎がいないこと、知っていたな」
「……それなんだけど。斎君、吉村君には連絡したみたい」
「え?」
「夏休み、勉強教えられないから、って。私たちには一報もないのに、ひどいよね」
「そう、なんだ……」

 斎が正彦にだけ連絡したことより、それを正彦がまだ俊に伝えてくれていないことに、何となくモヤモヤする俊だったが。
 今日はそれぞれ教室で昼食を摂ったので、まだ直接顔を合わせていないので、仕方がないのかもしれないが。
 
「あのさ、高天君、もしかしてまだスマホの電源切っているよね? 返信が来ないって、吉村君言ってたよ」

 真実に指摘されて、慌ててスマホの電源を入れると、しばらくして数件のメール受信が表示された。
「……朝イチにメールしてくれていたんだ」
 昼にも『斎のこと、連絡ないってホント?』と件名に記入して、前日の斎の様子を詳細に記入したメールを送信してくれていた。

 和矢以外は同じ予備校の夏期講習に参加することを確認し、巽も交えて自宅で勉強する予定の和矢と、定期的に遠野家で情報交換する約束をして、その日は会合を終えた。




 放課後、正彦と待ち合わせをしている俊を見送り、和矢は美矢より一足早く帰宅の途についた。
 美矢は珠美と帰宅することになっているので、とりあえず心配はない。
 加奈や真実、俊にも依然と変わらず護衛が付くと、巽が密かに伝えてくれていた。

 受験生であることを考え、美矢はしばらく俊の送迎を半分程度に控えることを提案していた。夏休みに夏期講習に通うことを聞いて、内心気落ちしていたことも知っているので、定期的に家に来る約束を取り付けたことにきっと喜ぶだろう。

 からかうことも多いが、やはり美矢の喜ぶ顔を見るのが一番嬉しい。俊に美矢を託せたことへの安心感からなのか、以前よりはずっと素直に、美矢への愛情を受容できるようになった和矢は、我知らず微笑んでいた。

「……ずいぶん、やわらかく笑うようになられたのですね」

 あと数十メートルで玄関、という場所で、突然和矢の耳に、届いた声。

 ピンとした張りのある、けれども低いバリトンボイス。

「……師……え?」

 聞き覚えのある声と、目の前に現れた人物の風体との差異に、しばし和矢は混乱する。

「その格好は、いったい……?」
「ああ、目立たぬようにと、偽装してみましたが」
「偽装……ではなく、変装、では?」
「おや、間違えたようですね。……ああ、なるほど。確かに、意味が違いました」
 すっとスマホを取り出し、検索してうなづく、その人は。

「……スマホ、持たれたんですね」
「ああ、なかなか便利ですね。調べ物には役立ちます」
「で、その……変装も、調べて?」
「ええ。この頭で違和感がないもの、を、と」
「……お似合いです、けど」

 都会の、喧噪にあふれた街並みで、なら。

「でも、こんな田舎で、黒の鋲付きレザーの上下にサングラスは、目立ちますよ」

 のどかな住宅街で、スキンヘッドの若者が、こんな格好でうろついていたら、通報されてもおかしくない。
 なまじスタイルや顔立ちが整っている分、妙な凄みがある。

「そう、ですか?」
「ええ、せめて、サングラスは取りましょう。あと、上着も脱いだ方がいいです」

 きっちりボタンを締めた厚手のレザージャケットは、カジュアルなタイプとは言え、見ているだけで暑苦しい。
 和矢のアドバイスに従って、サングラスを外し、上着を脱ぐ。
 下に来ていたのはシンプルな白Tシャツだったので、かなり「普通の」印象になった。
 やっと夏らしくなった装いは、その小麦色の肌に爽やかに映える。

「この頭は目立ちませんか?」
「坊主頭の人は割といるんで大丈夫ですよ。……いったい何のサイトを参考にしたんですか。場所をわきまえてください」
「申し訳ございません。『イマドキ』『流行』というキーワードを入れればよいと教えられて」
「……日本は狭いけど、地域によってかなり違うので、オーソドックスな方がいいんですよ」

 サングラスを外したその端正な空色の瞳が、好奇心で見開かれるのを見て、和矢はため息をつく。勉強熱心で研究者肌の、和矢の専属講師。

「で、いったい何だって、あなたが直接日本に出向いたんですか? アストラ師」

 眉目秀麗の『世界神聖教会』幹部候補。
 
 サッティーヤストラ。通称、アストラ。

「もちろん、あなたをお迎えに」

 当たり前のように微笑む。

「……は?」
「そういうお約束でしたよね? 唐沢斎の庇護なくば、帰国する、と」
「それは……だが、唐沢宗家は、まだ……」
「唐沢、斎、の、です。彼が日本を離れた以上、庇護は失ったものとみなします」
「日本を離れた?! って、もう?!」
「ええ。今頃機上ですよ」
「だって、ビザの申請……そうか短期なら必要ないか。いや、でも、昨日の今日ですよ?! あなたこそ、何でこんなに早く?」
「ここ数日、強権発動めいた動きがありましたから。まあ、本人はこちらに筒抜けなことを承知で動いていた様子ですが。不測の事態に備えて、早めに行動させていただきました」
 ほぼ予測の範囲内であろう、満足げなアストラ師の笑顔が、小憎らしい。

 ……もう少し、余裕があると思ったのに、な。

 斎の翻身から、いずれ帰国を促す使者が訪れることは予見していたが。「現状維持」という巽の言葉を拠り所に、考えないようにしていたのも事実だ。

「……少し、時間をくれませんか? 色々、確認したり片付けないといけない問題もあるので」
「ええ。区切りもよいので、『夏休み』までは大目に見ましょう。その代わり、わたくしの滞在を許可していただきますが」

 許可、ではなく指示、の間違いだろう。
 滞在先は当然、遠野家。上位とは言え、一会員の弓子には、幹部候補のアストラ師の要望に拒否権はない。

 せっかくの夏休み、なのに。

 先程、俊たちに言った同じセリフを、それ以上の憂鬱な思いで、つぶやく、心の中で。


 げっそりとした表情の和矢を、アストラ師はその秀麗な美貌で、嬉しそうに見つめていた。
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