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第四章 栞奈獄死 -かんなごくし-
17 栞奈には悪いけど、もう戻れないんだし
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ハニートラップ。直訳すれば甘い罠。そういう言葉がある。甘いエサに釣られてやって来る獲物を捕らえ、好きなように調理してしまおうというものだ。これは人間が動物を捕まえる、という話よりもむしろ、人間が人間を捕らえるために使う言葉である。例えば金。金銭や金目の物をちらつかせ、その金品そのもので釣る。あるいは金銭・物品授受のその瞬間を映像に収め、弱みを握って言いなりにしてしまう。女、というものもある。捕らえたい相手の好みにぴったり合致した女性を用意する。その女と逢引きしホテルに入った瞬間を、または行為そのものの様子を撮影し、それを利用して相手を意のままに操る。結婚詐欺のようなもので、籠絡したい相手の正妻や内縁の妻の地位に潜り込む方法もある。それでダメなら最後は麻薬漬けだ。
何が言いたいかというと、女性の味を知ってしまった僕は、その魔力に抗えなかった。という話である。
「耕作様。こんなに御元気になられて……」
股間の話ではない。僕自身の、心身の状態の話だ。誤解するんじゃないぞ。まあ誤解ではなく、実際に朱雀の身を尽くした、文字通り献身的な世話のおかげでもあるのだけど。
「別に元気にならなくても良かったんだけどなあ」
「またそのようなことを仰って。それでしたら、本日も私が食べさせて差し上げますわ」
本当だ。僕なんて、もう死んでしまっても構わない。いや死んでるんだけど。その僕に「全部召し上がったら御褒美に私を好きになさって」なんて言われては、食べざるを得ないだろう。時に、僕の大きな着物の中に、後ろから朱雀が入り込んで「二人羽織ですわ。はい、あーん」食べさせてくれた事もある。必要もないのに、なぜか朱雀は僕の着物に入る前に、着物を全て脱ぐ。そのせいで朱雀の二つの膨らみの感触を、直に背中で感じて食事どころではなかった。またある時には、朱雀自身が食器となって、体の上に並べた料理を楽しんだ事もあった。上流階級の人々が大金を投じて行う遊びらしい。「女体盛りですわ。御好きなところから召し上がって下さいませ」といった具合である。食欲も性欲も刺激されて、僕は満腹を通り過ぎて限界まで、自分の欲望を満喫してしまったのである。彼女と、もっと今の生活を楽しみたい。そんな欲望、願望にまみれた僕は、もう「死にたい」なんて考えもしなくなっていた。
そんな退廃生活もあって、僕は数日間の断食生活で減った体重分を遥かに上回るリバウンドを起こし、見事に前世とほぼ同じ体型になった。以前の自分と、完全に一致、である。足腰もすっかり生前と同じように動かせるまでに回復した。傷付いた僕の体と心を癒してくれたのは朱雀だ。朱雀がいなければ、今の僕はない。朱雀は僕の生きる希望だ。
「青龍の部屋へ……」
「嫌だ」
「もう、耕作様は心身とも安定しております。前に進みませんか」
「嫌だ、嫌だ! 青龍さんは嫌い!」
「そう仰らずに。何でも致しますから」
「ん? ……いやいや、もうその手には引っ掛からないぞ。大体、青龍さんの事は関係なく、何でもしてくれるじゃないか」
「それは……では、青龍の元へ行かないのであれば、今後の御褒美はなしに致しますわ」
「……ずるい」
もう僕は朱雀なしでは生きられない。朱雀のご褒美だけを生き甲斐にしているんだ。栞奈には悪いけど、もう戻れないんだし、僕がここで朱雀と楽しく暮らしたって、いいじゃないか! でも、そのご褒美がなくなる……そんなのは、絶対に嫌だ! 僕のトラウマをほじくり返した青龍さんに会うのは、全力で拒否したい。でもでも、朱雀のご褒美と天秤にかけたら……
「……行くよ」
前に進むしかなかった。
「久しぶりだね。元気になったようで」
青龍さんの笑顔が怖い。以前は、時折鋭い視線を投げかけて来るだけだった。その視線に恐怖を感じる事はあったけど、今は笑顔まで怖いと思ってしまう。
「朱雀。上手くやってくれたようだね」
「耕作様は、御立派に立ち直られましたわ」
「そうか」
「肉体も、記憶も。9割は戻っております。もう大丈夫です」
「頃合いかな」
頃合い? 何だろう?
