夫には言えない、俺と息子の危険な情事

あぐたまんづめ

文字の大きさ
17 / 20

16話「因果」

しおりを挟む
「お前が……鵠の父親だと?」
「信じられない? でもほら、こことかそっくりでしょ?」


 鴉島はそう言って自分の泣きボクロを指し示した。
 サラサラな黒髪、アーモンド形の黒々した瞳、端正な顔立ち。
 全体的に見ても、鵠に似た面影を感じた。


「鷲ちゃんなら分かるでしょ? あの子を見つけた風俗店、僕の子会社が経営してたところだからね」
「………」


 鷲は黙っていた。
 反論しないということは、肯定しているのと同じだ。


「何の因果かなぁ。もうこの子と関わり合うことは一生ないと思ってたんだけど――」


 鴉島は藤堂に視線を送る。
 藤堂は目を閉じて、無言のまま。
 知らんぷりを決める部下に、奴の声音に苛立ちが混じる。


「僕が一番ムカついているのはお前だよ、藤堂。こいつらの情報を探った張本人なんだから、もちろん知っていたはずだよなぁ? 何で報告しなかった?」


 ヘラヘラしていた顔が一変、別人のように険しい顔になる。
 こうして見ると、ヤクザの若頭をしているのも頷ける、威圧感だ。
 素人目でも恐怖を覚える迫力だが、藤堂は顔色一つ変えず「すみません」と謝罪するだけだった。

 俺は見逃さなかった。
 鴉島が目を離したとたん、藤堂の口元がニヤリとするのを。


「キミ達もだいぶ変わり者だよねぇ。得体の知れない子供を養子にするなんて。よくここまで育てたもんだよ、マジで」
「どうして鵠を……自分の息子を捨てたんだ」


 ため息をつく鴉島に鷲が問いかける。
 確かに疑問だ。
 αの子供をやすやす捨てるような話は聞いたことがない。血統主義のα一族だったらなおさらだ。
 わざわざΩと偽り幼子を風俗店に放るなんて、異常すぎる。

 鷲の質問に、奴はあからさまに嫌そうに顔を歪め、また深いため息を吐いた。


「不思議に思わないわけぇ? 僕、こう見えてキミ達と同い年なわけよ。それで息子が14歳だよ? その意味分かる?」


 ――てことは、鴉島が15歳の時にできた子供か。若すぎる。そんな年で妊娠させるって、そうとうクズだろこいつ。
 俺は嫌な予感を口に出さずにはいられなかった。


「まさかお前、相手をレイプしたんじゃ――」
「逆逆。僕は被害者だよ。父の愛人のΩにさ、レイプされたんだ」


 返す言葉もなくただ驚いた。それは夫も同じだった。
 そんな俺たちをよそに、奴は話を続ける。


「馬鹿な女だったよ。αの父さんに相手されないって分かると、父さんに似ている俺で満たそうとしたんだぜ? あの女、俺の上で騎乗位セックスしながら泣いて言ったよ。『あの人との繋がりが欲しい』って。それで生まれた子供が鵠ってわけ。滑稽な話だよな。だからΩは嫌いなんだ」


 鴉島は一人笑うが、つられて笑う者はここにはいなかった。
 作り話にしては、話し方に感情がこもっている。
 この男のご自慢の仮面は今やボロボロ状態。

 重い沈黙の中、口を開いたのは鷲だった。


「たとえ望まぬ相手の子だからって、捨てていいはずがないだろう。ましてやあんな所に――」
「分かってないなぁ鷲ちゃん。俺の生まれた環境はキミ達が想像を絶するような非日常。子供だからって容赦されない。父さんの子供というだけで何度殺されそうになったことか。誰が敵で味方かも分からない暴力と欺瞞で満ちた世界――それが僕の生きている場所。鵠の存在は重荷でしかなかった。『木を隠すなら森の中』っていうでしょ?」
「……じゃあ本当に鵠は自分がαだと知らなかったのか」


 そう呟く鷲は唇を噛みしめ、うつむいた。
 その様子は後悔しているように見えた。

 Ωがゆえの悲劇があるとすれば、βゆえの悲劇があり……αゆえの悲劇もある。
 俺はΩで、自分は常に被害者だと思っていたが、それは思い込みだったのかもしれない。
 αもβもΩも、それぞれの性に葛藤して生きているのだと、この男の話で思い知らされた。


「もしかしてあの子がαって気づいたの、発情期に反応したから?」


 鴉島はそう言って、ハッと俺の方を見た。
 正確には、俺のうなじを。
 奴は興奮気味にたずねた。


「――そうか、そういうことか。琴ちゃんの番ってもしかして鵠なんだね!?」


 黙ったまま目を逸らすと、勘のいい奴はそれが事実だと悟り、ケラケラと笑いだした。


「さすが俺の息子! やっぱ血は争えないもんだなぁ。結局あの子もこちら側の人間ってことか」
「鵠はお前とは違う!!!」


 とっさに反論すると、鴉島は「どーだか」と嘲りながら言った。


「――じゃあさ、試してみる? 僕、面白いゲーム思いついちゃった」


 意味深な発言に、俺と鷲は目を見合わせる。
 鴉島は鷲のスマホを操作し、それを耳にあてた。
 鷲が訝しげにたずねる。


「……お前、誰に電話して――」
「鵠だよ。あの子にもここに来てもらう。これから始まるゲームの主役だからさ」


 鴉島の得意げな顔に、俺の胸のざわめきはおさまらなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

藤吉めぐみ
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます

処理中です...