美少女退魔師(見習い)に転生したら美形背後霊に憑かれていました〜イリル・ガード退魔譚

清見こうじ

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第15話 テプレン上陸

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 そんなこんなで一騒動あったものの、無事ガストリン皇国の港町テプレンにたどり着いた。下船開始は昼過ぎになるため、到着前に早めの昼食を済ませていた。もともとこの世界は、朝昼は軽めに済ませる習慣があり、たいてい主食のパンに前日の残り物のおかずや、焼いたり燻製した肉や魚、野菜の漬物などを挟んだもの(つまりサンドイッチ)、というのが定番で。朝はそこに果物が付くこともある。たまに具の少ないスープが付くこともあるが、たいてい水。
 カロナー島だとサンドイッチの代わりに、粉を溶いて刻んだ野菜を混ぜて焼いた薄焼きパンなどが出されることもあったが、とにかく三食のウエイトは夕食に置かれていた。
 朝ごはんはしっかり食べた方がいいのに………と思いながらも、出されたものを素直に食べていたレミは、気が付けばそれが当たり前になっていた。習慣っておそろしい。

 下船は客室のランクごとに順番が決まっており、特等客室から順に一等、二等、三等となる。
 レミ達の乗っていたサイズの客船は、規模としては中型になるが、それでも全員下りるまでには2時間程度かかるということだった。全乗客の一割に満たない特等客室や一等客室の乗客が下船し、各種手続きや荷物の受け取り・確認をするのに一時間ほどかかる。残りの時間で貨物利用の乗客、最後に手荷物だけの二等、三等客室の乗客が一気に下船する。
 ランクが上の乗客ほど持ち物が多く、また高価な物も多いため、万が一の手違いや盗難亡失に備えるためである。
 特に、受け取った荷物を荷馬車などに積み直す作業中にも盗難が発生しやすいため、可能な限り混雑しないよう制限をかけているのだという。

(まあ、防犯対策は必要なんだと思うけど、まどろっこしいね)
『万が一盗難事件発生の際の所在証明のため、って分かってるから、大抵は文句言わないよ。逆に疑われたら大変だからね。特にガストリン皇国は所在証明の有無で判決にかなり影響があるから』
(専任の裁判官制度を最初に導入したんだっけ?)
 様々な改革を行った中興の祖、先代皇王のファモン=ティジン3世が、他の官職と兼任だったのを、任命権を皇王と議会の合議制にして、独立組織にして癒着を極力廃した、裁判制度改革を行ったのは、今から50年ほど前だという。
 同時に、目撃証言(真実の密告ならまだしも、人を陥れるための誣告ぶこくであっても)のみでの判決は避け、可能な限り物的証拠を重要視することになったという。とは言っても、物的証拠となるのは足跡とか手形、犯罪に利用した物品の所持状況くらいなものだが。
 逆に罪を犯していないという不可能証明も重視された。つまり、所在証明アリバイである。

 ホームズとかいれば、推理も証拠になるのかな?
 ………そもそもシャーロック・ホームズは実在の人物ではない、という事実をレミは失念している。

 まあ、物的証拠って言ったって、結局状況証拠で補うしかないんだろうな。あ、それが推理か。
 科学捜査どころか、まだ指紋とか照合できないんだもんね。
(まだ指紋採取とかはできないんだよね)
『指の跡? だっけ。目に見えていれば、登録木札の拇印と比べられるけどね』
(そっか、木札には拇印押してるんだったね)
 生後一年、つまり一歳児の拇印なので大きさは小さいと思うけど。
 イリル・ガードの裁判所やその他官庁、あるいは教会で、必要時に本人確認のために、大人になっても比較確認できる照合技術が確立している。

 あれ? 確か指紋照合の技術って、明治時代くらいじゃなかったっけ? 日本が開国してから、拇印での本人確認の風習を知った外国のえらい学者が個々で違うことを発見した、とか何とかだったような………。
 看護学校時代の外皮系の解剖生理の講師がミステリー好きで、脱線しまくってそんな話していたはず。おかげでその授業の内容は指紋のことしか覚えていなくて、テストが散々だったんだよね。
 うーん、ネットとかで検索すれば分かるのになあ。

 ともかく、こんなところでも元の世界と微妙に違う文化の発展具合に、レミ自身が思考を脱線しつつ、下船の手続きを終え(一等客室の乗客の割には荷物もほとんどなかったので手続きは早く済んだ)。
 ちなみに例の特等客室のシュガロ・ハインリヒ氏は、本来なら一番に下船するはずだったのが、あの騒ぎで支度が間に合っていないためまだ船に残っていた。今は船医が付き添っているし、町から医師も呼んで下船後はその医師付き添いで宿に向かう手筈を整えていたので、あとはそちらにお任せである。

