夫には言えない、俺と息子の危険な情事

あぐたまんづめ

文字の大きさ
12 / 20

11話「壊れた絆」

 ジン、とうなじに熱がこもる。
 稲妻のような衝撃に似た痛み。甘美な刺激は神経を伝い、脳を揺さぶる。
 自分の体なのに、自分の体じゃないみたいだ。体が麻痺していて、熱い。
 震える手で項をさわると、夢であってほしい現実を実感した。

――――俺は息子の番になった。

 やっとの思いで喉から発した言葉は、「どうして?」だった。


「……ごめん、母さん。こうするしか方法がなかった」


 後ろから絞り出すような声が漏れた。悲痛な息子の表情が目に浮かぶ。

 ここまで鵠を追い込んだのは俺だ。性と葛藤していた息子の気も知らず、誘惑した。
 鵠を信じてやれなかった俺の責任だ。もっと早く、過去を打ち明けていれば。

 鷲が突然立ち上がる。
 ぼうっとする俺の前まで来て、後ろにいた鵠の胸倉を掴み上げた。
 気づいた時には、ドンと壁に叩きつけられる音が響いた。


「この、大嘘つきが」


 鷲が今まで見たことのない怒りの形相で、壁に打ちつけた鵠に言う。


「おかしいと思ったんだ。お前が自分から5年前の話をするはずないから。俺を試した言い方しやがって」
「……ごめん、父さんの本音を聞きたかっただけだよ」
「聞いてどうする? 知ってどうする? どうせ琴を番にすることに変わりはないくせにっ!」


 額には血管が浮かび、胸倉を掴む手をわななかせている。
 敵と見なした鋭い眼光は、愛する息子を捉えていた。


「いつから俺を騙していた! ……まさか5年前から――――」
「それは違うよ、鷲」


 皮肉にも、取り乱す夫を見て我に返った俺は、そこでやっと口を開いた。
 それから鵠がαになった経緯を冷静に説明した。

 ――――全て話し終えると、ようやく鷲は鵠の胸倉を掴む手を離した。


「……そうか、どうりで腑に落ちなかったんだ。出張から帰ってきた夜、お前が俺に反応しなかったわけ。そうだよな、もうあの時には……鵠と――――――っ」


 最後まで言い終えることなく床に崩れ落ち、腕で顔を隠す鷲。肩を震わせ、嗚咽をこらえていた。
 謝るべきなのは分かっていた。だけどこれ以上傷つけるのが怖くて、何も言えなかった。
 だけどそんな俺をよそに、鵠は意を決したように口を開いた。


「父さん、聞いてほしい」
「黙れ。お前はもう息子じゃない。αの言うことなんて信じない」
「母さんを番にしたのは、もちろん愛しているからだけど、それ以上に自分以外のαに襲われないためでもあるんだ。父さんが一番理解しているはずだよ。番をもたないΩは発情期が訪れるたび、αやβに襲われるかもしれない恐怖と戦わなきゃいけない。父さんだって辛かったはずだよ。だから発情期の間は母さんを外に出さなかったんだよね? もし他人のαに母さんを番にされたら、そこで互いの糸は簡単に引きちぎれちゃうから」
「……黙れと言った。これ以上お前の話なんて聞きたくない」
「黙らないよ。これは僕たちの絆を、家族を守るために大事なことなんだから。僕と母さんが番関係になれば、これからは発情期の心配なんかしないで、安心して暮らせる。また幸せな家族になれる」
「そんなのは後づけだ。お前が琴を自分のものにするためのな」
「だって父さんにはできないでしょ? 母さんを番にすること。父さんはβだからできないけど、αの僕にはできる。だからこうするしか方法はなかった」
「――――――は?」


 ――――だめだ、これ以上は。


 鷲の地雷を踏みぬく音を感じた。
 もうやめろ、と口を開こうとしたが遅かった。
 ゴッ、と床に叩きつけられた息子の顔。
 一瞬だった。躊躇など微塵もない殴打。


「鵠!!!」


 慌てて駆け寄ろうとしたが、鷲にグイと退けられる。
 鷲は鵠に馬乗りになり、何度も何度も、顔面に拳をぶつける。


「まただ――――お前らαは、いつも俺の大事なモノを奪っていくっ……!」


 怒りと悲しみが入り混じった歪んだ表情で、息子を殴り続ける夫。
 鼻血と口の中の血で、グチャグチャになる息子。
 壊れてしまった二人を前に、後悔と自責の念に押しつぶされそうになり、せき止められていた涙がこぼれた。
 俺は後ろから鷲の両腕を掴み、泣きながら訴えた。


