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第七章 帰還之時 -きかんのとき-
33 だから青龍さんたちは
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真冬になった。寒い。朝の気温はさほど変わらないが、日照時間が短くなった影響で水温は以前より冷たく感じる。沖縄でもみぞれが降ったり、雪が積もる日もあるらしい。そんな雪雑じりの滝の水が僕の肌を叩き、これでもかと痛めつける。氷河期。その言葉を痛感する。
そんな過酷な滝行に耐え、僕は遂に音階の上位術法、超音階を体得する事が出来た。音階よりも音域が広いため、人間の耳では感知出来ない。朱雀さんの音階は、簡単に言えば子守唄だ。聞くと眠くなるだけの。しかし超根音は、聞こえない子守唄なのだ。耳鳴りのようなものが聞こえる人もいるだろうが、ほとんどの場合、気付かぬ間に眠ってしまう。音の届く範囲も広域になるので、音階より使い勝手が良いのである。
「おう玄武! 戻ったか!」
白虎さんの大声が響く。青龍さんと一緒に中庭に出ると、玄武さんは真っ青な顔で僕たちに告げた。
「中城……落ちた……」
「とうとう、この日が来てしまったようだね」
「予想通りだろ!」
「予想……通り?」
「この日が来るのは分かっていたんだよ」
「どういう事?」
「八咫鏡を使って、以前、耕作様にも過去の映像を見て貰ったよね」
「うん。それが何か?」
「八咫鏡は、過去だけではなく、未来の映像も映すことが出来るんだ」
な、なんと! それは便利なアイテムじゃないか!
「待って、それだったらなぜ……」
聞きたい事が多すぎて、何を聞いたらいいか、上手く言葉が出ない。
「言いたいことは分かるよ。だけど八咫鏡も万能ではないんだ」
「……と言うと?」
「未来は不確定要素が多いからね。映し出される映像は、未来が遠くなればなるほど、靄がかかったようにぼやけて見えなくなってしまうんだ」
「つまり、近未来しか分からない?」
「その通り。明確な映像が見える場合と、見えない場合があってね。見えるものでも、最長2年から3年といった範囲が限界かな。それより遠い未来は、真っ白な霞のようなものしか見えないんだ」
「なるほど」
「ただ、具体的なものではなく、例えば日本の将来というような漠然とした未来であれば、5年、あるいは10年先でも明瞭に見通せる場合がある」
青龍さんは、ひと呼吸置いてから続けた。
「しかし、10年ほど前から日本の未来が分からなくなってしまった。分からない、というより、真っ黒な画面しか映らなくなった。どういうことか端的に言うとね、日本が、その時点で終了してしまうということさ」
「な、何だってー!?」
「10年前は、何かの間違いだと思っていた。だけど1年経つと9年後の未来が暗黒となり、2年経つと8年後の未来が真っ暗闇になった。この時、分かったんだ。日本滅亡のタイムリミットが迫っている。ってね」
だから青龍さんたちは、ずっと言っていたんだ! 時間がないって!
「それからは、世界を救うべく原因究明を急いだ。そして根本的な原因を発見したんだ」
「あれは大変そうだったな!! 青龍も朱雀も! 寝る間を惜しんでよォ!」
「以前にも話をしたと思う。2016年に起きるパンデミック。これが全ての始まりだったんだ。だからパンデミックを防げるタイミングを特定した。そして、計画を実行出来る、様々な条件に見合う人物を探したんだ」
「前にも条件の話は聞いたような」
「以前話した条件以外にもある。オパール。この言葉に聞き覚えはあるかい?」
「もちろん、知ってる。覚えてるンゴ!」
いけない、また「ンゴ」が出てしまった。つい興奮すると……照れ隠しに言い間違えたフリをする事にした。
「……覚えてるンよ゛! オパールは10月の誕生石!」
「では、オパールにはどんな力があるか知っているかい?」
「ちから?」
「オパールの石言葉は、希望、忍耐、純粋、幸運、歓喜。古来より、神秘の石として崇められてきた」
「へ~」
「そのオパールに秘められた力が最大のポイントと言えるだろう。人間の力は弱い。手前ども青龍隊の力もね。オパールには術法の効果を増幅する力がある。触媒として非常に大きな役割を果たしてくれるんだ」
「そうなの?」
「オパールが近くにあること。この条件は非常に厳しくてね……歴史を変えるための重要なポイントの選定、及び候補者の選定は困難を極めた。オパールの力を得ずに、招魂の儀式を行おうと試みたことも何度かあった。だけど悉く失敗し、貴重な複製品を無駄にしてしまった。全て手前の未熟が原因だ……」
そう言うと青龍さんは自嘲気味に笑った。栞奈へのプレゼント。誕生石のリング。ただそれだけで買ったオパール。あの日あの時、栞奈に……吊り橋から突き落とされた僕は、落下する最中にハッキリと見た。今も目に焼き付いている。栞奈の鬼のような形相を。栞奈が投げ捨てたオパールの指輪が、太陽に反射してキラキラと輝いているのを。落ちる一瞬、青龍さんが時間伸長の術を行使。更に僕の体の解毒と快復を行った。あの時のオパールの輝きは、術法を増幅させる触媒としての働きによるものだったんだ!