「じゃあ、とりあえず宿に向かいましょう」
 カーマさんに連れられて、港から程近い宿屋に移動した。
 と言っても、最初に訪れたのは港の一角にある小綺麗な事務所だった。カーマさんが扉に近付くと、入り口に立っていた暗めの栗色の髪に水色の瞳の、二十歳くらいの若い男性が「いらっしゃいませ」と言って、目を伏せて両手を胸の前でクロスさせる。この世界での挨拶のやり方であり、レミも反射的に返礼しそうになったが、寸前で止めた。
(いけない、いけない。目上の人以外にはやっちゃいけないんだっけ。えっと、こういう時は………)
 胸の中央付近に右手の平を下に向けて差し出し、そっと上から下へ動かす。指は軽く空を掴むような感じで曲げて。

『そうそう。優雅に出来たね』
 ちなみに男性の場合は、指をピンと伸ばして少し反るくらいにして、同じように動かす。
 基本的に挨拶の仕草は目下からの一方的なもので、目上は「了解」の意を手の動きで示すだけで終わりだ。
 さら丁寧な挨拶は膝をついて同じ仕草をするが、身分の高い相手以外にはやらないので、ほとんどの場合、この挨拶だけで済む。相手が目上か目下か分からない場合や手が空かない場合は目を伏せるだけでも無礼にはならないが、身分を名乗った後で必要なら改めて正式な挨拶をする。目を伏せるだけが「会釈」で手を組むのが「敬礼」、膝をつくのが「最敬礼」、というところだ。女性の敬礼はまたやり方が違うが(いわゆる中腰のカーテシーだ)、会釈と最敬礼は同じだ。

 若い男性は、訪れたカーマさん(とおまけのレミ)が客だと分かって敬礼をしたのだろう。手をほどくと、そのまま扉を開けて、中に案内してくれた。 

 黒光りする重厚な一枚板のカウンターの向こうには、品のいい男性が座っており、入室に合わせて立ち上がり、同じように敬礼した。銀髪に黒い瞳の、ロマンスグレーな感じ。
「お久しぶりでございます。銀笛のカーマ様」
「ありがとう。また世話になりますわね、クリック。ああ、紹介しますわ。この子はレーミ=ナロン。今年成人したばかりの新人ですのよ」
「お初にお目にかかります。レーミ=ナロン様。成人おめでとうございます。テプレンの旅客協会所属のクリックと申します。以後お見知りおきを賜りたく存じます」
 銀髪なので年かさに見えたが、よく見たら顔は意外と若い。40手前くらいで、穏やかなバリトンの声が耳に心地いい。ロマンスグレーと言うのは失礼だったかもしれない。イケメンなのは間違いないが。

 旅客協会、と言うのは宿や馬車、客船などの采配を一手に引き受け調整してくれるツアーコンダクターの組合みたいなものらしい。そのツアコン(旅客手配士、と言うらしい)がそれぞれ事務所を構えており、港にはいくつも同じような事務所がある。退魔師にはそれぞれ贔屓の手配士がいて、ここはカーマさんご贔屓だという。たいていは見習いで紹介された先輩の贔屓筋をそのまま引き継ぐことが多い、と言うことなので、レミも以後ここにお世話になるのだろう。

「よろしくお願いいたします」
 レミはカーマさんを見習って優雅に答える。
 外見はともかく、中身はクリック氏とさほど変わらない年齢の記憶があるので、そこまで気後れしてはいない。そんなレミの様子にクリック氏は感心したように微笑みかえす。その柔和な笑みに、レミは安心感を覚えた。どうやら初めての挨拶は及第点を貰えたようだ。
 クリック氏はカウンターから出て来て、事務所の奥のテーブルに案内してくれた。着席すると、手慣れた様子でポットから茶器にお茶を注いでくれた。ポットに入れてストーブにかけて温めてあったようだが、香りがよく、ほんのり甘かった。

「タガ茶ですわね。クリックの作るタガ茶は、エグミもなくて美味ですの」
「タガ? 実を甘味料に使う薬草ですよね?」
「はい。その蔓にも甘味がありまして、よく乾燥させた後、丁寧に煎ったものを半日ほどかけて湯に浸けると、甘味のあるお茶になるのでございます。抽出に時間はかかりますが、沢山作ってストーブの端にかけて温めておけるので、人手の足りないこのような場所でも、すぐお出しすることが出来るのです」
「それは便利ですね。それにとても美味しいですね」

