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「......ありがとうな」
しばらくの間言葉を発していなかった椎名は静かにそう言った。その声を聞いた時雨は自分の胸が少し痛むような感覚を覚える。
しかしそれと同時に『ありがとう』という言葉でどこか自分が認められたような気がして、先程感じていた胸の痛みが中和されていく。
「でもお前、俺を助けたら家から追われるぞ」
椎名が発した声は先程のものとは全く違い、少し低いその声からは厳しさを感じる。
椎名はこの言葉の返答に何を望んでいるのだろう。
『それは困る』と牢獄部屋を引き返すことだろうか。
それとも『それでもいい』と言われることだろうか。
「別にいいよ。」
時雨の答えは後者だった。
この時雨の発言は、決して事の重大さが分かっていない箱入り息子の言葉ではない。
時雨自身の言葉だ。
時雨は士門と屋敷の従者に見つかりそうになった時、椎名がかばってくれたということが自分の無力さに申し訳なくなると同時に嬉しかった。
それは椎名にとって当たり前で、『そういう性格だから』と言ってしまえばそれまでだが、時雨にとってそれはとても大きな事だ。
屋敷の従者が報酬を与えられ守るのではなく、どんな理由であれ自分を気にかけてくれたことが嬉しい。
それは屋敷の従者、彷時そして蜜月だけの世界で生きてきた時雨だからこそ感じることなのかもしれない。
詰まるところ、時雨は椎名を気に入っているのだ。
気が合う人合わない人という言葉があるが、正直時雨にも合うか合わないかはよく分からなかった。
しかし、時雨は椎名と会話すると、まだ話していたいという気分になるのだ。
結局は助けられたから恩を返すなどという事ではなくその理由はもっと単純なものなのかもしれない。
「....ぐれ様...」
「.....こですか」
その時、椎名のものでも時雨のものでもない別の誰かの声が牢獄部屋に届いた。
それは少し籠って聞こえ、途切れ途切れの言葉は牢獄部屋ではなく壁を隔てて聞こえているようだ。
内容が聞こえなくとも時雨にはすぐ察しがついた。
(私を探しにきたんだ....)
その声はおそらく、時雨を捜し歩く屋敷の従者のもので間違いはないだろう。
昼食の時間はとうに過ぎている。ということは蜜月は目の色を変えて屋敷中を捜し回っているに違いない。
その巻き添えを食らうのは当然、東雲家の従者全員だ。
「時雨様!!.....いらっしゃいますか!」
最初の声から数秒後、先程とは明らかに違う声音が反対の方向から響いてくる。
壁を隔てて聞こえた声は書物庫から聞こえてきているものだと時雨は思っていたが、どうやらそれだけではなく別の場所でも時雨を捜し回っているようだ。
「時雨様ー!どこですかー!」
二人目の声から少し間が開いた後、また違う方向から響いた声は、特段大きく時雨の肩が一度跳ねた。
声が聞こえる度その方向に体が自然と向く時雨は、自分が立っていた位置を一周したことに気付く。 それはつまり四方に従者が居るということ。
このままでは牢獄部屋に従者が入るのも時間の問題だ。
(どうしよう、どうしよう)
何かいい方法、今椎名を助け出せる方法はないだろうかと時雨は頭の中で唱えるだけで何一つ解決策は思いつかない。
歴史書を毎日のように読むというのに、こんな時になにも思いつかない自分が時雨は心底嫌になった。
しかも、歴史書ならば牢獄に人が囚われる場面など数え切れない程あったはずだ。
しかし、焦りと混乱に滅法弱い時雨は、この状況でこれと言った解決策は思いつかなかった。
声が聞こえた方向に体を向け、視線を向け、と時雨が忙しくしていた時だ。
突然、「え?」と言う一言を時雨の耳は聞きとった。
それは時雨の目の前から聞こえたもので椎名の声以外にないだろう。
時雨はその声に反応するように体と視線を再び椎名に向けると、椎名はある一点を見つめ固まっている。
(..........?!)