「今回も八咫鏡を使います。本日、耕作様に御覧頂きたいものがあるのです。ね? 青龍」
「そうだね」
「見たくないんだけど」
「どうしても、見て頂かねばなりません。これは世界のためです」
「世界って言われてもさ」
「耕作様。誤解をなさっていると思いますので、一つだけ。耕作様は、確かに死にました。しかし、心はまだ死んでおりません。此処に今、耕作様の魂があるのが何よりの証拠で御座います」
「それは……」
「耕作様は、まだ死んでおりませんわ」
朱雀は強い口調で、もう一度繰り返した。
「そう……かも知れないけど、もう終わった事でしょ」
「終わっていないのです」
「では手前から説明しよう。耕作様に、この後、何をして貰いたいのか」
何かもう、嫌な予感しかしない。可能ならば聞きたくない。でも朱雀のご褒美のためなら。僕は頑張れる。
何が言いたいかというと、女性の味を知ってしまった僕は、その魔力に抗えなかった。という話である。
「耕作様。こんなに御元気になられて……」
股間の話ではない。僕自身の、心身の状態の話だ。誤解するんじゃないぞ。まあ誤解ではなく、実際に朱雀の身を尽くした、文字通り献身的な世話のおかげでもあるのだけど。
「別に元気にならなくても良かったんだけどなあ」
「またそのようなことを仰って。それでしたら、本日も私が食べさせて差し上げますわ」
本当だ。僕なんて、もう死んでしまっても構わない。いや死んでるんだけど。その僕に「全部召し上がったら御褒美に私を好きになさって」なんて言われては、食べざるを得ないだろう。時に、僕の大きな着物の中に、後ろから朱雀が入り込んで「二人羽織ですわ。はい、あーん」食べさせてくれた事もある。必要もないのに、なぜか朱雀は僕の着物に入る前に、着物を全て脱ぐ。そのせいで朱雀の二つの膨らみの感触を、直に背中で感じて食事どころではなかった。またある時には、朱雀自身が食器となって、体の上に並べた料理を楽しんだ事もあった。上流階級の人々が大金を投じて行う遊びらしい。「女体盛りですわ。御好きなところから召し上がって下さいませ」といった具合である。食欲も性欲も刺激されて、僕は満腹を通り過ぎて限界まで、自分の欲望を満喫してしまったのである。彼女と、もっと今の生活を楽しみたい。そんな欲望、願望にまみれた僕は、もう「死にたい」なんて考えもしなくなっていた。
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「青龍の部屋へ……」
「嫌だ」
「もう、耕作様は心身とも安定しております。前に進みませんか」
「嫌だ、嫌だ! 青龍さんは嫌い!」
「そう仰らずに。何でも致しますから」
「ん? ……いやいや、もうその手には引っ掛からないぞ。大体、青龍さんの事は関係なく、何でもしてくれるじゃないか」
「それは……では、青龍の元へ行かないのであれば、今後の御褒美はなしに致しますわ」
「……ずるい」
もう僕は朱雀なしでは生きられない。朱雀のご褒美だけを生き甲斐にしているんだ。栞奈には悪いけど、もう戻れないんだし、僕がここで朱雀と楽しく暮らしたって、いいじゃないか! でも、そのご褒美がなくなる……そんなのは、絶対に嫌だ! 僕のトラウマをほじくり返した青龍さんに会うのは、全力で拒否したい。でもでも、朱雀のご褒美と天秤にかけたら……
「……行くよ」
前に進むしかなかった。
「久しぶりだね。元気になったようで」
青龍さんの笑顔が怖い。以前は、時折鋭い視線を投げかけて来るだけだった。その視線に恐怖を感じる事はあったけど、今は笑顔まで怖いと思ってしまう。
「朱雀。上手くやってくれたようだね」
「耕作様は、御立派に立ち直られましたわ」
「そうか」
「肉体も、記憶も。9割は戻っております。もう大丈夫です」
「頃合いかな」
頃合い? 何だろう?
「今回も八咫鏡を使います。本日、耕作様に御覧頂きたいものがあるのです。ね? 青龍」
「そうだね」
「見たくないんだけど」
「どうしても、見て頂かねばなりません。これは世界のためです」
「世界って言われてもさ」
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「それは……」
「耕作様は、まだ死んでおりませんわ」
朱雀は強い口調で、もう一度繰り返した。
「そう……かも知れないけど、もう終わった事でしょ」
「終わっていないのです」
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