目覚めたら三年前でした。

柚木 小枝

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第二章

第十二話 特別な場所

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水族館デート当日。


(よし、完璧だ。これで遅刻の心配もないし、待ち合わせ時間の十分前には着く。)


と、ここで前の失態を思い出して不安が過ぎる。
仲直りデートの時も時間には余裕があるはずだった。それが得意先からの急な電話対応で遅刻。それは記憶にも浅い出来事だ。


「・・・・・。」

(電車が遅延する可能性もあるし、早めに出とくか…。)


◇◇◇◇◇


そうして到着したのは三十分前。


「・・・・・。」


特に何もなかった。何なら乗り換えもスムーズで所要時間より早く到着してしまったのだった。
あるあるな出来事と言えばそうかもしれない。早目に出た時に限って…というやつだ。まぁトラブルに見舞われるよりは良いだろう。

とは言え、、何もない場所でただただ三十分待つのは辛い。近くには一軒、人を待つのに適したお一人様でも入りやすいカフェがある。だが・・・・。


(風が冷たいし、外で待つのはしんどい。けど、あのカフェは…縁起悪いんだよなぁ。)


善希にはそのカフェに入りたくない理由があった。地図アプリを開いて他にお店がないか探してみるが、定食屋等のガッツリご飯を食べなければならないようなお店しかない。
善希は諦めて、そのまま待ち合わせ場所で待つ事にした。


◇◇◇◇◇


そうして待ち合わせ時間の五分前に雪枝が到着。


「ごめん!お待たせ。」


声を掛けられ、目を向けた先にいた雪枝は普段とは違った装い。服装は勿論そうだが、髪も巻いている。その可愛さに目を奪われ、一瞬時が止まったように固まってしまった。


(かっ、かわいいな、オイ!!!神様、何ですかこのご褒美は!!今日まで頑張ってきて良かった!!!!!)


普段が可愛くないわけではない。普段どおりでも全然構わないのだが、今日という日の為に服を選び、髪を巻く。それは少なからず時間を要し、努力が必要な事だ。それが素直に嬉しく思った。

じーっと見つめる善希に、雪枝は照れたように頬を染めながら少し睨む。いつものツンデレさんだ。


「な、なに?」

(ハッ!)


言われて我に返る。そして善希は照れながらも本心を語った。素直な心の内を。


「いや、…その、今日すげー可愛いなと思って。」
「っ!!」


雪枝本人は嫌味でも言われると思っていたのか、想定外の台詞だったのだろう。頬をまっ赤に染め上げて言葉を詰まらせてしまう。その場に妙な沈黙が降りた。

いたたまれなくなった善希は、「行こうぜ」とだけ言って言葉を短く切り、雪枝の手を取って歩き出した。


◇◇◇◇◇


久しぶりの水族館。雪枝の足は自然と遅くなる。

雪枝自分の好きな空間に惹き込まれ、心だけ別の世界に行ってしまったよう。
そんな雪枝の姿を見て善希の頬も自然と綻ぶ。思わずクスッと笑みが漏れた。その声を聞いたか聞かないでか、ハッとなった雪枝は慌てて善希の方を振り返った。


「ご、ごめん。」


雪枝自分のペースに合わせる善希につまらない思いをさせている、その感情は顔に出ていた。雪枝は歩く速度を速めようとする。その気遣いさえ愛おしい。善希は笑って首を横に振った。


「いいよ。ゆっくり見ろよ。時間はいくらでもあるんだし、好きなだけ見れば良いって。」
「でも付き合わせちゃうのも悪いし…。」
「今日は埋め合わせするって言ったろ。それに、この間の旅行では俺の趣味に付き合わせちゃったし。お互いがお互いの趣味に付き合うってのも楽しいんじゃない?」
「…っ。ありがと。」


言いたい事が言えた。
思っていた素直な気持ちを伝えられた。

それは不平や不満といった負の感情をぶつける事より、どれだけ清々しい気持ちになれただろうか。雪枝の気持ちが分からない今の段階では善希の自己満足にすぎないのかもしれない。だが、それでも良かった。善希は雪枝の楽しむ姿を見れただけで心が満たされていた。


それに、水族館は善希にとっても特別な場所だ。
特段、水族館が好きなわけではない。
これは善希がまだ学生時代の話…。


◇◇◇◇◇


善希は大学生の頃、水族館でアルバイトをしていた。
入館チケットを確認するだけの簡単な仕事だ。その当時から、雪枝はよく一人で水族館へと足を運んでいた。

最初は気にもとめていなかったが、何度か見掛ければ自然と顔は覚えてくる。“チケットを確認する際によく見掛ける女の子”。しかもお一人様。嫌でも覚えてしまった。
当時は雪枝とは面識はなく、知り合いでも何でもない。ただ見掛けていただけ。一目惚れでもない。なんなら少し変わった人、ぐらいに思っていた。


その後、善希は大学卒業と同時にアルバイトを辞め、今働いている会社へと就職。
社会人になり、日々覚える事や学ぶ事も多く、水族館での記憶は次第に薄れていった。

そして社会人何年目かの時、仕事で壁にぶち当たる。今思えば大した事ない壁だったようにも思えるが、大学卒業後、ただがむしゃらに仕事に打ち込んできた善希にとっては辛い壁だった。

その時、ふと思い出したのが水族館でのアルバイト時によく見掛けていた女性の事。水族館に行けば気分転換になるかもしれない。誰かを誘っても良いが、一人の方が気兼ねなくて良い。
そんな事を考え、ただ何となく水族館へと足を運んだ。

雪枝その時の女の子に会えると思っていたわけではない。会いたいと思ったわけでもない。
ただその時は、直感的に“水族館へ行った方が良い”、そんな衝動に駆られていた。

そうして訪れた水族館。
自分のペースで回れるのは思っていた以上に気楽で心地良かった。
水族館という空間は俗世から切り離され、日常の疲れが癒やされた。


(あの時の女の子も、こんな気持ちだったのかな。)


ふとそんな事を考えながら、館内をブラリと周る。アルバイト当時から変わらない場所もあれば、新設された場所、リニューアルされた場所もあり、懐かしく思う気持ち、ワクワクする気持ち、少し寂しくなる気持ち、、色々な感情が混じった。

様々な感情を抱えながら回っていると、大きな水槽の前で一人、じっと水槽を眺める女性の姿を見付ける。
それは大学時代によく見掛けていた女の子、雪枝だった。
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みんなの感想(2件)

BLACK無糖
2024.08.24 BLACK無糖

弱ってたといえど擦り寄ってきたメンヘラにコロッと逝ったクズなんかいらん。
紅茶の反応からして既に怪しいし、さっさと捨てなよ。
嫉妬?してるのだって自分の所有物が取られるのが嫌なだけじゃん。
ここから真ヒーローなり楽しくおひとり様するとかに期待。

解除
ミドリ
2022.09.23 ミドリ

一気に読みました。やり直しできた分、幸せになれるといいですね。
『匂わせちゃん』の意識も、仲田君に向いてくれると邪魔者がいなくなりますが、これからどうなるか気になります。
出来れば更新お待ちしています。

2022.09.25 柚木 小枝

こちらにもご感想頂きまして有難うございます!
大変励みになります!!

こちらも同じく十月には更新再開出来ると思いますので
お待たせして申し訳ございませんが、更新もう少々お待ちください。
主人公たちの今後の展開、どうぞお楽しみに。^^
今後とも、宜しくお願い致します。

解除

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