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16話「因果」
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「お前が……鵠の父親だと?」
「信じられない? でもほら、こことかそっくりでしょ?」
鴉島はそう言って自分の泣きボクロを指し示した。
サラサラな黒髪、アーモンド形の黒々した瞳、端正な顔立ち。
全体的に見ても、鵠に似た面影を感じた。
「鷲ちゃんなら分かるでしょ? あの子を見つけた風俗店、僕の子会社が経営してたところだからね」
「………」
鷲は黙っていた。
反論しないということは、肯定しているのと同じだ。
「何の因果かなぁ。もうこの子と関わり合うことは一生ないと思ってたんだけど――」
鴉島は藤堂に視線を送る。
藤堂は目を閉じて、無言のまま。
知らんぷりを決める部下に、奴の声音に苛立ちが混じる。
「僕が一番ムカついているのはお前だよ、藤堂。こいつらの情報を探った張本人なんだから、もちろん知っていたはずだよなぁ? 何で報告しなかった?」
ヘラヘラしていた顔が一変、別人のように険しい顔になる。
こうして見ると、ヤクザの若頭をしているのも頷ける、威圧感だ。
素人目でも恐怖を覚える迫力だが、藤堂は顔色一つ変えず「すみません」と謝罪するだけだった。
俺は見逃さなかった。
鴉島が目を離したとたん、藤堂の口元がニヤリとするのを。
「キミ達もだいぶ変わり者だよねぇ。得体の知れない子供を養子にするなんて。よくここまで育てたもんだよ、マジで」
「どうして鵠を……自分の息子を捨てたんだ」
ため息をつく鴉島に鷲が問いかける。
確かに疑問だ。
αの子供をやすやす捨てるような話は聞いたことがない。血統主義のα一族だったらなおさらだ。
わざわざΩと偽り幼子を風俗店に放るなんて、異常すぎる。
鷲の質問に、奴はあからさまに嫌そうに顔を歪め、また深いため息を吐いた。
「不思議に思わないわけぇ? 僕、こう見えてキミ達と同い年なわけよ。それで息子が14歳だよ? その意味分かる?」
――てことは、鴉島が15歳の時にできた子供か。若すぎる。そんな年で妊娠させるって、そうとうクズだろこいつ。
俺は嫌な予感を口に出さずにはいられなかった。
「まさかお前、相手をレイプしたんじゃ――」
「逆逆。僕は被害者だよ。父の愛人のΩにさ、レイプされたんだ」
返す言葉もなくただ驚いた。それは夫も同じだった。
そんな俺たちをよそに、奴は話を続ける。
「馬鹿な女だったよ。αの父さんに相手されないって分かると、父さんに似ている俺で満たそうとしたんだぜ? あの女、俺の上で騎乗位セックスしながら泣いて言ったよ。『あの人との繋がりが欲しい』って。それで生まれた子供が鵠ってわけ。滑稽な話だよな。だからΩは嫌いなんだ」
鴉島は一人笑うが、つられて笑う者はここにはいなかった。
作り話にしては、話し方に感情がこもっている。
この男のご自慢の仮面は今やボロボロ状態。
重い沈黙の中、口を開いたのは鷲だった。
「たとえ望まぬ相手の子だからって、捨てていいはずがないだろう。ましてやあんな所に――」
「分かってないなぁ鷲ちゃん。俺の生まれた環境はキミ達が想像を絶するような非日常。子供だからって容赦されない。父さんの子供というだけで何度殺されそうになったことか。誰が敵で味方かも分からない暴力と欺瞞で満ちた世界――それが僕の生きている場所。鵠の存在は重荷でしかなかった。『木を隠すなら森の中』っていうでしょ?」
「……じゃあ本当に鵠は自分がαだと知らなかったのか」
そう呟く鷲は唇を噛みしめ、うつむいた。
その様子は後悔しているように見えた。
Ωがゆえの悲劇があるとすれば、βゆえの悲劇があり……αゆえの悲劇もある。
俺はΩで、自分は常に被害者だと思っていたが、それは思い込みだったのかもしれない。
αもβもΩも、それぞれの性に葛藤して生きているのだと、この男の話で思い知らされた。
「もしかしてあの子がαって気づいたの、発情期に反応したから?」
鴉島はそう言って、ハッと俺の方を見た。
正確には、俺のうなじを。
奴は興奮気味にたずねた。
「――そうか、そういうことか。琴ちゃんの番ってもしかして鵠なんだね!?」
黙ったまま目を逸らすと、勘のいい奴はそれが事実だと悟り、ケラケラと笑いだした。
「さすが俺の息子! やっぱ血は争えないもんだなぁ。結局あの子もこちら側の人間ってことか」
「鵠はお前とは違う!!!」
とっさに反論すると、鴉島は「どーだか」と嘲りながら言った。
「――じゃあさ、試してみる? 僕、面白いゲーム思いついちゃった」
意味深な発言に、俺と鷲は目を見合わせる。
鴉島は鷲のスマホを操作し、それを耳にあてた。
鷲が訝しげにたずねる。
「……お前、誰に電話して――」
「鵠だよ。あの子にもここに来てもらう。これから始まるゲームの主役だからさ」