 この世界にも茶葉を原料としたお茶はあったが、高級品であり、レミになってからは飲んだことがなかった。
 退魔師の収入ならば充分購入は可能だと思うけど、お茶を淹れるためにも技術が必要で、高い茶葉を無駄にしたくないと(それくらいなら酒を買った方が手軽だと言ったのは確かサーシャだった)、誰も買ってこなかった。
 代わりに庶民の間で流通しているのは、穀物や薬草を煎じたもので、レミが今まで飲んだのもこちらの「お茶」の方である。カーマさんの淹れてくれる香草茶は、どちらかと言うと香りを楽しむものなので、本来のお茶とは少し違う。穀物を煎ったお茶もそれなりに芳ばしい香りはしていたけれど、この「タガ茶」に比べると天と地ほど差がある。作り方を教わりたいくらいだ。
 味わうようにゆっくりお茶を飲んでいる間にも、来客があり、それを眺めながらお茶を飲み干す。
 基本対応は若い事務員が行っていたが、時々手に負えない案件が来ると、それを察してクリック氏はレミ達に断り、カウンターに赴いた。

 優雅な物腰で客あしらいをするクリック氏は、けれど決して卑屈でなく、穏やかな、だけど自信を持った態度で対応し、満足そうな笑顔で帰っていくお客を丁寧に敬礼し見送る姿は、紳士的だった。
 気働きも出来るし、執事とかも向いていそう。

 そんなことを考えていると、クリック氏がこちらを向いた。目が合うと、クリック氏は微笑んだ。思わず見惚れていると、戻ってきたクリック氏はお代わりを勧めてくれる。チラッとカーマさんの目を見て、大丈夫そうだと判断し、お代わりをいただいた。
「先代はお元気かしら? もうしばらく顔を見ておりませんけど」
「今は隣町でのんびり過ごしておりますよ。旅客協会の理事を引退したあとは、しばらく気が抜けてしまったようでしたが、最近新しい趣味を見つけて楽しく暮らしている様子です」
「それは良かったこと。クリックに事務所を引き継いでからも心配で仕方がなかった様子でしたけれど、ようやく安心して任せられるようになりましたのね」
「先代からご贔屓にして下さっている皆様のおかげでございます」
「あら、クリックの人徳ですわよ。ねえ、レーミ」
「そう思います。お客への心遣いがあって、安心してお仕事をお願い出来そうですから」
「お言葉痛み入ります。………しかし、退魔師様は皆様落ち着いていらっしゃる。うちの若い者にも見習って欲しいものです」
「あら、入り口の子でしょう? よく仕付けていらっしゃると思いましたわよ」
「ありがとうございます。挨拶だけは人並みになりましたが、まだまだでございます。しかし、いつまでも甘やかしておくわけにも参りませんので、近いうちにこちらの窓口を任せる予定です。改めてご挨拶させていただいてよろしいでしょうか?」
 カーマさんがうなづくと、クリック氏は手元のベルを鳴らす。「失礼いたします」と、先程入り口にいた青年が入室する。
「見習いのベッツェでございます。次の夏以降は窓口の仕事も請け負うように指導中でございます」
「ベッツェと申します。よろしくお見知りおき下さいませ」
 膝をついた最敬礼をされてドギマギしてしまったが、カーマさんが落ち着いているのでレミも素知らぬ顔で挨拶を受けた。
「こちらはカーマ様とレーミ=ナロン様、ブルフェンの退魔師様であられる。決して失礼のないように」
「よろしくお願いいたします。カーマ様、レーミ=ナロン様」
 若い男性、というよりは高校生みたいなハツラツとした高めの声が、レミには幼く感じる。

 中身がアラフォーのレミにとって、20歳そこそこの男性は年下という感覚ではあるが、一応美醜の判断はできる。色の組み合わせを考えても、これはなかなかのイケメンなのではないだろうか? と冷静に客観視する程度である。正直、クリック氏の方が、レミの心にグッと来る。

「よろしくね、ベッツェ。来年はレーミ=ナロンも一人で訪れるようになりますから、面倒をおかけしますけれど」
「よろしくお願いいたします」
 面倒なんてかけないようにしたいけど、一応の礼儀としてカーマさんの言葉にレミも重ねるが。

「わたくしに出来ますことなら喜んで」
 ベッツェの微笑みに、レミはチクリ、と小さな引っ掛かりを覚えた。

「それでは宿にご案内いたしましょう」
 やった! 宿! お風呂!
 クリック氏の言葉に、その小さな引っ掛かりは霧散してしまった。

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