時雨も同じく椎名が見つめる『一点』を見た瞬間、自分の目はおかしくなってしまったのではないかと思った。
「開いてる.....」
時雨は見たままを思わず口に出していた。
なぜか牢獄が開いているのだ。
しばらくの間言葉を発していなかった椎名は静かにそう言った。その声を聞いた時雨は自分の胸が少し痛むような感覚を覚える。
しかしそれと同時に『ありがとう』という言葉でどこか自分が認められたような気がして、先程感じていた胸の痛みが中和されていく。
「でもお前、俺を助けたら家から追われるぞ」
椎名が発した声は先程のものとは全く違い、少し低いその声からは厳しさを感じる。
椎名はこの言葉の返答に何を望んでいるのだろう。
『それは困る』と牢獄部屋を引き返すことだろうか。
それとも『それでもいい』と言われることだろうか。
「別にいいよ。」
時雨の答えは後者だった。
この時雨の発言は、決して事の重大さが分かっていない箱入り息子の言葉ではない。
時雨自身の言葉だ。
時雨は士門と屋敷の従者に見つかりそうになった時、椎名がかばってくれたということが自分の無力さに申し訳なくなると同時に嬉しかった。
それは椎名にとって当たり前で、『そういう性格だから』と言ってしまえばそれまでだが、時雨にとってそれはとても大きな事だ。
屋敷の従者が報酬を与えられ守るのではなく、どんな理由であれ自分を気にかけてくれたことが嬉しい。
それは屋敷の従者、彷時そして蜜月だけの世界で生きてきた時雨だからこそ感じることなのかもしれない。
詰まるところ、時雨は椎名を気に入っているのだ。
気が合う人合わない人という言葉があるが、正直時雨にも合うか合わないかはよく分からなかった。
しかし、時雨は椎名と会話すると、まだ話していたいという気分になるのだ。
結局は助けられたから恩を返すなどという事ではなくその理由はもっと単純なものなのかもしれない。
「....ぐれ様...」
「.....こですか」
その時、椎名のものでも時雨のものでもない別の誰かの声が牢獄部屋に届いた。
それは少し籠って聞こえ、途切れ途切れの言葉は牢獄部屋ではなく壁を隔てて聞こえているようだ。
内容が聞こえなくとも時雨にはすぐ察しがついた。
(私を探しにきたんだ....)
その声はおそらく、時雨を捜し歩く屋敷の従者のもので間違いはないだろう。
昼食の時間はとうに過ぎている。ということは蜜月は目の色を変えて屋敷中を捜し回っているに違いない。
その巻き添えを食らうのは当然、東雲家の従者全員だ。
「時雨様!!.....いらっしゃいますか!」
最初の声から数秒後、先程とは明らかに違う声音が反対の方向から響いてくる。
壁を隔てて聞こえた声は書物庫から聞こえてきているものだと時雨は思っていたが、どうやらそれだけではなく別の場所でも時雨を捜し回っているようだ。
「時雨様ー!どこですかー!」
二人目の声から少し間が開いた後、また違う方向から響いた声は、特段大きく時雨の肩が一度跳ねた。
声が聞こえる度その方向に体が自然と向く時雨は、自分が立っていた位置を一周したことに気付く。 それはつまり四方に従者が居るということ。
このままでは牢獄部屋に従者が入るのも時間の問題だ。
(どうしよう、どうしよう)
何かいい方法、今椎名を助け出せる方法はないだろうかと時雨は頭の中で唱えるだけで何一つ解決策は思いつかない。
歴史書を毎日のように読むというのに、こんな時になにも思いつかない自分が時雨は心底嫌になった。
しかも、歴史書ならば牢獄に人が囚われる場面など数え切れない程あったはずだ。
しかし、焦りと混乱に滅法弱い時雨は、この状況でこれと言った解決策は思いつかなかった。
声が聞こえた方向に体を向け、視線を向け、と時雨が忙しくしていた時だ。
突然、「え?」と言う一言を時雨の耳は聞きとった。
それは時雨の目の前から聞こえたもので椎名の声以外にないだろう。
時雨はその声に反応するように体と視線を再び椎名に向けると、椎名はある一点を見つめ固まっている。
(..........?!)
時雨も同じく椎名が見つめる『一点』を見た瞬間、自分の目はおかしくなってしまったのではないかと思った。
「開いてる.....」
時雨は見たままを思わず口に出していた。
なぜか牢獄が開いているのだ。
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