夫には言えない、俺と息子の危険な情事

あぐたまんづめ

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17話「再会」

 俺たちは地下から屋上へと移動していた。
 正確には注射で眠らされ、気づいたら屋上にいたというのが正しい。

 深夜の屋上は真っ暗闇に包まれていた。
 柵も何もないシンプルな造り。真ん中に電柱のような柱が1本、立っているだけ。
 柱には綱引きで使うロープがぐるぐるに巻かれ、そこから伸びる二つの縄は、俺と鷲にとってまさしく『命綱』だ。

 屋上の先端は柵がない代わりに、赤子がよじ登れる程度の段差があって、そんな心許ない場所に俺と鷲は立っていた。
 手を後ろで縛られ、左足は膝を折り曲げてベルトで拘束され、唯一自由な右足は柱から伸びるロープと繋がっている。
 つまり、右足だけで体を支えている状態だ。
 この建物が何階か、この暗さでは高低さも分からないが、ここから落ちたら間違いなく死ぬことだけは理解できた。


「今夜は肌寒いねぇ。風が強いから、うっかり落ちちゃいそうだ」


 笑えないジョークを口にする鴉島の手には銃が握られ、真っ直ぐに俺たちへと向けている。
 この段差から降りれば、片方を殺す――そのための威嚇だ。

 ――――片足だけで重心をとった状態で、かれこれ30分。
 さすがに足が痺れて少し痙攣を起こしている。
 横にいる鷲も同じように、疲弊しているのが見てとれる。
 レイプされた後にこの状態では無理もない。

 そんな中、ガチャリと屋上の扉が開いた。
 まず現れたのが、目隠しをつけた少年。その後ろに藤堂がいた。
 バランスを崩して逆さ吊りになってしまう危険を顧みず、愛しい息子の名を叫んだ。


「鵠!!!」


 鵠が俺の声の方へと顔を向け、「母さん?」と呟く。
 鷲に殴られた頬はまだ赤く腫れていて、痛いだろうに。罠だと承知で、それでも俺たちのために単身で来てくれた息子に、胸が痛い。
 会いたかった。でも今ここで会いたくなかった。
 息子を巻き込んでしまった罪悪感と、死の瀬戸際に息子に会えた奇跡に心がざわめいていた。


「藤堂お迎えご苦労様。そして初めまして、鵠ちゃん」


 鴉島が藤堂に視線を送ると、藤堂は鵠の目隠しを外した。
 眩しそうに細めた瞳は、俺と鷲を映すと途端に大きく見開かれる。


「母さん、父さん……なんで…こんなヒドイことを……」


 風が吹けば落ちそうな先端にいる俺たちに、衝撃をうけて言葉が続かないようだ。
 鵠は元凶である男を睨む。


「おーイイ顔するねぇ。大好きなパパとママが酷い恰好させられて小便もれそうか?」
「――この……人でなし……っ!」
「そーだよ。僕はキミが思っているより10倍は人でなしの大人だ」


 鵠は自分が敵意を向ける目の前の男が、実の父親だと知らない。
 鴉島もまた、鵠が息子だとカミングアウトする気はさらさらないらしい。
 本当なら実の親子との感動の再会、であるはずなのに。
 あまりに残酷で辛い現実に、嘆かずにはいられない。

 鴉島は鵠の肩に手を回し、真ん中の柱まで誘導すると、声高らかに言った。


「勇気を振り絞って来てくれた鵠ちゃんに、チャンスをあげよう。さあ、父親か母親、どちらかを選んで」
「選ぶって……なんで……」
「察しが悪い子だなぁ。片方だけ見逃してあげるって言ってんの」
「! ――っそんな……」


 鵠は俺と鷲を交互に見つめると、うつむき、首を横に振った。


「――できない。選べない……!」
「安心しなよ。どちらを選んでもキミの命はとらない」
「そういう問題じゃないってば!」


 居ても立っても居られなくなったのか、鷲が割って入る。


「子供相手に自分が何を言っているのか分かってるのか!? そもそもこれは俺とお前の問題だ。殺すなら俺だけに――――」


 パン、と乾いた音が屋上に響く。
 鴉島の手にある銃口からは煙が出ていて、それは鷲に向けられていて――
 おそるおそる隣に顔を向けると、鷲のちょうど足元の段差に小さい穴が空いていた。
 俺はゴクリと息を呑んだ。

 外したんじゃない。わざと外したんだ。
 この威嚇射撃は、外野を黙らせるためのもの。

 鴉島は表情一つ変えず、繰り返す。


「――もう一度言うよ、鵠ちゃん。どちらかを選ぶんだ。じゃないと、二人とも殺す」
「……うっ、うぅ……できないよぉ。もうゆるして……」
「駄目だ。選べ」


 泣き崩れる鵠に、いっさい容赦は示さない。
 冷酷に、無慈悲に、追い詰める様はもはや死神か悪魔だ。

 鵠はコンクリートの地面に膝と頭をつけて土下座にした。


「僕はどうなってもかまわないので、父さんと母さんだけは、助けてください。お願いします」


 震える声で紡がれた言葉に、眉間がジンと熱くなる。
 息子がここまでしているのに、俺は何もできないなんて。

 鵠の懇願に、鴉島はしゃがんで慈しむ眼差しで語りかける。


「本当に優しい子だねぇ。良い育ち方をしたもんだ。僕もキミみたいに勇気を持てたら、また違った人生だったのかな」


 「なーんてね」とケラケラ笑う鴉島の顔に、拳がめり込む。


「!!!」


 俺も鷲も藤堂も、そして殴られた鴉島も予想だにしない不意打ちに呆気に取られた。
 鵠はすぐに鴉島の手から銃を奪い、両手で持って構える。
 銃口を地に伏す奴に突きつけ、カタカタと震える体を奮い立たせるように、声を張って叫んだ。


「と……父さんと母さんを今すぐ解放しろ! じゃないと撃つぞ!」


 顔だけ上げた鴉島は、クククと不気味な笑みを浮かべて言った。


「撃てるもんなら撃ってみろよ。ほら、どうした? 引き金を引くだけの簡単な作業だろ?」
「くっ……」
「両親を殺そうとした僕が憎くてしょうがないんだろ? 遠慮しないでさっさと撃てよ。キミの手で僕のクソッタレな人生を終わらせてくれよぉ、なぁ?」


 目を爛々と輝かせ、息子の手によって死を望む姿は、狂気でしかなかった。
 まるで、最初からこの結末を待ち詫びていたのかと思ってしまうほどに。

 もちろん、15歳の鵠は人を殺す経験どころか銃を持つことさえ初めてなわけで。
 そして怒りに任せて引き金を引くほど、愚かで単純でもない。

 鵠は銃を屋上から外へと投げうった後、強く言い放った。


「僕はあんたみたいには絶対にならない」
「――――それがキミの答えってわけね。失望したよ、ほんと」


 鴉島は口元の血を拭うと、ゆらりと立ち上がる。
 夜空を仰ぎ、ため息を漏らすと、藤堂に命令した。


「ロープを切れ」


 藤堂はロボットのように無表情で頷く。
 そして柱まで歩くと、内ポケットからサバイバルナイフ取り出した。
 とっさに止めようと動いた鵠の手を鴉島が掴んで制圧する。


「やめてっ――――」


 鵠の叫びと同時に、スパッと一太刀で、俺たちの命綱は切られてしまった。
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