鴉島の得意げな顔に、俺の胸のざわめきはおさまらなかった。
「信じられない? でもほら、こことかそっくりでしょ?」
鴉島はそう言って自分の泣きボクロを指し示した。
サラサラな黒髪、アーモンド形の黒々した瞳、端正な顔立ち。
全体的に見ても、鵠に似た面影を感じた。
「鷲ちゃんなら分かるでしょ? あの子を見つけた風俗店、僕の子会社が経営してたところだからね」
「………」
鷲は黙っていた。
反論しないということは、肯定しているのと同じだ。
「何の因果かなぁ。もうこの子と関わり合うことは一生ないと思ってたんだけど――」
鴉島は藤堂に視線を送る。
藤堂は目を閉じて、無言のまま。
知らんぷりを決める部下に、奴の声音に苛立ちが混じる。
「僕が一番ムカついているのはお前だよ、藤堂。こいつらの情報を探った張本人なんだから、もちろん知っていたはずだよなぁ? 何で報告しなかった?」
ヘラヘラしていた顔が一変、別人のように険しい顔になる。
こうして見ると、ヤクザの若頭をしているのも頷ける、威圧感だ。
素人目でも恐怖を覚える迫力だが、藤堂は顔色一つ変えず「すみません」と謝罪するだけだった。
俺は見逃さなかった。
鴉島が目を離したとたん、藤堂の口元がニヤリとするのを。
「キミ達もだいぶ変わり者だよねぇ。得体の知れない子供を養子にするなんて。よくここまで育てたもんだよ、マジで」
「どうして鵠を……自分の息子を捨てたんだ」
ため息をつく鴉島に鷲が問いかける。
確かに疑問だ。
αの子供をやすやす捨てるような話は聞いたことがない。血統主義のα一族だったらなおさらだ。
わざわざΩと偽り幼子を風俗店に放るなんて、異常すぎる。
鷲の質問に、奴はあからさまに嫌そうに顔を歪め、また深いため息を吐いた。
「不思議に思わないわけぇ? 僕、こう見えてキミ達と同い年なわけよ。それで息子が14歳だよ? その意味分かる?」
――てことは、鴉島が15歳の時にできた子供か。若すぎる。そんな年で妊娠させるって、そうとうクズだろこいつ。
俺は嫌な予感を口に出さずにはいられなかった。
「まさかお前、相手をレイプしたんじゃ――」
「逆逆。僕は被害者だよ。父の愛人のΩにさ、レイプされたんだ」
返す言葉もなくただ驚いた。それは夫も同じだった。
そんな俺たちをよそに、奴は話を続ける。
「馬鹿な女だったよ。αの父さんに相手されないって分かると、父さんに似ている俺で満たそうとしたんだぜ? あの女、俺の上で騎乗位セックスしながら泣いて言ったよ。『あの人との繋がりが欲しい』って。それで生まれた子供が鵠ってわけ。滑稽な話だよな。だからΩは嫌いなんだ」
鴉島は一人笑うが、つられて笑う者はここにはいなかった。
作り話にしては、話し方に感情がこもっている。
この男のご自慢の仮面は今やボロボロ状態。
重い沈黙の中、口を開いたのは鷲だった。
「たとえ望まぬ相手の子だからって、捨てていいはずがないだろう。ましてやあんな所に――」
「分かってないなぁ鷲ちゃん。俺の生まれた環境はキミ達が想像を絶するような非日常。子供だからって容赦されない。父さんの子供というだけで何度殺されそうになったことか。誰が敵で味方かも分からない暴力と欺瞞で満ちた世界――それが僕の生きている場所。鵠の存在は重荷でしかなかった。『木を隠すなら森の中』っていうでしょ?」
「……じゃあ本当に鵠は自分がαだと知らなかったのか」
そう呟く鷲は唇を噛みしめ、うつむいた。
その様子は後悔しているように見えた。
Ωがゆえの悲劇があるとすれば、βゆえの悲劇があり……αゆえの悲劇もある。
俺はΩで、自分は常に被害者だと思っていたが、それは思い込みだったのかもしれない。
αもβもΩも、それぞれの性に葛藤して生きているのだと、この男の話で思い知らされた。
「もしかしてあの子がαって気づいたの、発情期に反応したから?」
鴉島はそう言って、ハッと俺の方を見た。
正確には、俺のうなじを。
奴は興奮気味にたずねた。
「――そうか、そういうことか。琴ちゃんの番ってもしかして鵠なんだね!?」
黙ったまま目を逸らすと、勘のいい奴はそれが事実だと悟り、ケラケラと笑いだした。
「さすが俺の息子! やっぱ血は争えないもんだなぁ。結局あの子もこちら側の人間ってことか」
「鵠はお前とは違う!!!」
とっさに反論すると、鴉島は「どーだか」と嘲りながら言った。
「――じゃあさ、試してみる? 僕、面白いゲーム思いついちゃった」
意味深な発言に、俺と鷲は目を見合わせる。
鴉島は鷲のスマホを操作し、それを耳にあてた。
鷲が訝しげにたずねる。
「……お前、誰に電話して――」
「鵠だよ。あの子にもここに来てもらう。これから始まるゲームの主役だからさ」
鴉島の得意げな顔に、俺の胸のざわめきはおさまらなかった。
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