そんな過酷な滝行に耐え、僕は遂に音階の上位術法、超音階を体得する事が出来た。音階よりも音域が広いため、人間の耳では感知出来ない。朱雀さんの音階は、簡単に言えば子守唄だ。聞くと眠くなるだけの。しかし超根音は、聞こえない子守唄なのだ。耳鳴りのようなものが聞こえる人もいるだろうが、ほとんどの場合、気付かぬ間に眠ってしまう。音の届く範囲も広域になるので、音階より使い勝手が良いのである。
「おう玄武! 戻ったか!」
白虎さんの大声が響く。青龍さんと一緒に中庭に出ると、玄武さんは真っ青な顔で僕たちに告げた。
「中城……落ちた……」
「とうとう、この日が来てしまったようだね」
「予想通りだろ!」
「予想……通り?」
「この日が来るのは分かっていたんだよ」
「どういう事?」
「八咫鏡を使って、以前、耕作様にも過去の映像を見て貰ったよね」
「うん。それが何か?」
「八咫鏡は、過去だけではなく、未来の映像も映すことが出来るんだ」
な、なんと! それは便利なアイテムじゃないか!
「待って、それだったらなぜ……」
聞きたい事が多すぎて、何を聞いたらいいか、上手く言葉が出ない。
「言いたいことは分かるよ。だけど八咫鏡も万能ではないんだ」
「……と言うと?」
「未来は不確定要素が多いからね。映し出される映像は、未来が遠くなればなるほど、靄がかかったようにぼやけて見えなくなってしまうんだ」
「つまり、近未来しか分からない?」
「その通り。明確な映像が見える場合と、見えない場合があってね。見えるものでも、最長2年から3年といった範囲が限界かな。それより遠い未来は、真っ白な霞のようなものしか見えないんだ」
「なるほど」
「ただ、具体的なものではなく、例えば日本の将来というような漠然とした未来であれば、5年、あるいは10年先でも明瞭に見通せる場合がある」
青龍さんは、ひと呼吸置いてから続けた。
「しかし、10年ほど前から日本の未来が分からなくなってしまった。分からない、というより、真っ黒な画面しか映らなくなった。どういうことか端的に言うとね、日本が、その時点で終了してしまうということさ」
「な、何だってー!?」
「10年前は、何かの間違いだと思っていた。だけど1年経つと9年後の未来が暗黒となり、2年経つと8年後の未来が真っ暗闇になった。この時、分かったんだ。日本滅亡のタイムリミットが迫っている。ってね」
だから青龍さんたちは、ずっと言っていたんだ! 時間がないって!
「それからは、世界を救うべく原因究明を急いだ。そして根本的な原因を発見したんだ」
「あれは大変そうだったな!! 青龍も朱雀も! 寝る間を惜しんでよォ!」
「以前にも話をしたと思う。2016年に起きるパンデミック。これが全ての始まりだったんだ。だからパンデミックを防げるタイミングを特定した。そして、計画を実行出来る、様々な条件に見合う人物を探したんだ」
「前にも条件の話は聞いたような」
「以前話した条件以外にもある。オパール。この言葉に聞き覚えはあるかい?」
「もちろん、知ってる。覚えてるンゴ!」
いけない、また「ンゴ」が出てしまった。つい興奮すると……照れ隠しに言い間違えたフリをする事にした。
「……覚えてるンよ゛! オパールは10月の誕生石!」
「では、オパールにはどんな力があるか知っているかい?」
「ちから?」
「オパールの石言葉は、希望、忍耐、純粋、幸運、歓喜。古来より、神秘の石として崇められてきた」
「へ~」
「そのオパールに秘められた力が最大のポイントと言えるだろう。人間の力は弱い。手前ども青龍隊の力もね。オパールには術法の効果を増幅する力がある。触媒として非常に大きな役割を果たしてくれるんだ」
「そうなの?」
「オパールが近くにあること。この条件は非常に厳しくてね……歴史を変えるための重要なポイントの選定、及び候補者の選定は困難を極めた。オパールの力を得ずに、招魂の儀式を行おうと試みたことも何度かあった。だけど悉く失敗し、貴重な複製品を無駄にしてしまった。全て手前の未熟が原因だ……」
そう言うと青龍さんは自嘲気味に笑った。栞奈へのプレゼント。誕生石のリング。ただそれだけで買ったオパール。あの日あの時、栞奈に……吊り橋から突き落とされた僕は、落下する最中にハッキリと見た。今も目に焼き付いている。栞奈の鬼のような形相を。栞奈が投げ捨てたオパールの指輪が、太陽に反射してキラキラと輝いているのを。落ちる一瞬、青龍さんが時間伸長の術を行使。更に僕の体の解毒と快復を行った。あの時のオパールの輝きは、術法を増幅させる触媒としての働きによるものだったんだ!
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