「もうやめて、鷲……俺が、全部いけないんだ。鵠を誘惑したのも、お前に鵠のとこを打ち明けるのをずっとためらったのも、全部俺のせいなんだ」


 夫の体がピタリと止まる。
 虚ろな目で血まみれの息子を見下ろし、泣きじゃくる俺を見る。
 そしてゾクリとするような落ち着いた声色で言った。


「ここを出て行くよ。どっちみちβの俺がここにいる意味はないから」
「そんなことっ――――」
「番になったら、もう俺とお前は愛し合うことはできない。αと暮らすのもごめんだ」
「――――っ」
「終わりだよ、何もかも。偽物だった、この5年間」
「……本当にそう思うのかよ。俺は生きてて良かったて思えるくらい幸せだった。お前も同じはずだろ?  なぁ?」


 俺の問いかけに鷲は答えないまま立ち上がり、震える声で呟いた。


「バイバイ、琴……鵠。もう二度と会いたくない」


 鷲は手早くカバンにスマホや財布やらを詰めると、玄関まで歩いて行く。
 追うことはできなかった。
 血まみれの怪我人を放っておけるわけがない。


「――――待てよ! 鷲! この馬鹿っ!!!」


 俺の叫びはもう見えない背中には届かず、バタンと玄関の扉が閉まる音だけが無慈悲に響いた。
 取り残された俺と息子。
 すぐに水でタオルを濡らし、膝枕している息子の頬にあてがうと、赤黒い血が真っ白な布にジワリと染みこんだ。
 スースーと、か細い息を吐きながら苦し気に目を瞑る鵠に、俺は再び涙が溢れた。


「……馬鹿は俺だ」


 情けなく泣いている俺の頬に、鵠がそっと手を添えた。
 口元が微かに動いていたので、凝視すると――――


❝ご、め、ん、ね❞


「――――っ、謝るのは俺の方だよ。ごめんなぁ、くぐい、しゅう」


 空いた手でギュッと握り返すと、鵠は安心したように眠りについた。


「お前が起きたら、俺と鷲のこと、全部話すから」
感想 4

あなたにおすすめの小説

出来損ないのオメガは貴公子アルファに愛され尽くす エデンの王子様

冬之ゆたんぽ
BL
旧題:エデンの王子様~ぼろぼろアルファを救ったら、貴公子に成長して求愛してくる~ 二次性徴が始まり、オメガと判定されたら収容される、全寮制学園型施設『エデン』。そこで全校のオメガたちを虜にした〝王子様〟キャラクターであるレオンは、卒業後のダンスパーティーで至上のアルファに見初められる。「踊ってください、私の王子様」と言って跪くアルファに、レオンは全てを悟る。〝この美丈夫は立派な見た目と違い、王子様を求めるお姫様志望なのだ〟と。それが、初恋の女の子――誤認識であり実際は少年――の成長した姿だと知らずに。 ■受けが誤解したまま進んでいきますが、攻めの中身は普通にアルファです。 ■表情の薄い黒騎士アルファ(攻め)×ハンサム王子様オメガ(受け)

繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました

こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。

最悪の婚姻から始まるただ一つの愛

統子
BL
最悪の婚姻だった。 皇太子の正室として迎えられながら、 与えられたのは祝福ではなく、冷たい部屋と拒絶だけ。 触れられることすら恐ろしく、 ただ静かに時間が過ぎるのを待つしかなかった。 けれど—— 差し出された手は、思っていたものとは違っていた。 無理に触れない。 急がない。 ただ、こちらの様子を確かめるように、少しずつ距離を縮めてくる。 気づけば、隣に座ることが当たり前になり、 言葉を交わす時間が、夜の習慣になっていた。 触れられるたびに怖さは消え、 代わりに残るのは、離れがたい温もり。 これは、最悪の婚姻から始まった関係が、 やがて“ただ一人”へと変わっていく物語。 望まれなかったはずのはじまりが、 いつしか、何よりも大切なものになるまでの—— 静かで、優しい、溺れるような愛の記録。

長年仮番として務めてきましたが、王子は正式な番を娶るそうです

けふ
BL
王都を守る巨大結界は、王族の魔力によって維持されている。 第二王子アデルの傍らには、常に一人の騎士がいた。 近衛騎士レオン。 彼は長年、王子の「仮番」として特別な任務を担っている。 しかし王子は、他国の王女との正式な番契約が決まってしまった。 仮番の役目は、そこで終わるはずだった。 だが結界塔で行われる儀式の中で、 二人の関係は次第に変わり始める。 王族と騎士。 主と臣下。 越えてはならない境界を前にしても、 王子は騎士の手を取る。 「共に立て」 ※オメガバースではありません ※ふんわり読んでください ※なんでも許せる方向け ※イラストはChatGPTさん

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【完結】逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。抱かれたら身代わりがばれてしまうので初夜は断固拒否します!

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。 しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです… 本当の花嫁じゃないとばれたら大変! だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。